第一〇六編 交錯する片想い②
★
『
――年が明けてすぐの頃、桃華から届いた『あけましておめでとう!』の一言に始まり、その後二日間に渡ってだらだらと続くメッセージのやりとりの中で脈絡もなくそう聞かれた俺は、自分の部屋で無数の疑問符を浮かべたものだった。
「(仲直り、って……あいつらは別に喧嘩してるとかじゃねえからなぁ……)」
俺はまったく手を付けていなかった冬休みの宿題を進める手を止めて、一人うーん、と首をひねる。
桃華があの二人の関係についてどこまで知っているのかは分からないが、俺が七海本人に聞いた限り、幼馴染みの関係であるはずの久世と七海がほとんど口を利かなくなったのは、目立つことがとにかく嫌いな七海が、周囲の注目を集めてやまないあのイケメン野郎に近付かれることを拒絶しているためだ。
この辺りの事情については、既に俺の口から久世本人に伝えてあるし、以前に〝
つまり久世側にはなんの落ち度もないし、七海側も下手に久世に近寄られて目立つのが嫌なだけであり、決して彼自身を心底嫌っている、とかではない。
だから、俺の中では彼らの関係はある程度落ち着いている、と解釈していたのだが……。
「(こんなこと言ってくるってことは、少なくとも桃華の目にはあいつらが険悪に見えてるんだろうか……)」
クルクルと指の間でシャープペンシルを回転させながら、俺はどう返信したものか、と考える。
俺は七海と契約関係にあり、よって彼女の望みに反することを口にするわけにはいかない。彼女が目立ちたくないから久世とは関わりたくない、と言っている以上、下手に彼女と久世を近づけるわけにはいかないのだ。
毎度学校で七海に声を掛けようとしては睨まれている久世を気の毒に思わないわけではないが……こればかりはどうしようもなかった。
「(……というか、なんで
なんとなく、俺と
俺は昔からあの男前ギャルが苦手だったが、ガキの頃は桃華と話したいばかりに、いつも桃華の側にいるあの女とも無理に話したりしたっけ。いくら好きな女と話すためとはいえ、我ながら頑張ってたよなあ――
「(…………ん?)」
そこまで考えて、俺は頭の片隅になにやら引っ掛かるものがあることに気付く。
――好きな女と話すため……?
「(……そういや
俺は〝甘色〟の常連である〝七番さん〟が久世の幼馴染みの七海
一度七海を〝甘色〟のアルバイトに誘わせようとした時なんかは声を掛けるのを
「(……いやいや、でも、流石にねえだろ。なんでも恋愛に結び付けるなって話だ)」
俺はぶるぶると頭を振り、馬鹿な考えを脳ミソから放り出そうとする。
確かに七海は
どちらかと言えば「人は外見じゃない、中身だよ!」とか言っちゃうタイプの男だ。……ちなみにその言葉は七海が嫌いな言葉であるが。
そんな男が、あの毒舌女のことなんか好きになるわけがない。
会うたびに挨拶するのだって、あのイケメン野郎なら知り合いがいると分かっていながら無視する、なんてことが出来ないいだけに決まっている。
「(――でももし……万が一、久世が七海のことを好きだとしたら……?)」
馬鹿な妄想だと分かっていながら、それでも俺は考え込んでしまう。
――もしそうだとしたら、それは桃華の恋を応援する立場にある俺にとって、とんでもない脅威となるだろう。
恋愛において、容姿を重視するという人間は少なくない。俺だって、今だからこそ桃華の顔が
仮に桃華と七海がまったく同じ性格で、そして二人とも俺の幼馴染みだったとしたら……俺はきっと七海のことを好きになっていたはずだ。
なんとも情けない話だが、以前七海が言っていた「人は、見てくれだけで簡単に他人を判断する」という言葉は、そういった意味ではどうしようもなく正しい。
「(……それに
俺はクリスマスの夜、彼女に叱られた時のことを思い出しながら考える。
普段はただの冷たい女だとしか思えないが……ああいう一面を見せられてしまうと、どうにも〝見た目だけの女〟だとは言えなくて。
だから俺は、もしも久世が七海のことを好きだと言っても、驚きはするだろうが「理解できない」とは思えないだろう。
もちろん、その可能性はとても低い。
あいつらが何歳からの幼馴染みなのかは知らないが、仮に俺と桃華と同じくらいだとして、その頃から久世が七海のことを好きだったと仮定するならば、もう一〇年にもなるのだ。
流石にそこまで一途に誰かを想い続ける男なんているはずが……いや、まあここに一人いるのだが。
「(……どっちにしても、触らぬ神に祟りなし、だよな……)」
久世が七海のことを好きかもしれない、なんていう妄想はさておき、どちらにせよ七海との契約がある以上、あの二人を仲直りさせたい、だなんていう桃華の頼みを聞くわけにはいかない。
それに男同士の関係ならまだしも、異性である久世と七海を近付けるのは、桃華の恋という観点からもあまり得策ではないはずだ。
そう結論付けてようやく返信文を打とうとした俺の携帯に――新しいメッセージが着信した。
『桐山桃華:
「…………」
俺は今まさに『あいつらはほっといてもいいんじゃね?』と打とうとしていた指を静かに下げ――そして、ほとんど間を置かずに返信した。
『
俺はふーっ、と息を吐いて、そしてギィ、と勉強机の椅子の背もたれに体重を預けながら、思う。
――その聞き方は、ズルくない……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます