第八〇編 回顧

「(あの人が、〝小野おのさん〟……!? な、なんか、なんというか……!)」


 じ、地味……ッ!


 それが私の、〝小野さん〟に対する第一印象だった。

 あ、あれがお姉ちゃんの恋人……ではないにせよ、お姉ちゃんと仲良くしている人なの……? いささか不釣り合いというか、お姉ちゃんに相応しくないというか……。


 断っておくが、別に私は人を見た目で判断するタイプの人間ではない。……いや、真太郎しんたろうさんみたいな格好いい人に想いを寄せている女が何を言っているんだと思われるかもしれないが、本当にそうなのだ。

「人は見た目じゃない、中身だ」――お姉ちゃんはこの言葉を嫌っているが、私はその通りだと思っている。

 大事なのは中身、すなわち人間性であり、外見などはあくまでも内面ありきで重要視されるべきなのだ。

 私が真太郎さんのことを好きなのだって、彼が優しくて真面目で、いつも柔らかな笑みを向けてくれる人だったからに他ならない。もし彼が性悪な顔だけの男だったら、私は見向きもしなかっただろう。


 だがそんな私から見てもあの二人はかなり不相応だと思わざるを得ない。

 なんというか、肉親としての贔屓ひいき目のようなものなのだろうか。あんなに綺麗なうちのお姉ちゃんが、あんな地味な人と一緒にいるというのはすごく損をしているような気になるというか、もっといい人は幾らでも居るだろうに、みたいな考えをしてしまうのだ。

 いや、私はまだ〝小野さん〟の内面などなにも知らないので、もしかしたら彼が、真太郎さんを遥かに上回る聖人という可能性がないこともないのかもしれないが……。


「――はあ、疲れた……新年初日からツイてないぜ……」

「……見たところ、あまり忙しそうには見えないけれど?」

「いや暇すぎて疲れたんだよ。……主に店長のおりのせいで」

「そんなに暇なのに、今日も三人揃っているのね」

「ああ。つってもシフトは違うけどな。俺は朝から夕方まで、久世くせは昼から夜まで、そんで桃華ももかは夕方から夜までだ」

「…………」

「…………聞いてる?」

「……『ああ』、までは聞いていたわ」

「ほとんど聞いてねえじゃねえか。どんだけ俺の話に興味ねえんだよ。おい、その本閉じろ。人と会話するときくらい本読むのやめろってしつけられなかったのか」

「躾けられなかったし、仮にそう躾けられていたとしても貴方は人判定じゃないわ」

「人判定じゃないってなんだよ。じゃあお前の中で俺は何判定なの?」

案山子かかし

「カカシ。もはや生物ですらねえじゃねえか。せめて生き物として扱え」

「〝生き物〟の定義を明確にして貰えれば考えなくもないわ」

「て、定義? そりゃお前、あれだよ……い、息をするかしないか、だよ」

「その理屈なら扇風機でも生き物になれそうね」

「そ、そうだよ? 扇風機は生き物だよ」

「その持論を押し通すのは無理があると思うわ」


「(……なんだ、この頭の悪い会話……)」


 淡々としょうもない会話を繰り広げるお姉ちゃんと〝小野さん〟に、私は困惑の表情を浮かべていた。

 なんとなくこの二人がそこそこ仲が良いのだということだけは伝わってきたが……とりあえず頭悪そうだな、〝小野さん〟。

 ま、まあ頭の出来と人間性は別に比例しないし、それは構わないのだが……。


七海ななみ、お前もうなんか注文したか?」

「いいえ」

「なんだよ、まだなのか。わざわざ来て貰ったから、おごってやるよ。……五〇〇円までなら」

「……あら、私は随分安く見積もられているのね」

「じょ、冗談冗談! え、えーっと……ふっ、仕方ねえな。好きなもの、なんでも一つ頼んでいいぞ」

「気前がいいような空気をかもし出しているけれど、大して変わっていないじゃない」

「はあ!? 馬鹿野郎、ぜんぜん違うわ! 〝甘色ウチ〟のケーキセットなんか二〇〇〇円くらいすんだぞ!?」

「そうね」

「『そうね』じゃねえ! ったく、これだから金持ちのお嬢様は……。お前は一度、労働の大変さを知るべきだな。いいか、一円を稼ぐのだって大変なんだぞ。お前が湯水のように使っていく金だって、お前の父さんと母さんが一生懸命働いて――」

「じゃあ私はこの季節のケーキセットにするわ」

「聞けや! しかも容赦なくケーキセット頼むんかい!」


「(な、なんというか……ほんと普通な人だな、この人……)」


 今のところ、この〝小野さん〟に特別優れたところがあるようには思えないが……お姉ちゃんはどうして彼と仲良くなったんだろう。

 どう見てもお姉ちゃんと気が合うような人には見えないのだが……。


「……貴方がなんでも一つ頼んでいいと言ったのでしょう」

「い、いや言ったけどさぁ……そ、そこはもうちょっとこう、手心を加えてほしいというか……」

「……それじゃあ、貴方の一押しのケーキを選んで頂戴。従業員ならではの裏メニューでもいいわ」

「んなもんねえよ」


「(あっ、そっか。この人もここでアルバイトしてるみたいだったよね……)」


 私はつい先ほど、彼が従業員用の扉から出てきたことを思い出す。

 ……ん? ってことは、この人も真太郎さんとアルバイト仲間だということか?

 そんなことをぼんやりと考えながら、ぼんやりと対面側のテーブルで私に背を向けて座っている〝小野さん〟の背中を見る。


 そういえば、さっき〝小野さん〟の顔を見たときは地味だとしか思わなかったが……私はどこかで彼を見たことがあるような気がする。それも、つい最近。

 いつだっただろうか……本当に一、二週間以内のことのように思うのだが……。


「――お待たせしました、お客様」

「ふえっ?」


 突然頭上から聞こえてきた声に、私はパッと顔を上げる。

 そこに立っていたのは、私たちが注文をしている間にお姉ちゃんのテーブルに向かっていた店員さんだった。


「ご注文のオレンジマーマレードのタルトと苺オーレ、苺尽くしケーキ、ティラミス、そしてキャラメルマキアートでございます」

「あ、ありがとうございます」


 ニコニコと明るい笑顔を浮かべながら、私と服部はっとりの前にお皿を並べてくれる店員さん。

 私は彼女の顔を見て、そして再び〝小野さん〟の顔を見て――


「ああっ!?」

「わあっ!? お、お客様、どうかされましたか?」

「……あっ、す、すみません!」


 思わず立ち上がってしまった私に店員さんや服部、そしてお姉ちゃんたちが一斉に目を向ける。

 視線の集中砲火を受けた私は顔を赤くして元の通りに座り直しつつ――思い出していた。


 そうだ、私は〝小野さん〟のことを……いや、彼だけではなく、この可愛らしい店員さんのことも、に一度見たことがあるじゃないか。

 そう、一〇日ほど前のあの日――クリスマスの夜に。

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