第八八編 ベスト・フレンド②

 俺と金山かねやまが一年生の教室のあるフロアまで上がってくると、なにやら騒がしい女子生徒たちの声が廊下まで響いてきた。

 新年初日ということで浮かれているのだろうか、とも思ったが……。


「おはよう! 久世くせくん!」

「久世くん、久し振りー! 元気だったー!?」

「冬休みの間久世くんに会えなくて寂しかったよおー!」

「ねえねえ久世くん、今日私たちと一緒に帰ろうよ! また久世くんの喫茶店にも行きたいしさあ!」

「お、おはよう、皆。と、とりあえず落ち着いてくれないかい?」


「…………」

「……アンタ、引くほど憎悪に満ちた目してるよ」


 騒ぎの発生源が一組、もといどこぞのイケメン野郎だということに気付いた俺に、金山が呆れたような目を向ける。


「やっぱり男としては羨ましいんだ、ああいうの」

「べ、別に羨ましくねえし? ただ一度でいいからあんな風にちやほやされてみたいって思ってるだけだし?」

「それを〝羨ましい〟って言うんだけどな」


 金山の言葉を無視し、俺は一組前の廊下にまで群がっている女子どもの隙間から教室内を覗き込んだ。

 教室の中央付近にいるのはやはり俺のバイト仲間にして、本日をもって人間関係を断ち切りたくなったランキング堂々の第一位の男、久世真太郎しんたろうである。

 彼は迫り来る女子の波を困ったような顔で制しつつ、相変わらずのイケメンスマイルを振り撒いては教室から黄色い声を溢れさせていた。


「……る……ってやる……呪ってやる……!」

「怖い怖い怖い。そんな今にも血の涙を流しそうな顔で呟くな。本気にしか見えないから」

「俺の寿命の半分までなら差し出す覚悟だ……!」

「本当に本気だった。悪魔と契約する気満々じゃない」

「……よし、契約だ……! 俺の寿命の半分と引き換えに、久世あのやろうの顔を可能な限り不細工にしてくれ……!」

「いや、なんで私に言うんだよ」

「なんでって……お前魔神だろ? それくらい出来るだろ?」

「出来るわけないでしょ。というかいつの間に魔王から魔神にレベルアップしたんだよ。何者なんだよ、私は」

「魔神クサレギャル・デーモン、レベル一二〇」

「いよいよレベルが限界突破してるじゃねえか」


 そんなしょうもない会話を交わしている間にも、一組の前には次々と久世目当ての女子生徒が集まってくる。

 大半の女子は教室のドアや窓越しに見つめるばかりだが……こういう光景を見ると、久世真太郎という男がいかに厄介な野郎であるかを再認識してしまう。

 今さらだが、アルバイトや桃華ももかのことがなければ間違いなく、俺が一生関わることのない人種だっただろう。

 ……そんな奴と、今では割と話すようになったのだから、人生というのは分からないものだ。

 俺がそう考えてわずかな笑みを浮かべつつ、一組の前から立ち去ろうとした、その時だった。


「ねえねえ久世くん! そういえば、クリスマスに女の子と二人きりでデートしたって、本当!?」

「……えっ?」

「(……!)」


 女子生徒の一人による爆弾発言に、一組周辺にいたすべての生徒が久世の方を振り返る。

 そして次の瞬間には「ええええええええええーーーーーっ!?」という大ボリュームの絶叫が、朝の初春はつはる学園中に響き渡った。


「どどどどど、どういうこと!? ねえどういうこと!?」

「クク、クリスマスデート!? く、久世くんが!? 誰と!?」

「う、嘘だよね久世くん!? だ、だってクリスマスはバイトで忙しいからって……!?」

「そ、そうだよ、私たちとのクリパも断ったじゃん!?」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を成す教室から、「おち、落ち着いて、ちゃ、ちゃんと話すから!」という久世の声が聞こえてくる。

 それを外から眺めつつ、俺は「やっぱりこうなったか……」と額に手を当てた。


「……その様子だと、一応なることは予測してたんだ?」

「……まあ、一応は、な」


 金山の問いに、俺は気持ち半分ほどで頷く。


「正確に言えば、こうなる可能性があることを予測してたってだけだけど……クリスマスの日に久世と桃華あいつらが行ったのはこの辺じゃ有名なイルミネーションスポットだったからな。学校の誰かに見られてたって、なにもおかしくはねえだろ」

「それもそうか。でもイルミネーションって中央公園のでしょ? 私も行ったことあるけど、あの人混みで特定の誰かを見つけるとか……いや、久世なら普通にあり得るか。目立つもんね」

「ああ」


 久世が必死に「友達と食事をして、そのついでにイルミネーションを見に行っただけ」という、ほぼ真実そのままなのに何故か〝言い訳感〟が半端ハンパない説明をする中、俺は小さくため息をつく。


「……でもここまで大事になるとは、正直思ってなかったな。もうちょっとマシなもんかと……」

「いや、あの久世真太郎が誰かとデートなんて、たとえそれがクリスマスじゃなくたって大スキャンダルだよ。アンタ、久世と仲良い割にはその辺の認識甘いんじゃない?」

「うぐっ……!」


 た、確かにその通りかもしれない。

 そもそもこうなる可能性を予見できていたのなら、イルミネーションではなくもっと別の過ごし方を考えておくべきだった……いや、でも桃華はクリスマスにイルミネーション見たがっていたしなあ……。

 などと、俺が後の祭りでしかない葛藤をしていると、金山が「ちょっとまずいかもね」と口を開く。


「見た感じ、久世とデートしてたのが桃華あの子だってことまでは露呈してないみたいだけど……もしそこまで発覚したら……」

「は、発覚したら……なんだよ?」

「……ううん、なんでもない。……ただ、女の嫉妬は怖いからね」

「……!」


 そのまま俺に背を向けて自分の教室の方へと歩いていく金山。

 俺はそんな彼女の背中に「お、おい!?」と声を掛けるが……彼女はヒラヒラ手を振りつつ、「そこまで心配しなくていいって」と答えるばかりだった。


「(心配しなくていい、たって……)」


 ギャルが教室へと消えていった後、俺は改めて一組内へと目を向ける。

 一応久世の説明を受けて先程までの騒ぎは収まったようだが……しかし〝久世がクリスマスに女子と二人きりでデートをした〟という点に関しては事実なのだ。

 あの女子生徒たちの中には納得しきっていない、というより〝その女子生徒〟をそねむ奴だっているかもしれない。

 流石に桃華がいじめを受ける、などということにはならないと信じたいが……その可能性がまったくないとも言い切れない。

 であれば、俺が今すべきことは……。


「(……まずは誰から話が広まったのかを、突き止めるところからだな……)」

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