第八二編 新たな暗躍

「(い、いたわーーー! この人たち、いたわーーー!)」


 記憶を探る旅から戻ってきた私は、喫茶店のテーブルに突っ伏しながら心の中で叫んでいた。

 目の前の席に着いた服部はっとりが「お、お嬢様? 大丈夫ですか?」と心配げな声で聞いてくれるが、それに答える余裕もない。


「(どこかで見た顔だと思ったけれど……思い出した! あの店員さんは真太郎しんたろうさんとクリスマスにデ――一緒にいた人で、〝小野おのさん〟は私のことを見ていた変な人だ!)」


 私はお姉ちゃんのいるテーブルまで注文をとりにいった店員さんと、涙目でお姉ちゃんの分だと思われるケーキセットを注文している〝小野さん〟に目を向ける。

 どちらも印象的だったから、たぶん間違いないはずだ。


「(い、いや待てよ……? あの店員さんが真太郎さんとデ――一緒にいたのは、まあ分かるよ? でも〝小野さん〟はあの時、あんなところで一体何をしてたわけ……?)」


 私の予想が正しければ、真太郎さんとあの店員さんは付き合っているとかではない。もしそうなら、私の耳になんらかの噂の一つくらいは飛び込んできてもいいはずだ。

 であればクリスマスの夜にあの二人が一緒にいたのは、おそらくは仕事バイト終わりに遊びに行く途中だとか、そういう可能性が高いだろう。

 でももしそうなら、普通は〝小野さん〟も含むバイト仲間同士三人で過ごしたりするものではないのか? まさか仲間外れハブ……という考えが一瞬頭をよぎるが、真太郎さんがそんな真似をするとは到底思えない。


「(用事があって行けなかった、とかにしては真太郎さんたちのすぐ近くにいたし……そのくせ、二人に合流するって感じでもなかったよね? ……えっ……じゃあほんとに何してたの、あの人……?)」


 謎過ぎる。

 電柱の影にいたことだけに注目すれば、真太郎さんたちのことを尾行してるかのような様子だったが……いやいや、幾らなんでもはれはないだろう。聖夜の過ごし方としては最低辺すぎる。そんなの、人類史上稀に見るレベルの悲しいクリスマスになること請け合いだ。

 だが、だったら〝小野さん〟はあの日なにを――


 そんな答えの出ない問答を悶々とも繰り広げていた私の耳に、「それで」というお姉ちゃんの声が聞こえてきた。



 ★



「そろそろ聞かせてもらえるかしら、小野くん。今日、私をここへ呼び出した理由について」

「うう……財布がまた薄く……え? あ、ああ、そうだな」


 折り畳み財布の中身と今日の注文金額を比べながら涙を流していた俺は、コホン、という咳払いと共に気分を仕切り直してから答える。

 そう、ここからが今日の本題だ。


「冬休みが明けて暫くしたら、学年末試験があるだろ?」

「ええ、そうね」


 俺の言葉に七海ななみがコクリ、と頷く。

 ちなみに彼女の手元には分厚い本が開かれたままだ。この女は腹が立つほど高性能ハイスペックなので本を読みながらでも問題なく受け答えを成立させてくるのである。

 便利と言えば便利なのだが……話している側の俺からすれば、真剣に聞いてもらえているのかと不安になってしまう。現に七海コイツはつい先ほども、俺が少しでも興味のない話をしようものら完全無視スルーを決めてきやがったし。

 とはいえ「本を読むのをやめろ」とでも言おうものなら、また面倒くさい口論に逆戻りだ。むしろ話が進まないだろう。

 よって俺は仕方なく、「それで」と本を開いたままの七海に続けて言う。


「お前は性格は終わってるけど、頭は良いだろ?」

「前半の誹謗中傷ひぼうちゅうしょうは果たして必要かしら」

「前の期末試験でも一二〇〇点中一二〇〇点とかいう、凄いを通り越して気持ち悪い点数を叩き出してただろ?」

「後半の誹謗中傷は果たして必要かしら」

「だから俺は思ったわけだよ――〝七海コイツに勉強を教われば試験で簡単に学年順位上げれるんじゃねえか〟と」

「安直にも程があるでしょう」


 俺の浅はかな考えを聞いて、七海は呆れたように息をつく。


「要するに私に勉強を見てほしいとか、そういう話かしら?」

「まあ、単刀直入に言えばそういうことだ。今度また俺と桃華と久世くせの三人で勉強会をしようって話になってるから、それに参加してもらいたいんだよ。……で、どうだろうか?」

「……逆に聞くけれど、そんなお願いを私が聞き入れると本気で思っているのかしら」

「いや、まったく」

「じゃあどうして聞いたのよ」


 七海が本から顔を上げてジトッとした目を向けてくる。

 ……いや、俺だって普段ならこんな頼みはしない。というか、俺は基本的に赤点さえとらなければテストの点数なんかどうでもいいタイプだ。

 そもそも初春はつはる学園に入れたこと自体がそれなりに奇跡だった俺である。両親だって、多少悪い点数をとったくらいではそこまでうるさく言っては来ない。

 だから俺が人に、それもよりによって七海コイツに勉強を教わるなんていうイベントは、余程のことがない限りは起こり得ないものなのだ。

 だがそれは裏を返せば、起こり得るイベントということでもある。


「……なにか理由わけがある、とでも言いたいのかしら」

「! ……ああ」


 まるで俺の心を見透かしたかのように聞いてくる七海に一瞬驚かされつつ、俺はコクリと首を縦に振る。

 そう、俺は自分の成績なんか基本的にどうでもいい。

 俺がわざわざ七海に――〝契約〟を結んだ相手に頼みごとをするということは、つまりはだった。


「……桃華ももかを、特待組一組に入れたいと思ってるんだ」

「…………」


 俺のその言葉に、目の前の女はちらり、と視線だけをこちらへ向けた。

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