第九八編 ベスト・フレンド⑫
「――とまあそういうわけだから、クリスマスデートのことはそこまで気にしなくていいと思うよ。シズカ――私の友達が馬鹿騒ぎしたお陰で、思ったよりずっと早く噂も広まってるみたいだしね」
「……なるほどな。道理で、出勤してきた
放課後、桃華が働いている喫茶店〝
苦笑しながら厨房の方を振り返る彼の視線の先には、店長とおぼしき女性に何やら肩を揺さぶられる桃華の姿がある。……完全に机に突っ伏しているようだが、バイト中にそれでいいのか。
「でもありがとうな、
「……別にアンタの為じゃないよ。
似合わない礼を告げてくる小野に、私は手の中にあるカフェオレのカップを見下ろしながら、ぶっきらぼうに答えた。
半分本当で、もう半分は嘘だったが、それでも小野はなにやらニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
「……なに。キモいんだけど」
「お前は二言目には『キモい』って言うのをなんとかしろ。結構傷付くんだぞ、それ」
「私がキモいって言うのはアンタがキモいせいなんだから、キモいって言われたくないならキモいアンタ側がそのキモさをどうにかしなよキモいな」
「『キモい』がゲシュタルト崩壊起こしそうだからやめろ」
私たちがそんないつも通りの掛け合いをしていたところに、カランカラン、というどこか古風なドアベルの音が響く。
すぐに私のテーブルを離れた小野が対応へ向かうが……。
「いらっしゃ――……なんだ、お前か」
「……仮にも来店客に向ける言葉ではないと思うけれど」
現れたのは、サングラスとマスクを身に付けた一組のお嬢様――
当然、小野と協力関係にあると知ってから会うのも初めてだ。
「つーか今日来るって言ってたか?」
「私が外出するのに貴方の許可が要るなんて初耳だけれど?」
「いやまあそうだけど、昼休みに一言くらい――」
「うるさいからもういいわ」
「酷いな!?」
小野のことを半分
「ご注文は? かしこまりました、ブラックコーヒーですね」
「……まだ何も言っていないのだけれど……。……ああ、そういえば今日は貴方に一つご馳走して貰えるんだったかし――」
「ブラックコーヒーですね?」
「いえ、だからまだ何も――」
「ブラックコーヒーですよね??」
「……はぁ。分かったわ。ご馳走してもらうのは
「かしこまりました、お嬢様」
「気持ち悪いからやめなさい」
満面の笑みを見せる小野と、それを一瞥もせずにため息をつく七海未来。
……なぜだろう、一見すると小野がただ雑に扱われているだけなのに、何やら奇妙な友情なものが垣間見えるのは。
七海未来は男女問わず、誰とも親しくしないことで有名なのだが、小野だけは例外ということなのだろうか。まあそうでもなければ、〝協力関係〟なんていう、ある種平等の証明とも言えるような関係性は築けないだろうが……。
私がカフェオレを含みながらそんなことをぼんやりと考えていると、ふと何者かの影が私の机を覆った。
「……いらっじゃい、やよいぢゃん……」
「いや、そんなゾンビみたいな声で歓迎されても」
そこに立っていたのは先ほどまで厨房で突っ伏していた幼馴染み、
「……いつまで照れてんのよ。別になにも恥ずかしいことなんて言ってないでしょ」
「なに開き直ってるのさ!? あ、あの後どれだけシズカちゃんたちに問い詰められたと思ってんの!?」
「問い詰められたもなにも、『クリスマスに二人で出掛けたのにキスの一つもできませんでしたー』っていう残念な答えしか出せないでしょ、アンタは」
「キッ……!? そそそ、そんなこと出来るわけないでしょ!? そ、そもそもあの日は色々あって……!」
「あーはいはい、ごめんってば。こうして売上に貢献しに来てるんだから許してよ」
「カフェオレしか頼んでないじゃん! どうせならもっと美味しいもの食べていってよ!?」
「だってこの店高いんだもん。化粧品に服に友達付き合いに、なにかと出費が
「ご、ごめんなさい! ……あれ? なんでいつの間にか私が怒られてるの……?」
解せない様子の桃華を放置し、再び七番テーブルの二人の方へと目を向ける。
「……あの二人、仲良いよね」
「え? ああうん。七海さんが来たときは大体
「ふーん。……アレ見て、アンタはなんか思わないの?」
「? うーん? じ、実は私はまだ七海さんとあんまりお喋りしたことないから、悠真は凄いなぁって思うけど……」
「(……そういう意味で聞いたんじゃ、ないんだけどね)」
息を吐きつつ、やはり報われないな、と思う私。仲の良いあの二人を見て嫉妬、とまではいかないまでもモヤモヤした感情を抱いてくれたりすれば、まだ小野にも希望はあっただろうに。
「(でもこの子がこれだけ真っ直ぐだったからこそ、小野は……)」
注文を終えたらしい七海未来のテーブルから離れ、厨房の方へと戻っていく小野。
それを見て桃華もまた「あ、私も仕事に戻らないと」と呟いて彼に続こうとする。
ちなみに今日も今日とて店内の客数は少ない。桃華は「その分土日が忙しいからねー」と言っていたが……本当なんだろうか? 正直疑わしい。
「……あのね、やよいちゃん」
「ん?」
立ち去ったと思っていた桃華は、しかし一歩先で立ち止まっていた。
「その……今日シズカちゃんたちにあんなこと言ったのって……もしかして、私のため、だったの?」
「!」
ちらり、とこちらを見ながらそう言った桃華に、私は動揺で瞳を見開く。
「……やっぱり、そうだよね。おかしいと思ったもん。やよいちゃん、ずっと私が久世くんが好きだってことを秘密にしててくれたのに、あんなこと言い出すなんてさ」
「…………」
クスクスと笑う彼女から視線を逸らす私。……この子は妙なところで勘が鋭い。いや、それとも付き合いの長さが為せる技か、あるいはその両方だろうか。
「正直、どうしてやよいちゃんがあんなことしたのかは分かんないけど……でも、ありがとう。私のことを考えてくれて」
「……それは――」
――それは、〝彼〟にこそ言ってあげてほしい言葉だった。
今回だけでなく、ずっと桃華を想い続けてきた〝彼〟に。
自らの恋よりも、桃華の恋を成就させることを選んだ〝彼〟に。
「……ううん、なんでもない。そんなの、気にしなくていいよ」
けれど――それは口にしないでおこう。
それはきっと、私なんかが話していいことじゃない。
桃華がそのことに気付かないことを、〝彼〟は望んでいるのだから。
だから私は本当は伝えたい言葉を飲み込んで、代わりに小さく微笑みを向ける。
「……私はアンタの幼馴染みで――親友、なんだから」
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