第七四編 私と久世家の三兄妹

「し……真太郎しんたろう、さん……?」

「? 美紗みさ? どしたの?」


 突然足を止めた私に、友人たちも立ち止まる。


「……ううん、なんでもない。ごめん皆、ちょっとだけ先に行っててくれる?」

「えっ? 別にいいけど……あっ、トイレ?」

「うん、まぁそんなとこ。すぐ戻るから、おみくじ引いて待ってて」

「おー。んじゃ、先行こうぜー」

「誰が一番運良いか勝負な」

「なにぃー!? 負けないぞー!?」


 ケラケラと笑いながら社務所しゃむしょの方へと歩いていく友人たちを見送り、大きく息を吐く。

 そしてそのまま思い切り息を吸い込んで――叫んだ。


「――真太郎、さーーーんっ!!」

「う、うわあっ!?」


 奇声を上げながら飛び掛ついた私に、二人の少女に腕を引かれていた男の人――久世くせ真太郎さんが驚いたように身をけ反らせる。

 そして彼は私の顔を認めた瞬間、「み、美紗……」と何故だか引きつった笑みを浮かべた。


「き、君も来ていたんだね、初詣……」

「はいっ! でもまさか真太郎さんとたまたま会えるだなんて思ってもみませんでした! これはもう運命ですねっ!?」

「い、いや、周辺地域に住んでいる人なら、この辺りで一番大きいこの神社に来るのは割と普通なんじゃ……」

「いいえっ、これは運命なんです! 誰がなんと言おうとも!」


 鼻息荒く顔を近づける私に、真太郎さんは「近い、近いから!」と両腕を胸の前で交差させる。照れているのだろうか? まったく可愛い人だ。

 すると彼の腕を引いていた二人の少女たちが、私を見て「あっ」と声を上げる。


「美紗ちゃんだー、あけましておめでとうございます」

「相変わらず兄貴のこと大好きね、美紗ちゃん」

春菜はるなちゃんに明穂あきほちゃん! あけましておめでとうー! 今日も可愛いねぇ」

「あはは、くすぐったい~!」

「や、やめてよ、恥ずかしいから~……」


 二人まとめてギューッと抱き締めてあげると、双子の少女たちは楽しそうに、あるいは照れ臭そうにしながらも、私のことを抱き締め返してくれた。ああ可愛い。こんな妹が欲しかった。


 この三人は、私とお姉ちゃんが小さい頃からよく一緒に遊んでいた、いわゆる幼馴染みという関係に位置する兄妹きょうだいだった。

 お姉ちゃんと同学年である真太郎さんと、その三つ下、私から見れば二つ後輩になる双子中学生、春菜ちゃんと明穂ちゃんである。


 なにを隠そう、私は昔からこの三兄妹のことが大好きだ。

 双子ちゃんたちのことは妹に近い存在として。

 そして真太郎さんは――一人の男性として。

 彼らのことが、心の底から大好きだった。


「真太郎さんは確か、明日と明後日もアルバイトはお休みでしたよね!? 良ければ私とどこかへ出掛けませんか!?」

「え、ええっ!? と、というか美紗、なんで君が僕の休日を把握しているんだい!?」

「それくらい当然ですよ! 真太郎さんが働いている喫茶店に〝新年は一月四日から営業を開始します〟と書いてありましたから!」

「い、いや、そもそも僕は君とバイトの話をした覚えがないんだけど……」

「はいっ! 誰とは言いませんが、私独自のルートで得た情報ですので!」

「独自のルート……は、服部はっとりさんか!? あ、あの人は本当に昔から……!」


 そう言って額を押さえる真太郎さんに、私はクスクスと笑い声を漏らした。

 ちなみに服部というのは、私の護衛を務めてくれている女性のことである。少々性格に難はあるものの、お姉ちゃんの護衛官である本郷ほんごうとはまったく別の方向ベクトルで優れた能力を持つ優秀なボディーガードだ。


「それで、どうでしょうか真太郎さん? そうですね……水族館とか、美術館とか……あっ、遊園地なんていかがでしょう?」

「い、いや、ちょっと待ってくれ、美紗。なんでもう出掛けることが決定しているんだろう?」

「いいじゃないですか、それとも何かご予定が?」

「よ、予定というほどのことはないけれど……」


 口ごもる真太郎さんに私は小さく首を傾げ……そして「ハッ!」と気付く。


「も、もしかして……お、おうちデートがしたいということですか!?」

「ええっ!? い、いや違うよ!? どうしてそうなったんだい!?」

「だ、だって今『なんで出掛けることが決定しているんだろう』って……! そ、それって『わざわざ出掛けたりしなくたって、美紗わたしと二人ならそれでいい』という意味じゃ……!?」

「ないよ!? というか随分都合の良い解釈をしたね!?」

「お、お兄ちゃん……美紗ちゃんと二人きりになって、何するつもりなの……?」

「こっ……この変態兄貴……! ケダモノ! 犯罪者!」

「春菜!? 明穂!? ち、違うから! こんな公衆の面前でそんな風に叫ばないでくれ!」


 妹ちゃんたちに軽蔑の眼差しを向けられ、必死で弁明する真太郎さん。す、少しやり過ぎてしまったようだ。これ以上は本当に迷惑をかけてしまう。

 私は実の兄に対して冷たい視線を送る少女たちに「ご、ごめんごめん、今のは冗談なんだ」と伝え、そして真太郎さんに向けて苦笑する。


「そもそもお家デートがしたくても、うちにはお姉ちゃん、居ますもんね」

「うっ……!」


 私の言葉に、真太郎さんは気まずげに目を逸らす。

 彼とうちのお姉ちゃんは昔から不仲……というより、お姉ちゃんが一方的に真太郎さんのことを嫌っていた。

 幼馴染みである私はもちろんそのことを知っているし――さらに〝〟のことも知っている。だから真太郎さんが、お姉ちゃんと遭遇しかねないお家デートに乗ってくれるはずもないことくらい、理解できていた。


「(お姉ちゃん、か……)」


 ふと思い出して、私は真太郎さんに向き直る。


「あの、真太郎さん。つかぬことを伺いますが……」

「? な、なんだい?」


 急に私のトーンがふざけたものを含まなくなったことに若干戸惑っている様子の真太郎さん。

 私はそんな彼に――昨夜のことについてたずねてみることにした。


「もしかしてうちのお姉ちゃんって……高校で彼氏とか、出来たんですか?」

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