第七二編 電話の相手は誰?
「(ま、まさかお姉ちゃんの電話の相手って……お、男の子……!?)」
恋人はおろか友人の一人もまともに作らず、高校でも孤高を貫いているであろうと思っていた姉のまさかの発言に、私は思わずその場に立ち尽くす。
言うまでもないことだが、お姉ちゃんはモテる。それはもう、とんでもないくらいに。
どう考えても異性、というか他人から好かれるような性格をしていないにも関わらず、その人間離れしているとさえ言える容姿のため、彼女に心を奪われる人は後を絶たなかった。
それも男性に限った話ではない。彼女に真剣な恋心を寄せる女の子だって居るのだ。
昨年度、つまりお姉ちゃんが中学三年生の時に複数の後輩女子から同時に告白されたという話は、今でも私の通う中学校の語り草である。……その時もお姉ちゃんはいつも通りに
お姉ちゃんが言うには「
でも、それではお姉ちゃんに〝異性の友人〟は絶対に出来ないだろうと、私は思っていた。
別に世の中の男性が全員、
だけど、残念ながらお姉ちゃんはそういう
さらに厄介なことに、お姉ちゃんは〝自分が
故にお姉ちゃんは、本当に〝外見よりも中身〟だというなら
〝外見〟で寄ってきても駄目。〝中身〟で寄ってきても駄目。
それはつまり、彼女に好意を持って近付こうとした時点で詰んでいる、と言い換えてもいい。
かといってお姉ちゃんに敵意を持っている人が居たとして、そんな人がお姉ちゃんと〝友達〟のような良い関係を築けるはずもない。
結果、お姉ちゃん自身が変わりでもしない限り、彼女に〝異性の友人〟なんてものが出来ることはあり得ない。
少なくとも、私はそう思っていた……のに。
「――
「(なんか予定聞いてる!? あのお姉ちゃんが!?)」
「――そ、そう……。……ごめんなさい」
「(なんか謝ってる!? あのお姉ちゃんが!?)」
「――貴方さえ良ければ、
「(なんか気遣ってる!? あのお姉ちゃんが!?)」
信じられない光景の連続に、私は
……にわかには信じがたいが、話を聞く限りお姉ちゃんとお姉ちゃんの電話相手である〝おのくん〟さんはかなり親しい間柄であるように思われる。
い、いったい何者なんだ、〝おのくん〟さんは。妹の私が言うのもなんだが、うちのお姉ちゃんと親しくなるなんてちょっとした魔王討伐よりも難しいだろうに。
「(し、しかもお姉ちゃん……なんか楽しそうだし……)」
通話しているお姉ちゃんの姿を見て、私はそう感じていた。
いや、別に笑っているとかそういうわけではない。いつも通り、人を寄せ付けない無表情のままである。
だが会話の半分を「そう《無関心》」「そうね《肯定》」「いいえ《否定》」だけで済ませるような彼女が、あんな風に話すこと自体が珍しい。
そもそも普段のお姉ちゃんであれば、仮に電話をすることがあっても精々三〇秒で終わる。たまに私が電話を掛ける時だって、用件だけを聞き終えたら即通話終了だ。まあ、家でも顔を合わせる肉親との通話が短いというのは、別におかしいことではないのだろうが……。
「――ええ。それじゃあ」
「!」
と、私が色々と考え込んでいるうちに、どうやらお姉ちゃんは通話を終えたようだった。携帯電話で時間を確認してみると、現在時刻は二三時を少し回ったところである。
私はお姉ちゃんが携帯電話を机の上に置いたのを見てから、「お、お姉ちゃん……?」と若干遠慮がちに声をかけた。
「
「う、ううん。その……な、なんか話し声が聞こえたから……」
流石に「盗み見してました」などと言うわけにもいかず、私はあたかも「今部屋の前を通りかかりました」という風を装う。……正直かなり
「今、少し電話をしていたから、その声だと思うわ」
「へ、へぇ? お姉ちゃんが電話なんて珍しいね? あ、相手は誰?」
我ながら酷い三文芝居である。ちなみに私は、嘘をつくのが下手だと言われがちなタイプの人間だった。
しかしお姉ちゃんはやはりそんな私の様子を気にした
「別に、大した相手ではないわ。ただの……下僕のような相手よ」
「いや、ただの下僕ってなに!?」
思わずぎょっとして声を上げる私。
げ、現代社会において〝ただの下僕〟って存在し
しかしそんな私を見てお姉ちゃんは「いえ、勘違いしないで頂戴」と淡々と言ってくる。
「確かに彼は下僕に近いけれど、でも私も彼のために奉仕させられているから、あくまでも私たちは平等よ」
「ほ、
再びとんでもない
「ほ、
「? ええ。といっても私の仕事は彼と違って、表だってするようなことではないけれど」
「
「お金……? いいえ、そういうことではなくて……。……以前に口封じをされているから、あまり詳しいことは話せないのだけれど……」
「く、口封じっ!?」
次から次へと不穏な発言をするお姉ちゃんに、いよいよ私の脳内には〝男の人に、口封じされなければならないような
な、なんということだ……! 男という生き物はみんな〝
思春期の中学生には刺激が強すぎる関係性に、私は顔を真っ赤にしたままバン、とソファー前のガラステーブルに手をついた。
「だ、大丈夫なの、お姉ちゃんっ!? そ、そんなとんでもない関係……!?」
「とんでもない……? いえ、確かに珍しい関係ではあるかもしれないけれど……特に問題はないわ。私にも相応の
「り、リターン……? ハッ!」
その瞬間、私の脳裏に電流が駆け巡る。
そ、そうだ。お姉ちゃんはさっき、相手の人のことを〝下僕〟だと言っていたじゃないか。
つ、つまり、いかがわしい
し、しかもお姉ちゃんは、「私の仕事は彼と違って、表だってするようなことではない」とも言っていた。
それは逆に言えば、〝下僕さん〟はお姉ちゃんのため、表だっていかがわしい
「お、お姉ちゃん、まさかその人に……ひ、人目につくところで
「? ええ、そうね」
「そんなさも当然のように!?」
「といっても学校がある日に、朝と昼の二回程度だけれど」
「そんなに
ショックのあまり、私はフラフラと目を回していた。まさかあのお姉ちゃんが、高校でそんな狂気染みた行為に身をやつしていたなんて……! そ、それとも高校生って、それが普通なの……!?
――私はよもやこの大晦日に、今年一番の衝撃が二度も更新されることになるとは、本当に思ってもみなかったのだった。
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