第九二編 ベスト・フレンド⑥
「あれ?
「ごめん、私今日バイトなんだ~」
「またー? バイト始めてから付き合い悪いぞ、桃華ぁー。やよいは来るよねー?」
「私もパスで」
「なんでだよー!? 二人揃って冷たいなあもう!」
「ご、ごめんね? また誘ってくれたらその時は行くから……」
仲の良いクラスメイトたちの誘いに手を合わせつつ、私と桃華は教室を出た。背中から聞こえてくる「ふーんだ! お前らみたいな
冬休みはたったの二週間程度だったというのに、友人たちと話をするのは本当に久しぶりのような気がする。今日は始業式だけですぐに解散となったこともあって、彼女らの近況話を詳しく聞けなかったのが残念だ。
そういう意味ではカラオケくらい付き合ってやっても良かったかな、と思わなくもないが……私たちが楽しんでいる間、桃華だけバイトというのも可哀想だろう。やはりそこは親友として譲るわけにはいかなかったのだ。
心の中でうんうん、と頷く私。するとそんな私の横顔を眺めていた桃華が「そういえば」と口を開く。
「やよいちゃん、初売りの福袋でお金使いすぎたって言ってたよね。もしかして今月、厳しいの?」
「……き、厳しくないよ。全然、まったく」
「あはは、露骨に目を逸らしながら言われてもなあ。たしかにカラオケって意外とするもんね、楽しいけど」
「だ、だから違うってば。ただカラオケの気分じゃなかったってだけ。そ、それになんとなく喉の調子も良くないし」
あっさりとカラオケに行かなかった本当の理由を看過されてしまった私は目を逸らし、我ながら苦しい口実を言い募る。
そんな私に優しい幼馴染みは「そっかそっかー」とニコニコ笑顔を向けてくる。……や、やめてほしい。私は悪くない。そもそも私は〝歳末セール〟や〝初売り〟のように人混みに揉まれながら買い物をするのが嫌いな、硬派な人間なのである。
そう、悪いのはたまたま見つけた好きなブランドの福袋を我慢できなかった、一週間前の私なのだ。お陰様で財布が軽くて仕方がない。
そんな、なんにもならない言い訳をしながら廊下を歩いていると、進行方向に見知った男がいることに気が付いた。
「あれ?
「……そうだね」
同じタイミングで気付いたらしい桃華に相槌を打ちつつ、一組の廊下前にいる幼馴染み、
見れば彼は、なにやら派手な女子生徒に声をかけられているようだった。
「(あれは……確か
見覚えのある金髪女を見て、私は苦い記憶を思い返す。
特待生が集められる
私もまたその〝入試上位五人〟を目指しており、そして見事に惨敗した、というのは以前に語った通りだが、何を隠そうあの錦野アリサこそ、その五人のうちの一人だ。
全教科満点で入試を通過した首席の
「(……でもなんで錦野が
なにやら言葉を交わしている二人を眺めながら、私は七海未来の時にも感じた違和感を覚えていた。
本当になんなんだ
「……あっ、あの子……」
「え?」
私がジロジロと小野のことを見ていると、桃華がなにかを思い出したかのように声を上げた。
「あの子、クリスマスに会ったんだ。その……中央公園に行った時」
「!」
若干声を潜めつつそう言った桃華に、私は驚くと同時に「なるほど」と内心で納得する。
それはつまり、今朝の騒ぎの
……いや、それは考えづらいか。私の知る小野悠真という男はそこまで頭の切れる男じゃない。
おそらくは普通に久世本人から話を聞いたとか、そんなところだろう。今の桃華の口振りからして、久世も錦野アリサとは顔を合わせているだろうし。
「(……それにしても、よくこの短時間で錦野まで行き着いたな、
久世に話を聞くのはともかくとして、面識のない女子にホイホイ声を掛けられるような奴だったか?
それだけ久世のデート相手が桃華だと発覚することを恐れていた、ということだろうか。だとしたら、「女の嫉妬は怖い」などと言ってしまった私のせいなのだが。
「(流石に心配しすぎでしょ……私が言うのもなんだけど……)」
考えながら、私はちらりと隣を歩く桃華の横顔を見る。
どうやら一組にいる久世のことが気になってしまうのか、教室前を通り過ぎながらクラスメイトに囲まれている彼の様子を
「(……報われない話だな)」
陰ながら応援する。
たしかに綺麗な言葉だろう。他人事だったら、フィクションだったら、私だって賞賛してしまうような。
だけど、いざこうして目の前で、身近で、現実でそんなことをしているあの男のことを見ていると、どうしても考えてしまうのだ。
――この子のためにそこまでのことが出来るのに、どうしてアンタは――。
「……やよいちゃん? どうかしたの?」
一組の前を過ぎ去り、階段に差し掛かった辺りで桃華が黙りこくっていた私の顔を覗いてくる。
「……なんでもないよ。久世のこと見てるなーって思っただけ」
「うえっ!? な、なんで分かったの!?」
「分からないと思ってたのか……」
途端に顔を真っ赤にした幼馴染みに呆れた笑みを向けつつも、私は心の中のモヤモヤした感情を消化しきれずにいるのだった。
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