第一〇一編 完全に理解(出来ていない)

 久世真太郎くせしんたろうというイケメン野郎が女にモテるというのはこれまでにも散々語ってきた通りだが、それは別に俺たちの通う私立初春はつはる学園の中に限った話ではない。

 久世と幼馴染みである少女、七海未来ななみみくに聞いたところによると、彼は昔から――具体的には小学生低学年のような時分には、既に周囲の女子生徒からモテモテだったらしい。……なんとも羨ましい話である。

 当然、そのような女子生徒全員と同じ中学、高校へ進学するわけもないため、自然とこの辺りでは久世の評判は知れ渡っているそうだ。久世アイツは去年の夏までバレーボール部のエースとしても活躍していたそうだし、他校の生徒でも直接彼を目にする機会が多かったのだろう。


 それらの結果として、久世真太郎はこの辺りではかなりの有名人となったらしい。

 だから俺も、があり得ない話ではないとは考えていたのだが……。


「(だからって、まさか中学校にまで〝あの噂〟が広まっていたとは……)」


 目の前で久世に詰め寄っている女の子を見やりつつ、俺は内心で息をつく。

〝あの噂〟とはもちろん、つい先日初春学園を沸かせたスキャンダル、〝久世真太郎がクリスマスに女子とデートをしていた〟という話のことだ。

 厳密に言えばこの女の子――七海未来の妹は〝久世に彼女が出来た〟などという謎の勘違いをしているようだが、まず間違いなくくだんの噂がねじ曲がって伝わった結果だろう。


「ど、どうなんですか、真太郎さん!?」

「と、とりあえず落ち着いてくれ、美紗みさ!?」


 グイグイと迫ってくる後輩女子をなんとかなだめようとする久世。しかし七海妹は「落ち着けるはずがありません!」と声を荒げる。

 どうやら久世を嫌っている姉とは真逆に、妹の方は彼に絶大な好意を抱いているようだが……この修羅場みたいな光景を目にしてしまうと、不思議なことにあまり羨ましいとは思えなかった。

 とりあえず、久世がなにやらフォローを求めるような瞳を向けてくるので、俺は仕方なく助け船を出してやることにした。


「ええっと……み、美紗みさちゃんだっけ? 君はなんか勘違いしてるみたいだけど、別に久世コイツは――」

「すみません、外野の人はちょっと黙っててもらえますか」

「…………」

「お、小野くん!? 相手は年下の女の子だからね!? 許してあげてね!?」


 ピキッ、と青筋を浮かべた俺に、慌てた様子で言ってくるイケメン野郎。

 ……いや、久世の言う通りだ。中学生相手にこの程度のことで苛ついてどうする、小野悠真おのゆうま。むしろここは、大人の寛容さを見せつけるべき場面だろう。


「……あのな、美紗ちゃん。久世コイツは別に誰かと付き合ってたりとかは――」

「あの、黙っててって言いましたよね? あと〝美紗ちゃん〟とか馴れ馴れしいです。不愉快なのでやめてもらえますか」

「…………」

「お、小野くん!? い、一旦落ち着こうか!? そんな修羅みたいな形相ぎょうそうしないで!? み、美紗もいったいどうしたんだい!? いつも礼儀正しい君らしくもないじゃないか」


 ピキピキと怒りをこらえる俺に対し、「ふんっ!」と顔を背けてくる七海妹。な、なんなんだコイツは。

 俺は人に好かれやすい方ではないが、だからといって初対面の相手にここまで冷たい態度をとられたことは……。


「(……あったわ。七海妹コイツの姉がそうだったわ)」


 もっとも七海未来アイツの場合は冷たいというよりは〝無関心〟だったという方が正しい気もするが。


「……えっと、美紗。たぶん君が言っているのは、クリスマスの時の話だと思うんだけど……」

「クリスマス、ですか……? ……あっ」

「えっ?」


 久世の言葉を受けて、なにかに気付いたようなリアクションをとる七海妹。

 俺と久世がきょとんとしながら見守っていると、彼女はなにやら戦慄せんりつしたような表情になり、そして言う。


「な、なるほど……やはりそういうことでしたか……」

「えっ、なにが!? 僕はほとんどなにも言ってないと思うんだけど!?」

「……いえ、おかげさまで状況を正しく理解できました。私も、一番怪しいのは〝彼女〟だろうとは思っていましたので」

「(何言ってんだ、コイツ)」


 本人はすべてを理解したような表情でうんうんと頷いているが、俺と久世は完全に置いてきぼりだった。この子が何を言っているのか、まったく理解できない。


「……おい、おい久世」


 俺は一人で考え込んでいる七海妹の隙をつき、声をひそめて久世を呼びつける。


「なんなのアイツ? アイツが何言ってんのか分かんないの、俺だけ?」

「い、いや、正直僕も分からない……。美紗は頭は良い筈なんだけど、昔から何かと思い込みが激しいところがあって……」

「思い込みっていうか、自己完結が過ぎるって感じだけどな……」

「……あれ? お二人とも、どうかされました?」

「! い、いや、なんでもないよ!」


 首をかしげてくる七海妹に、ヒソヒソ話を中断する俺たち。

 ……なんというか、こういう目敏めざとさを含めて基本能力スペックは高めなのに、妙なところで変人なのは確かにあの女の妹だと思わされてしまう。

 と、とりあえず変な誤解をされていないかだけでも確認を――と、俺が口を開こうとしたその時だった。


「……ご歓談中失礼致します」

「!」


 突如後方から掛けられた女性の声に、俺と久世は揃ってビクッ、と肩を跳ねさせる。

 見ればそこには、どこかで見覚えのあるスーツをピシッと着こなした女性が立っていた。


「美紗お嬢様。そろそろお時間でございます」

「あーハイハイ、分かってるってば。いきなり押し掛けてごめんなさい、真太郎さん。また遊びに来ますね」

「えっ……ああ、うん。勿論いつでも歓迎するけれど……」

「ありがとうございますっ! …………」

「うっ……!?」


 久世に対して愛想良く挨拶をしたかと思えば、俺には敵対心剥き出しの目を向けてくる七海妹。……ほ、本当になんでこんなに警戒されてるんだ、俺は……。


「それでは失礼致します、久世様」

「あ、はい。服部はっとりさん」


 少し離れた位置に停めてある車の方へと七海妹が歩いていった後、久世と俺にペコリと綺麗な一礼をして去っていくスーツの女性。

 おそらくは本郷ほんごうさん的なポジションの人だろうか。そういえば以前、七海妹を初めて見た時にも居たような気がする。


「……なんつーか、どっと疲れたな……」

「そ、そうだね……」


 走り去っていく高級車を見送りながら、揃って息を吐き出す俺と久世。

 あの嵐のような少女には出来ればもう会いたくないなと思いつつも、俺はこの時、既に形容しがたい嫌な予感を覚えていたのだった。

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