第七三編 〝変わらない想い〟

 新年、一月一日。

 私は予定通りに友人たちと合流し、この辺りで一番大きな神社へと初詣はつもうでにやって来ていた。

 流石に大きな神社は人も多く、特に私たちが到着したのが朝八時頃だったということもあいまって、境内はおまいり待ちの人々で溢れかえっている。


「ねえ、見てみて! 屋台も出てるよ!」

「ほんとだ! フランクフルトにたこ焼きに……! なんかお祭りみたい! ねっ、美紗みさ!」

「ハイハイ、あんまりはしゃがないの、みっともないでしょ」

商魂しょうこんたくましいよなぁ。新年から初詣に来た参拝客から露骨に金を巻き上げようなんてさ」

「なー。ほんとえげつねえわ。神社の神サマもキレてんじゃね?」

男子アンタたちも人の商売にケチつけない。たこ焼き屋のおじさんがこっち睨んでるよ」

「! や、ヤベッ!?」


 まるでおのぼりさんのようにキョロキョロと周囲を見回してははしゃいだり、こちらの話し声が聞こえたのか、ギロッ、と凄まじい眼力でこちらを睨む強面こわもてのおじさんに怯んだりする友人たちの姿に、私はため息をつきつつもクスッと笑みをこぼしていた。


 今日初詣に来たこのグループは、私がこの一年間、一番よく遊んだであろう五人組である。

 私を入れて女子が三人、男子が二人のグループ。中学校のクラス内ではあまり男女混成の仲良しグループというのは見かけないのだが、私たちは波長が合ったのか、このように集まることは少なくなかった。


「ねえねえ美紗! 美紗はなにをお願いするの!?」

「? お願いって?」

「神さまにだよ! 一〇円も払うんだから、ちゃんとお願いを考えとかないと!」

「うわ、貧乏くせえ……」

「うっさいよ! ねえ美紗、どうするのどうするの!?」


 暇な待ち時間を埋めるかのように話しかけてくる友人の一人に、私は「あのねぇ」と苦笑混じりに答える。


「言っとくけど初詣っていうのは〝お願い〟をするんじゃなくて〝去年一年のお礼〟をするんだからね? あとお詣りでは一〇円じゃなくて五円玉。一〇円だと〝遠縁とおえん〟になっちゃうよ」

「……トーエン、ってなに?」

「分かんね。あっ、幼稚園に行くとかってことか?」

「それは登園とうえん

「あれだろ、遠くから投げるってことだろ? 賽銭さいせんとか」

「それは遠投えんとう。というかそんなこと絶対しないでよね」


 頭の悪い会話を繰り広げる私たちに、周囲の高校生……か、大学生らしきお姉さんたちがクスクスと笑っていた。……う、うう、恥ずかしいなあ、もう……。

 今の会話を見て貰えば分かる通り、私たち五人組はいわゆる〝おばかグループ〟だ。楽しい遊びやお洒落、スポーツなんかは大好きだが、勉強が苦手な子達の集まりである。

 勿論良い子たちばかりだし、そうでなければ私もつるんだりしないのだが。


「ねえねえ! で、結局美紗はなにをお願いするの!?」

「アンタまったく私の話聞いてないでしょ!?」

「いーいーじゃーん! 教えちゃ駄目なんて決まりないでしょー!?」


 駄々っ子のように言ってくる友人に、私はまた周囲から微笑ましいものを見る目を向けられているような気がして頬が熱くなった。……ちなみに参拝さんぱいなどで神様にお願いしたことは、あまり口に出さない方が良いとされている。

 とはいえこれ以上恥ずかしい思いもしたくないので、私は仕方なく「そうだなぁ……」と考える素振りをみせた。


「…………皆が無事に、第一志望の高校にいけますように、かな」

「! ~~~美紗、大好きっ!」

「うわあっ!? ちょ、ちょっと、危ないでしょ!?」

「うへへぇ」


 感極まったように抱きついてきた友人をなんとか受け止める私。

 幸せそうな笑みを浮かべる彼女に、私もまた自然と笑みがこぼれる。

 すると残りもう一人の女子と男子二人が、どこか遠い目をしていることに気付いた。


「いいよねぇ、美紗は……もう推薦決まってるんだもんねぇ……私たちはこれからジュケンベンキョーしなきゃいけないのに……」

「いや、〝これから〟じゃ遅いから。というか夏休みから散々受験勉強に付き合ってあげてるでしょ?」

「いいよなぁ……七海ななみは、初春はつはるに行けるんだもんなぁ……」

「遠いところにいっちまうんだなぁ……」

「死ぬみたいな言い方やめてくれない?」


 憂鬱ゆううつそうな顔をする彼らに、私は表情こそ笑いはするものの――内心はとても寂しかった。

 そう、彼らとはもうすぐお別れの時期なのだ。

 お別れといっても、もちろん二度と会えなくなるわけではない。地元が同じなのだから、会おうと思えばいつでも会えるのだろう。


 けれどそんな機会は、きっと今私が考えているほど多くない。

 私が彼らとつるみだしたのは今年――もう去年だが――の四月から。もちろん同じ学年なのだからそれ以前から多少の面識はあったものの、仲良くなったのはクラス替えで同じ組になってからだった。

 そして当然、二年生の終わりまでは別の友人たちとグループを作っていたわけだが……私には最近、その友人たちと遊んだ記憶がない。

 不仲になったわけではない。今だって廊下などですれ違えば声を掛けてくれるし、同じように話せる。

 でも当時のような頻度で遊ぶことはなくなった。メッセージのやり取りもめっきり減った。

 現実なんて、案外そんなものだろう。


〝変わらない想い〟なんてない。

 もちろん、〝今の私〟にとってはこの四人が一番大切な友達だ。その想いに嘘偽りはない。

 けれど〝高校生になった私〟には、〝高校生になった私〟にとっての〝一番大切な友達〟がいるはずなのだ。

「離れていても友達」。「ずっと仲良しだよ」。

 確かにそうだ。昔の友達だって、間違いなく友達だ。

 でも、やはり〝今〟大切なのは〝今の友達〟で。

 だからこの四人が〝昔の友達〟になったとき、きっと私は彼らよりも〝今〟の友達を大切にしてしまうだろう。


 もしかしたら〝親友〟なんてものがいる人間にとっては理解しがたいのかもしれないが、生憎あいにく私にそんな素敵な相手はいない。

〝今〟の私は彼らとずっと一緒に居たいと心から思っているが、半年後、一年後の私は、きっと別の友達にその気持ちを抱いているはずだ。

 そしてだからこそ、私は〝今〟だけはこの四人のことを大切に想うことが出来ているのだろう。


「(……冷たいな、私って)」


 ようやくお詣りの順番が回ってきた私は、「五円玉がないー!?」と騒いでいる友人たちに小さく微笑みつつ、心の中で自嘲する。

 でも、これが私だから。


 私の中に〝変わらない想い〟なんて――たった一つしかないから。


「……ほら皆、お詣り終わったらすぐに動いて。後ろの人たちに迷惑でしょ」

「アハハ、美紗ってばせんせーみたーい」

「うるさいよ」

「美紗せんせー、トイレー!」

「先生はトイレじゃありませんー」


 友人たちとたわむれながら、私たちは賽銭箱の前から移動する。

 そしてこれからどうしようか、合格祈願きがんのおみくじくらい買っていこうか、などと話し合っていたとき――私のすぐ後ろから、見知った声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん、早く早く!」

「兄貴、おっそいよ!」

「こ、コラ二人とも! 走ると危ないだろう!」

「え……」


 私はその声に思わず振り返り、そして驚きのあまり目を見開く。

 なぜならそこで可愛らしい顔立ちをした二人の女の子に両腕を引かれていたのは――


「し……真太郎しんたろう、さん……?」


 ――私が唯一〝変わらない想い〟を抱いてきた、その人だったから。

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