第八九編 ベスト・フレンド③

 冗長としか言えない校長の話を聞かされるだけの始業式を乗り越え、担任教師の簡単なホームルームが終わると、この日はすぐに下校となった。まったく、たったこれだけのために朝から寒い思いをさせられたのかと思うと馬鹿馬鹿しくて泣けてくる。

 それはさておき、いち早く一年三組の教室を出た俺は、さっさと一組の方へと向かう。言うまでもなく、クリスマスの日に桃華もとか久世くせがデートをしていたのを見たという人物を探すためだ。


「(誰だかまったく分からねえ以上、先ずは久世に話を聞くべきだな……)」


 というのも、現状俺には二人のデートを目撃したその人物に関する情報が一切ないからだ。それが初春はつはるの生徒なのか、また目撃者が一人なのか、それとも複数人なのかさえ判明していない。

 まあ朝の一組での騒ぎようを見る限り、二人のデートに関する情報が広まったのは今朝が初めてだったようだし、であれば目撃者は初春の生徒で、数もそれほど多くはないと予想されるが。一人か二人か……少なくとも一〇人二〇人に見られていた、などということは考えにくいだろう。


 目撃者の数が少ないというのは大きい。その人物を特定出来さえすれば、やりよう次第でこれ以上の噂の拡散を防ぐことも可能だからだ。

〝久世がクリスマスに誰かと食事をし、イルミネーションを見に行った〟という部分については、既に久世自身が肯定してしまっているために取り消しようがないが、〝その相手が桃華であること〟はまだバレていない。久世も個人が特定されれば桃華に影響が及びかねないということを理解しているのか、明言は避けていたようである。


 つまり俺が早急に目撃者を探し出し、その人物に〝デートの相手が桃華だったことは言わないでほしい〟と交渉することが出来ればいいのだ。……かなり難しいだろうが、俺にも責任の一端があるのだからやるしかない。

 まあそもそも目撃者が〝久世のデート相手が桃華である〟ということを知らない可能性もないではないが……あまり楽観的な考えに流されるわけにもいくまい。

 そしてその人物を探す上で一番手っ取り早いのが、当事者である久世か桃華に話を聞くことだった。目撃者であると断定は出来なくても、「中央公園で同じ学校の○○さんを見掛けた」という情報だけでも得られればだいぶやりやすくなる。

 ……一応最終手段として、クリスマス当日に密かに二人を監視していた本郷ほんごうさんに話を聞いてみるというのもなくはないが……それは出来れば使いたくない手段だな……。


「(……むっ、しまった。一組の方が終わるのが早かったか……)」


 既に続々と教室から生徒たちが出ている一組前の廊下を見て、俺は内心で舌打ちする。

 生徒たちの波をけつつ教室の中を覗き込むと、案の定久世の周りには仲良さげな男子生徒数人と、いかにも久世に気がありそうな女子たちが集まっている。しばらくは話が聞けそうにもない。


「(ったく、誰のせいで俺がこんな苦労してると思ってんだ……)」


 俺の事情など知らない久世に対し、完全に八つ当たりでしかないことを考えながら、俺は一組の教室前で息をつく。

 さて、どうしたものか……桃華に話を聞くという手もあるが、おそらくそっちは金山かねやまが何かしら聞き出しているだろうし……。


「キミ~、ちょっといい~?」

「ッッッッッ!?」


 思考の海に沈んでいた俺は、背後からいきなり肩を叩かれてビクゥッ、と身体を跳ねさせた。


「アッハハ、ごめ~ん。びっくりさせちゃったかな~?」


 見ればそこにいたのは、ウェーブのかかった長い金髪と濃い化粧が特徴的な、女子高生ギャルだった。

 始業式の日だというのにかなり制服を着崩しており、また両の耳からは大きなピアスがぶら下がっている。金山もピアスを着けているが、と比べれば可愛いものだ。


「キミ~、あの三組の子だよね~?」

「! そ……そうだけど……」


 どう考えてもここまでの高校生活で絡んだことのない相手にクラスを把握されていることに対して不気味さにも似た驚きを感じながら、俺は一応頷く。

 な、なんでそんなこと知ってるんだ、コイツ……。というか、そもそも誰だよ、お前。

 そんな考えが表情に出ていたのか、謎のギャルは「あっ、ごめんね~」と軽く笑う。


「アタシ、一組の錦野にしきのアリサ~。ちょっとキミに聞きたいことがあったから~、声掛けたんだ~」

「き……聞きたいこと……?」


 妙に間延びした声が特徴的な錦野というらしい謎ギャルにそう言われ、俺は首をかしげる。

 こ、こんなギャルに絡まれるような覚えはまったくないのだが……。


「あのね~、七海ななみさんって~、今日体調不良とかなの~?」

「……は? 七海?」


 予想外のことを聞かれ、俺は思わず一組の教室内に目を向ける。たしかに七海の席にあの毒舌女の姿はなかった。

 といっても七海アイツは学校終わったら即帰宅する奴だから、もう帰ったという可能性も普通にあるのだが……。

 俺がどう答えるべきか迷うよりも早く、錦野が「実はね~」と言葉を続ける。


「アタシ一組の学級委員やってるんだよね~。で~、七海さんは一学期からよく学校休んでて~、でも二学期の終盤はちゃんと来てたから~、ちょっと安心してたんだけど~……今日は来てないから、何かあったのかな~って」

「(サボリだな)」


 心配そうな顔をする謎ギャルから目を逸らしつつ、俺は確信していた。

 あの七海が始業式なんぞに顔を出すはずもない。冬休み前の終業式は成績通知もあるからか嫌々ながらも登校していたようだが。

 というかそんなことより俺は、この派手で見るからに頭が悪そうなギャルが〝特待組〟の学級委員なんてものにいていることの方が驚きなのだが。コイツこの成りで秀才エリートなのかよ。


「ねえ~、聞いてる~?」

「えっ……あっ、ああ、悪い。と、というかなんでそんなこと他クラスの俺に聞くんだよ?」

「なんでって……だってキミ、七海さんといっつも一緒にいるでしょ~?」

「うぐっ……!?」


 そ、そうだった。一組ということは、俺が七海の〝警護〟の真似事をしているところも見られているに決まっている。それでなくても俺は一一月の中頃から暫くの間、針のムシロのような生活を送っていたわけだしな。


「……悪いけど、俺も特に何も聞いてないな。まあ、たぶんちょっと体調悪いとかだと思うけど」


 仕方なく俺はそう答えた。……絶対体調不良などではなくただのサボリに決まっているが、下手なことを言って後から本人に睨まれても面倒だ。こういう場合は当たり障りのないことを言っておくに限る。

 すると錦野は俺の答えを特に疑問視することもなく「そっかそっか~、だったらいいんだけど~」と言って、意外なほど可愛らしく笑う。


「ごめんね~、急に声掛けたりして~。というか、キミはこんなところで何してたの~?」

「えっ……あ~……ちょ、ちょっと一組のやつに用事があって……」

「ああ~、真太郎しんたろうくんでしょ~? じゃあバイトの話~?」

「!」


 俺は一瞬、なんで分かるんだ、と驚いたが……よく考えたら一組の生徒なら俺と久世がバイト仲間ということを知っていてもおかしくはない。七海関連で一組を出入りするときに、久世と言葉を交わすことはあったしな。


「そっかそっか~、真太郎くんに用事か~。でも真太郎くん、今はちょっと声掛けにくいよね~」

「ああ、まあ……アイツの周り、いつも誰かいるしな」

「いや、確かにいつもそうだけど、今日はそうじゃなくて~……というか、これは私のせいなんだけど~」

「……?」


 何故かばつが悪そうに両手の人差し指をもじもじと突き合わせる錦野に疑問符を浮かべる俺。

 すると彼女は悪戯イタズラがバレた少女のような、困ったような笑顔と共に言う。


「アタシが、真太郎くんがクリスマスに女の子とデートしてた~って話をしたら~、皆めちゃくちゃ食いついちゃったんだよね~」

「へえ、そうなのか……。……。……!?」


 俺は一度相槌を打った後、僅かな間を置いてから目の前の謎ギャルを二度見する。

 も、目撃者って……お前かよ……!

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