第九〇編 ベスト・フレンド④

「え、えーっと……今朝の騒ぎの発生源って、お前だったのか?」


 あまりにもあっさり見つかったデートの目撃者に、俺は若干上擦った声で確認をとってみる。

 すると目の前の謎ギャルは「うん、そうなんだ~」と軽く笑いながら、ペロッ、と口の端から舌を覗かせた。


「あっ、でも勘違いしないでね~? アタシは朝に真太郎しんたろうくんと挨拶する時にからかい半分で『女の子とのクリスマスデートは楽しかった~?』って言っただけなんだよ~」

「えっ……そ、そうなのか?」

「うん~。アタシも真太郎くんをクリパに誘ってたのに断られたから~、お返しに嫌みの一つくらい言ってやろっかな~って思っただけ~。でもそれをクラスの誰かに聞かれてたみたいで~……」


 いや~それがあんな大事になるとは~、などと困ったように笑う錦野にしきの

 確かに今話してみた限り、彼女は陰口や噂話をするというより、周りの目を気にせずに話してしまうタイプに見える。楽観的というか、自由気質フリーダムというか……まあ完全に俺の第一印象に過ぎないのだが。


「……ということは、お前は久世のデート相手のことをバラしたりはしてないってことか?」

「ん~? デート相手~? ああ~……桐山きりやまさんっていう子のこと~?」

「お、おう」


 一応朝の騒ぎを受けて、この話題は周りの目を気にするべきだと理解したのか、錦野は言葉の後半を俺の耳元でささやくように言ってくる。い、いちいち言葉尻を間延びさせるせいで、吐息がくすぐったくて仕方がない。


「そりゃ~、久世くんがデートってだけであれだけ騒ぎになったのに~、相手のことまでバラしたりしないって~。絶対桐山さんあの子にも迷惑かかるしね~」


 そう言ってケラケラと笑う錦野。……ふむ、流石は〝特待組〟。見た目はかなり馬鹿っぽいものの、思考回路はきちんと機能しているらしい。


「……ん? というか、お前もクリスマスに久世くせを誘ったんだよな?」

「うん~」

「その……き、気にしないのか? 久世が他の女子とデートしてても?」

「え~? うん、だってアタシ別に真太郎くんのことが好きとかそういうんじゃないしね~。あっ、もちろん友達としては大好きだけどさ~。クリスマスも~、一組クラスの仲良い子達集めてパーティーしよ~って誘っただけ~」

「そ、そうなのか」


 少し意外だった。久世のことを下の名前で呼んでいることから、てっきりかなり親しい間柄なのかと思ったのだが……。

 いや、でも他の女子たちのように久世を〝遠い憧れの人〟ではなく、等身大の〝久世真太郎〟として認識しているからこその名前呼びなのかもしれない。


「でも~、なんでそんなこと気にするの~?」

「うぇっ!? あー……いや、えっと……」

「もしかして~、アタシが真太郎くんのことで桐山さんあの子に嫉妬とかしちゃう~とか思っちゃった~?」

「ぐっ……!」


 図星を突かれて呻く俺。というか俺の周りの女どももそうだが、どうしてこんなに人の心を見透かせるのだろうか。……もしかして俺って、そんなに分かりやすいのか……?


「……簡単に言えば、そうだ。今朝、かなり騒ぎになってたから、ちょっと心配でな」

「あ~……そっかそっか~。もしかして、真太郎くんへの用事っていうのもそのこと~?」

「まあ、そんなとこだな」


 厳密には少し違うが、デートの目撃者である錦野コイツを発見できた時点でどうでもいいことであるため、説明ははぶく。


「アッハハ……アタシのせいでごめんなさいだね~、それは~……。やっぱり桐山さんあの子のバイト仲間としては心配~?」

「! し、知ってたのか、俺と桃華アイツが同じバイトしてるって?」

「うん~? そりゃ~、二人とも真太郎くんと同じバイトなんだから分かるよ~?」

「ああ、それもそうか……。ん? 久世と桃華アイツが同じバイトっていうのは、前から知ってたのか?」

「クリスマスの日にほんのちょっとだけ話したからね~。まあキミ以外にも真太郎くんと同じバイトしてる一年生がいるっていうのはその前から知ってたけど~」


 な、なんだ。クリスマスの時、あいつらに声まで掛けてたのか。俺はてっきり、遠目に見つけた程度かと思ってたが。

 ということは、久世や桃華ももかも当然錦野コイツのことを認識しているということだ。もしかしたら今頃、金山かねやまの方も桃華から話を聞き出しているかもしれないな。


「えーっと……じゃあその、今後も桃華アイツのことは伏せといて貰えると、助かる」

「あっ、うん、それはもちろん~。……でも優しいね~? 桐山さんあの子のこと、心配してあげるなんて~」

「えっ……い、いや、別にこれくらい、普通だろ?」

「……ふ~~~~~ん?」


 汗を流しつつ目を逸らした俺に、錦野がニヤニヤとした――まるで何かを察したかのような――笑みを向けてくる。

 こういう時、女のカンというやつは厄介だ。必死にポーカーフェイスをつくろうものの、バレているような気がしてならない。


「――やっぱり、キミはとそういう関係じゃないんだね」

「……え?」


 一瞬だけ笑みを消して何事かを呟いた錦野に、俺は思わず聞き返す。

 しかし彼女は次の瞬間には元通り間延びした「なんでもないよ~」とともに、ふにゃっとした笑みを浮かべ直した。


「あっ、そうそう~。もし明日も七海ななみさんが学校に来なかったら~、その時はキミから連絡とってもらっていい~?」

「は? な、七海? 別にいいけど……なんで俺に?」

「アタシあの子の連絡先知らないんだよね~。というか~、聞いても教えてもらえなかった~……」

「あー……」


 たしかに、七海アイツがクラスメイトに連絡先を教えている姿が想像できない。そもそも俺だって、教えてもいないのにいつの間にか連絡先を掌握されていたしな。……まあ、今にして思えば本郷ほんごうさんがなんとかしたんだろうけど。


「……分かった。つっても明日からは通常授業だし、七海も来ると思うけどな」

「そうかな~、ならいいんだけどね~。じゃあアタシそろそろ帰るよ~。友達待たせてるからね~。バイバ~イ」

「ああ」


 短く返事をした俺に、大袈裟に手を振りながら去っていく派手ギャル。

 そのまま階下へと消えていった彼女の背を見送った後、俺は一組のすぐ隣の教室である二組をチラリと覗き込んだ。


「(桃華と金山は……いねえな。もう帰ったのか……?)」


 一応金山に話だけでも通しておこうと思ったのだが……まあ明日でも構わないか。

 今日もバイトがある俺はそう結論付けて、さっさと帰宅することにしたのだった。

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