第八三編 〝特待組〟

 俺たちの通う私立初春はつはる学園高等学校には、成績やスポーツ能力などの高さを認められた生徒だけが集められる特別なクラスがある。

 成績の優秀さと模範的な態度が認められた生徒の所属する通称〝特待組〟こと一組と、スポーツ推薦で入学を果たした生徒が三年間在籍する〝スポ薦組〟こと七組がそれだ。

 一年生の〝特待組〟は推薦入学を果たした者か、もしくは入学試験の成績で上位五位に入った者が所属しているわけだが……残念ながら〝特待組〟は〝スポ薦組〟と違い、毎年生徒の入れ替えが行われる。

 つまり俺たちが二年生になった時の一組の生徒と、現在の一組の生徒では顔ぶれが異なるのだ。


 ただ、生徒の入れ替えが行われると言っても、それは普通のクラス替えとは全然違う。

 簡単に言えば一組から六組の中で、優秀な生徒から順番に一クラス分の人数が引き抜かれるのである。

 ここでの〝優秀〟とは単純なテストの成績だけではなく、生活態度や素行不良の有無など、〝初春学園の生徒として相応ふさわしいかどうか〟という点も重要視されるらしい。

 つまり成績がトップクラスに良かったとしても、その生徒が喧嘩ばかりしている不良だったりしたら〝特待組〟には入れないということだ。


 さて、その前提の上で考えてみよう。

 まず第一に、久世真太郎くせしんたろうは何組になるだろうか?

 あのイケメン野郎の前回の期末試験における学年順位は二位。

 試験対象十二科目全てで満点をったどこぞのお嬢様は例外として、間違いなく一年生の中でもトップクラスの成績保有者だ。

 おまけに生活態度はもちろん良好であり、事情があって今は休部という形をとっているものの、元はバレーボール部が誇るエースでもある。当然ながら、教師や同級生からの信頼だって厚い。

 どう考えたって、久世アイツの〝特待組〟入りは確実だろう。


 となると、桃華ももかの恋を応援している立場にある俺としては、やはり桃華にも〝特待組〟に入って貰いたいのである。

 今でも彼女には〝久世と同じバイト先で働いている〟という圧倒的な優位性アドバンテージがあるのだが……正直、それだけではあの二人が恋仲になるには足りない、というのが俺の印象だった。


 クリスマスの一件があってから、久世と桃華の関係性は確実に前進した。

 それまでは話す度にテンパっていた桃華は、今では普通に久世と冗談を言い合えるようになっている。まあ彼女は元から対人コミュニケーション能力に秀でている方だし、きっかけさえあれば憧れの相手である久世とでも良い関係を築けるであろうことは分かっていたが、それでも俺から見れば大きな一歩だ。


 だが、今の彼らは〝男女として仲が良い〟というよりは〝友人として仲が良い〟といった感じだった。

 それも大変結構なことだが……そういう関係にある男女が恋仲に進展するのは難しいというのもまた事実。とても仲の良い男女が、「近すぎてお互いのことを異性として見られない」なんていうのはよく聞く話だろう。

 つまりこのままでは、久世が桃華のことを恋愛の対象として見てくれなくなる危険性があるのだ。というか二年になっても二人のクラスが別々のまま、今までと同じように〝甘色(あまいろ)〟で仲良く仕事だけしていたら確実にそうなる。そんな確信があった。


 だから俺は、二年ではなんとしてでも桃華を〝特待組〟に入れてやりたかった。

 同じクラスというだけで話す機会は激増するだろうし、体育祭や文化祭、修学旅行といった大きな行事イベントだってある。そんな中で〝仲の良いバイト仲間〟が〝気になる異性〟に化ける可能性は決して低くないはずだ。

 少なくとも、今のように別クラスのままであるよりはずっといい。


「――貴方の言いたいことが分からないわけではないけれど」


 その時、俺の長々とした説明を静かに聞いていた七海ななみが、本をパタリと閉じながら言った。


「けれど、それがどうして〝七海未来わたしに勉強を教わる〟という結論に至るのかしら」

「えっ? だってお前学年一位じゃん。だからお前に教わるのが一番手っ取り早いと思って」

浅薄せんぱくここに極まれり、ね……」


 俺の答えを聞き、七海がはあ、とため息をつく。……は、腹立つなこの野郎……。

 俺がピキッ、と額に青筋を浮かべていると、そこへ聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。


「お待たせしました~」

「お、おうッ!?」


 ビクッ、と身体を震わせて顔を向けると、そこには今まさに話に上がっていた女――桐山きりやま桃華が立っている。

 危ねえ……も、もう少しで会話の内容を聞かれるところだった……。


「? どしたの、悠真ゆうま? なんか汗凄いけど……」

「うえっ!? い、いや別に何が!? お、俺たちは今……ええっと、そ、創成期ソーセーキの話をしていたところだったんだが?」

「いや新年早々から話題の壮大さがすごいね!?」

「い、いいよなぁ、創成期ソーセーキ。お、俺この世界で三番目くらいに好きだよ創成期ソーセーキ

「そんなに好きな割には〝創成期〟だけやけに棒読みなのはなんなの!? まるでソーセージの話をされてるかのような気分になるんだけど!?」

「フッ、当たらずとも遠からず、だな。俺がこの世界で二番目に好きなものこそソーセージだ」

「そんな僅差きんさなの!? 創成期とソーセージが!? ち、ちなみに一位はなんなのさ?」

「え? 昼寝だけど」

「普通だった! なんでそこだけやたら現実的な答えなの!?」


 俺が適当についた嘘にやたらと食い付いてくる桃華。コイツのノリが良いのは昔からだが、こういう深く掘り下げられると困る場面では少し厄介だな。……だが可愛いから許せる。

 そこでふと七海の方を見ると、彼女は「(するにしてももう少しマシな言い訳は思い付かなかったのか)」とでも言いたげな、まるで馬鹿を見るような目を向けてきていやがった。……桃華が運んできたケーキセットから一つぶん取ってやろうか。


「と、とにかくそういうわけだから、お前はさっさと仕事に戻れよ! 忙しいだろ?」

「えっ、えっ? い、いや見ての通り、お客さんはほぼ居ないんだけど……」

「だ、だったら店長の話し相手でもしてやれよ! 俺が上がる前、事務所で暇そうにしてたしさ!」

「それなら今まさに久世くんが捕まってるけど……」


 久世アイツ見ないと思ったら店長に捕まってたんかい! 何をやってるんだと言いたいところだが、それはむしろ店長の方に言うべきな気がする。


「……じゃあ久世の亡き今……〝甘色〟の命運はお前に懸かっているんだな、桃華……」

「いや懸かってないけど!? というかまず久世くんはまだ死んでないよ!」

「これから死ぬんだよ」

「なんの予言!?」

「いいか、ああいう誰にでも優しくて、あらゆる能力に恵まれてる奴っていうのは――割とすぐに死ぬ」

「どういうことなの!? 全然意味がわからないんだけど!?」


 そりゃそうだ。なんせ発言している俺もよく分かっていない。


「も、もういいから仕事に戻れって。暇な時間にも自分から仕事を見つけ出したりする奴の方が〝いいアルバイト〟だと思わないか?」

「ハッ!? た、たしかに……!?」


 俺たちの会話を聞いて七海が「何を言っているのかしら、この馬鹿たちは……」とでも言いたげな瞳をしていやがるが、華麗に無視スルーだ。

 実際、桃華は言いくるめられたみたいだからそれでいい。


「じゃ、じゃあ私は戻るね? 悠真、七海さん、ごゆっくりどうぞ」

「あ、ああ。ありがとう」


 ペコリ、と綺麗にお辞儀をしてから厨房へと戻っていく桃華の背中が見えなくなってから――七海がポツリと呟いた。


「――彼女、アレで一組に入れるのかしら」


 ……正直俺も、少し不安になってきていた。

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