第九六編 ベスト・フレンド⑩
この情報がどれくらい
もしかしたら今朝、久世に告白をしていたあの女子生徒しか気づいていないかもしれないし、それとは逆に口にしていないだけで、大半の生徒が勘づいている可能性もある。
まあどちらにせよ少なくとも一人にバレている以上、情報の拡散は免れ得ないだろうが。
そしてことが表沙汰になった時点で、
それに〝噂〟というのはなかなか恐いもので、一度流れてしまうと後から食い止めることは非常に困難なのである。
人の口に戸は立てられない。
確認したたところ、小野は噂の根源たる
つまりいくら錦野アリサに口止めをしようとも、まったく根本的な解決にはならない。
よって、今回の噂の拡散を止めることはもう出来ない。
もしかしたら
だから、私は小野に言ったのだ。
――後は私に任せろ――と。
「……ちょっとやよい? ハナシ聞いてる?」
「……ん? ああうん、聞いてないよ」
「『聞いてるよ』みたいに言うな。なに開き直ってんねん」
「ごめんね、興味なかったから」
「謝る姿勢のフリして追い打ちしてくんな!」
持参した弁当を食べながら考え事をしていた私にそうツッコミを入れつつ、
「まあ、確かにシズカの話は内容つまんないよな。テンションだけで無理矢理盛り上げてる感じ」
「分かる」
「分かんなや! なんなん皆、
「今さっき私の唐揚げ勝手に食べたでしょ」
「大晦日に貸したお金、まだ返してもらってない」
「クリスマスプレゼントがゴミだった」
「いやほんまに恨んでくんなよ! 最後のはただの悪口やし! うわーん、助けてくれ桃華ぁー! みんなして
他の友人たちからも
ムードメーカーのシズカたちが騒ぎ、私を含む他の面子がそれを適当にあしらい、そして大抵は泣きつかれた桃華が苦笑しながら場をおさめる。
いたっていつも通りの風景だった。冬休み前からなにも変わっていない。
「あー、クリスマスと言えば、ちょっと聞いたんだけどさー」
そう、なにも変わっていないのだ。
「クリスマスに一組の久世とデートした女子がいるらしいよ。一対一で」
「!」
――だから、刺激的な
嘘の苦手な桃華が瞳を見開く中、グループの面々は「え」「マジでか」と淡白な反応を示す。
「へー、なんか意外だな。久世くんって女の子とイチイチデートとかしなそうじゃん」
「分かる。真面目だってよく聞くもんね」
「ていうかその女子が凄いわ。あの
「まあ間違いなくシズカには無理だよな」
「そんなことないわ! 喧嘩売ってんのか!」
いつも通り、ワイワイと騒ぎ出す友人たち。うちのグループは久世、というか色恋沙汰に興味のない連中ばかりだから、この話題についても普段のくだらない雑談の一つと変わらないらしい。
だから誰かが「あ、そういえばさあ」などと言い出せば、あっさりと次の話に移ることだろう。
それを理解しているからか、どこかホッとしたような表情を浮かべている桃華に目を向けてから――私は言った。
「――それ、桃華のことでしょ」
「――え」
普段はほとんど会話に参加しない私がぽつりと溢した瞬間、私以外の面々の時が止まった。
いつもうるさい私たちのグループが静まり返ったことにより、教室の生徒たちも釣られたように口を閉じる。
「ええええええええええぇぇぇぇぇっっっっっ!?」
「や、やよいちゃんっっっ!? な、なんでバラすのさぁぁぁぁぁっっっ!?」
次の瞬間、爆発するように声を上げた友人たちおよび顔を真っ赤にした桃華からの言葉に耳を塞ぎつつ、私は周囲の生徒たちの様子を
当然、この騒ぎに教室中……いや、廊下にいる生徒たちも何事かと目を向けていた。
……そうだ、それでいい。
「どどどど、どういうことやねん桃華!? 裏切ったんか、裏切ったんかお前ェッ!?」
「お、落ち着いてシズカちゃんっ!? というか『裏切った』ってなにっ!?」
「お前だけは……ッ! お前だけはカレシなんか作らんと
「なにその悲しすぎる同盟!? 信じられても困るんだけど!?」
シズカに両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられる桃華に、他の友人たちも一緒になって問い詰める。
「え、ま、マジ……なの? あの桃華が、あの久世と!?」
「あの
「ちょっと!? なんか今名前の呼び方に違和感があったんだけど!?」
「〝男にそこそこモテる割には色恋沙汰に
「なにそのランキング!? いつ集計したのそれ!? 聞いたこともないんですけど!?」
「テメェ桃華ぁー!?
「そんな約束した覚えないよーっ!?」
「お、おいお前ら、シズカを押さえろ!? 我を忘れて武士みたいになってる!」
「ぬおぉぉぉぉぉっ!? 邪魔すんなお前らーッ!? 桃華を殺して
「なにヤンデレみたいなこと言ってんだ! そういうのはお前には向いてねえぞ!」
「そうだよシズカ! そういうのは見た目だけは可愛い女の子が言うからこそ許されるんだよ!」
「遠回しに
まさしく
再度教室内を見回すと、周囲の生徒たちは「な、なんだ、喧嘩か?」「止めた方がいいんじゃないのか?」などと、私たちのただ事ではない雰囲気に意識を奪われている。
――そう、それでいいのだ。
「ち、違うんだって、皆!? ご、誤解だから!?」
「何が誤解やねん! クリスマスに久世真太郎とイチャコラデートしたんやろっ!?」
「だ、だからそれは――ッ!」
衆人環視の教室内で、顔を真っ赤にした桃華が叫ぶ。
「最初は三人で行く予定だったんだってばぁーっ!」
――それでいい。
再び静まり返る教室の中で、私はただ一人、そっと笑みを浮かべていた。
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