第一一六編 交錯する片想い⑫
「(なに聞いてるんだ私はーーーーーっ!?)」
私は内心で絶叫していた。自分でも、どうしてよりによってそんな質問を選んでしまったのか、まったく理解できない。
見れば、お姉ちゃんは困惑の色を瞳に浮かべている。
それは返答に窮して困っている
「ご、ごめんっ! いやっ……そのっ、なんかすごく仲良さげに見えたからさ!? ちょ、ちょっと気になっただけっていうか、答えたくなかったら答えてもらわなくてもぜんぜん大丈夫っていうか!?」
ペラペラと姉相手に必死の弁明をする私。いや、元々そんな質問をするつもりはなかったから、答えて貰わなくていいというのは本心なのだが。
しかしそんな私の思いに反して――お姉ちゃんは少しだけ目を伏せて、呟くように答えた。
「――仲良さげに……見えてしまうのね。やっぱり、私たちは……」
「…………え……?」
予想外の声色だった。
酷く悲しげというか、思い詰めているというか……周りのことなどどうでもいいと公言している彼女らしくもない、何かに責任を感じているかのような、そんな声だった。
間違っても「仲良さげ」だと言われたことを喜んでいるようには見えない。かといって嫌がっているという様子でもない。だからこそ、私はどうすればいいのかがまったく分からなかった。
「お、お姉ちゃん? ご、ごめんね、本当に! なんか変なこと聞いちゃって……!?」
一先ずは謝ってみるものの、やはりお姉ちゃんの表情は晴れない。いや、正確に言えば表情そのものはいつもと変わらない無表情なのだが、纏う空気は暗く、そして悲しげだ。
彼女はそのままリビングを出ようとし――扉に手を掛けるのと同時に、私の方を振り返らないまま口を開く。
「……貴女の質問に、答えておくわ」
「え?」
一瞬何を言われたのか分からなかった私は、しかし次にお姉ちゃんの発したその〝答え〟に大きく目を見開いた。
「――分からないのよ」
「好き」でも「嫌い」でもなく、そう答えた彼女は、言葉を返すことが出来ない私を置いて、静かにリビングから出ていった。
★
リビングを出た彼女は、誰もいない廊下をゆっくりと歩いていた。
平凡で、無礼で、一途で、向こう見ずで、泥臭くて、必死で、馬鹿で――そして、愚かで。
自分にはなんの利もないのに、惚れた女一人のために懸命にない頭を働かせている彼を、心のどこかで冷めた目で見ていたことは否めない。
聖なる夜に命知らずな真似をした彼を見たときは、柄にもなく怒りの感情が浮かんだりしたものだった。
本当に愚かな男だ。
もっとスマートに、もっと効率良く。
――もっと、
無意味な仮定だ。だって
言うまでもなく、なんの利益もないからだ。そんなことをする時間があるのなら、本の一冊でも読んだ方が有益に決まっている。少なくとも、彼女にとっては。
けれど結局、何も言わずに今日までを過ごしてきた。
それが彼の望みだというのであれば、余計な横槍を入れるつもりはなかったから。
彼の望む協力を提供し、代わりに
――そのはずだったのに。
ピタリと足を止め、彼女は高い天井を見上げる。
最近の
聖夜、頼まれてもいないのに彼のために動いた。
プライベートな時間を割いてまで、彼の呼び出しに応じた。
極めつけは今日、彼のために自宅を提供してまで勉強会などを開いている。しかも、彼以外の他人を受け入れてまで、だ。
無論、言い訳は出来よう。
「小野悠真とは〝契約〟を結んでいるから」。
「桐山桃華の恋を叶えるためだから」。
けれど、それだけではないことくらい、
だがその一方で、それがどうしてなのかが分からない、というのもまた真実だった。
どうして
どうして小野悠真の頼みであれば、聞いてやろうという気になってしまうのか。
分からない。本当に分からないのだ。
彼のことが好きだから、なのだろうか?
彼に恋をしているから、自分でもよく分からない行動に出てしまうのだろうか?
……少し違う気がする。
彼のことを嫌いだとは言わないが、恋愛感情があるのかと問われてもしっくりこない。
結局、答えは出ない。
先ほど妹に言った通り、分からないままだ。
それでもなんとなく、心のどこか一部分が告げている。
「今のままではいけない」と告げている。
でも……どうすればいいのかが、やはり分からない。
気分が晴れない。
頭の中に
どうすればこの形容しがたい感情を、気持ちを、綺麗に払拭できるのだろう。
誰でもいい。答えを教えてほしかった。
――
――
――
高い天井に問いかけてみても、やはり答えは分からないままだった。
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