第七〇編 決意を新たに

「――というわけで、金山かねやまに全部話しちまったから報告しとくわ」

『……そう』


 その日の夜。

 年末の特番にさほど興味のない俺は、年越し蕎麦そばを食った後、すぐに自室へと戻った。

 ちなみに俺は年末を友人と過ごしたり、年始に初詣に行ったりはしないタイプだ。以前にも言ったかもしれないが、俺は誰かとベタベタつるむのがあまり好きではないのである。……別に友人が少ないとか、そういう理由では断じてない。


 しかし、いくらなんでもまだ寝るには早い時間だ。

 そのため俺は一応、今日神社で金山やよいに話したことを七海ななみにも電話で報告しておくことにした。

 なにせ本人の許可を得ないまま、俺たちが一種の協力関係にあることを明かしてしまったからな。秘密にしておく必要があるわけではないが、報連相ホウレンソウは大事だろう。


「あー……その、悪かったな。勝手に喋って」

『別に構わないわ。そもそも彼女には以前、私と貴方が屋上で過ごしているところも見られているでしょう』

「まあ、そうなんだけどな」


 というより、俺と七海が不自然に一緒にいることは、一年生なら誰でも知っていることだろう。自意識過剰などではなく、それくらい七海未来みくという女は目立つのだ。

 だから当然金山だって俺たちのことは知っていたし、むしろそのことについてきちんと説明が出来たのは良かったとも言える。


『……けれど、少し意外だわ』

「? なにがだよ?」

『貴方が桐山きりやまさんへの恋慕を簡単に打ち明けたことが、よ。貴方とその金山さんは幼馴染みなのでしょう? そういう近しい相手ほど、恋愛の話はしづらいものではないの? 特に貴方の場合、桐山さんとも幼馴染みなのだし』

「お、お前にそんな人の心を理解したかのような思考回路が出来るとは……」

『……いったい私をなんだと思っているのかしら』


 電話の向こう側で、七海がジト目をしているような気がしたが……いや、だってあの七海だぞ? 今でもたまに下駄箱に入ってたラブレターをゴミ箱に放り捨ててる女だぞ? そんな女に「幼馴染み相手に恋愛の話はしづらい」とか繊細な感情が理解出来るなんて、ちょっと信じがたい話だ。


「……お前、なんか変なもん食ったか?」

『失礼ね。私が人の心を理解しているのがそんなに不可解かしら』

「いや不可解だろ。学校の怪談の〝夜中に校内を走り回る人体模型〟並みの不可解さだぞ」

『物理的に有り得ないレベルじゃない』

「お前が人の心を解するなんてそういう次元の話だろ」

『……貴方とは少し話し合う必要がありそうね、小野おのくん』


 七海のため息をつく声が聞こえる。

 ……そういえば、七海コイツみたいなお嬢様は年末年始をどう過ごすのだろうか?


『――私? 別にどうもしないわ。いつも通り家で本を読むだけよ』

「へえ? あれ、でもお前たしかお祖母ばあさんの家に住んでるって言ってなかったっけ?」

『あら、よく覚えているのね。三歩歩くうちに忘れたと思っていたわ』

「俺はニワトリか」


 さっきのこと、ちょっと根に持ってんだろコイツ。


「年末年始なのに、実家に帰ったりしないのかよ? ご両親と会ったりとか……」

『両親? 両親なら昨日から初春こっちに来ているわ。さっきまで一緒に食事をしていたから』


 まさかの両親の方が来ていた。マジか、普通逆だろ。


「と、というか悪い。もしかして俺が電話なんかしたせいで、せっかくのお父さんやお母さんと過ごす時間を無駄にさせちまったか?」

『いいえ? そもそも小野くんが電話をしてくる前から、私は部屋で本を読んでいたから』

「なんで!? い、いや、そこは親と過ごせよ! お前に会いに来てくれたんじゃないの!?」

『ええ、そうね。二人とも、私たち姉妹に対して過保護だから』

「じゃあなんでお前一人で本読んでんだよ!?」

『両親と話すより本を読んでいた方が有意義だもの』

「お前酷いな!」


 なんなのコイツ。なんでせっかく会いに来てくれた両親ガン無視して読書とか出来んの? よくそれで「人の心を理解する」がどうのこうのとか言えたな。


『小野くんの方こそ、年末年始はどう過ごすつもりなのかしら?』

「あ? 別にどうもしねえよ。いつも通り家で――ね、寝るんだよ」

『……そ、そう……。……ごめんなさい』

「お、おいやめろ、なんで謝るんだよ!? ち、違うぞ!? 年末年始はバイトも休みでやることがなんにもないとか、そういう訳じゃねえからな!?」

『……貴方さえ良ければ、本郷ほんごうに私のおすすめの本を持って行かせましょうか?』

「気を遣うな! なんでお前は普段毒舌の癖にこういう時だけ優しいんだよ! 腹立つんだよ!」


 いい加減、その優しさが逆につらいということを理解してほしい。だいたい正月を寝て過ごすのも本読んで過ごすのも、寂しさ的にはあんまり変わらないだろうが。


 そんなしょうもないやり取りをしていると、いつの間にか時刻は二三時を回っていた。……今年も、あと一時間で終わりか。


「……そろそろ切るよ。悪かったな、夜遅くに電話して」

『ええ。それじゃあ』

「ああ」


 短く答えると、プツリと通話が切れた。〝よいお年を〟の一言もないというのが、なんだか実に俺たちらしい。

 俺は携帯電話をベッドの上に放り投げ、そしてなんとなく部屋の窓から夜の空を見上げる。


「(……今年は、大きな変化がたくさんあったな……)」


 俺はそっと瞳を閉じ、柄にもなくこの一年間に想いをせる。

 中学校を卒業し、地元の友人たちと別の道を進み始めた。

 受験戦争を乗り越え、初春はつはる学園に入学した。

 高校生になって、少ないながらも友人ができた。

甘色あまいろ〟で初めてのバイトを始めた。


 ――一〇年間想い続けた幼馴染みに、失恋をした。


 思えばあの日から今日まで、俺は相当に濃い数ヵ月を過ごした気がする。

〝桃華の恋を叶える〟という目的のために俺なりの努力をしてきたつもりだが……俺がしてきたことには、少しくらいは価値があったんだろうか。

 分からない。少なくとも今はまだ、桃華と久世くせは結ばれていないから。


 するとその時、マナーモードにしてある携帯電話がブー、ブー、と振動した。


「(……メッセージ……?)」


 見れば、それはメッセージアプリからの受信通知だった。簡易ロックを解除してアプリを立ち上げると――そこには二件の新規メッセージが届いていた。


『久世真太郎しんたろう:小野くん、今年は本当にお世話になりました。また来年も迷惑を掛けてしまうかもしれないけれど、〝甘色〟の仲間として、友達として、仲良くしてくれると嬉しいな』


『桐山桃華:悠真! 今年は色々ありがとう! 悠真と久世くんと一緒のバイトが出来てすっごく楽しかったよ! 来年も三人で一緒に頑張ろうね! よいお年を~!』


「…………」


 俺はそれぞれのメッセージを読んで、そして小さく微笑む。


 ――俺のしてきたことに価値があるのかは分からない。

 桃華と久世を結ばせることが出来るのかどうかも分からない。


 けれど、それでも充足した一年だった。

 少なくとも去年の今頃の、〝ただ桃華を好きだっただけ〟の俺なんかよりはずっと。


「――来年こそは、叶えてみせるぞ」


 俺は決意を新たにするかのごとく、一人呟く。


 いつも胸をさいなんでくる痛みも、今日ばかりは鳴りを潜めているようだった。

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