第六九編 二人の幼馴染み

 ――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……!


 金山かねやまやよいの前で余計なことを言ってしまったばかりにピンチにおちいった俺は、ダラダラと冷や汗を流しながら脳みそをフル回転させていた。

 なんとか現状を打開できないか、 なんとか彼女の言及から逃れられないかと、走馬灯そうまとうさながらの速度で思案を巡らせる。……が、俺程度の頭ではそんな妙案がポンと浮かんでくるはずもなく。

 その結果、俺達以外誰もいない神社の境内けいだいには、シーン、とした静寂が訪れていた。


「…………沈黙は、肯定と捉えるけど?」

「ッ!」


 俺を真っ直ぐに見据えた悪魔ギャルはそう言うと、軽く染めた茶髪を右耳の後ろへと掛けた。同時に顔を覗かせた控え目なピアスが、太陽の光を反射して煌めく。

 俺は黙っているのが一番マズイと理解しつつも、やはり上手い言い訳が出てこない。


 そもそもこの女はクリスマスの時から俺がやっていること――すなわち〝桃華ももかの恋を叶えること〟に勘づいている素振りをみせていた。おそらく今、これだけ正面切って聞いてきているということは金山なりに、己の推理にある程度確信を持っているはず。

 下手な言い逃れは逆効果になりかねない。


 ……考えろ、一番最悪なパターンはなんだ。

 俺にとって一番最悪なのは、言うまでもなく〝俺のしていることが桃華にバレること〟だ。俺は、今更桃華アイツのことを面と向かって応援してやれる自信がない。

 とすれば、ここで曖昧に誤魔化してしまうのは悪手あくしゅだ。金山の抱いている疑惑を完全払拭でも出来ない限り、「小野がなんかやってるかも」と桃華に伝わってしまう可能性がある。

 そうなるくらいならいっそのこと――。


「……おい、金山」


 俺は瞳を閉じて深呼吸をした後、眼前の悪魔ギャルのことを見やる。


「一つ、聞かせてくれ。これから俺が話すことを誰にも、絶対に他言しないと誓えるか?」

「――内容による、としか言えない」


 俺の真剣な問いにこたえるように、金山がハッキリと言う。ある種卑怯とも言える答えだろう。しかし、俺はそれを不快には感じなかった。


 俺はこの女が苦手だ。ガキの頃から今まで、ずっと。

 彼女の男勝りな性格や、言いたいことを言わずにはいられない性分しょうぶんが。男よりも男前な立ち振舞いが。

 そしてなにより、親友として誰よりも桃華のことを想い、いつだって桃華の隣に寄り添っている彼女のことが苦手だった。


 ――俺なんかよりもずっと前から、一番近くで桃華の幸せを見守ってきたであろう金山コイツのことが、どうしようもなく苦手だったんだ。


「…………分かった」


 俺はもう一度深呼吸をしてから、覚悟を決めた。


「実は――」



 ★



 俺はこの数ヵ月の間、俺がなにをしていたのかを金山にすべて説明した。

 先日のクリスマスのことは勿論、桃華と久世くせを〝甘色あまいろ〟で引き合わせた時のことから、桃華をバイトに勧誘した時の経緯、その過程で七海未来ななみみくと協力関係が成立したこと。

 そして、俺の桃華への恋心に至るまで、すべてだ。

 正直、七海とのことに関しては独断で話すかどうか迷ったところではあるが……彼女のことを伏せたまま、クリスマスにあったことを説明しきるのは無理があった。箝口令かんこうれいが敷かれているわけでもないので、怒られたりはしない……と信じたい。


「…………」


 金山は途中で疑問に思ったことを何度か聞いてきたりはしたものの、基本的には俺の行動について肯定も否定もせず、ただ静かに聞いていた。

 そして話を聞き終えると、一度ふう、とため息をつき、そして俺の顔を見る。


「……で、それで終わり?」

「…………え?」

「いや、だからさ。アンタが裏でやってたことって、それで終わり?」

「えっ……お、終わりだけど」

「そっか」


 金山はフラットな声で短く答えると、長話を聞かされて疲れた、とばかりに目一杯に身体を伸ばした。

 その様子を、俺はまるで試験の結果発表を待つかのような心持ちで見つめる。


「うん、まあ大体予想通りだったかな。正直、拍子抜け」

「は、はあっ?」


 いきなりそう言われ、俺は思わずすっとんきょうな声を上げる。


「私はさ、アンタが桃華の好きな人を知ってるんじゃないかとか、裏でコソコソなんかやってるんじゃないかとか、アンタが桃華のこと好きなんじゃないかとか、まあ薄々勘づいてたわけじゃん?」

「いや、思ったより勘づかれてるな!?」


 俺の想像の一〇〇倍勘づかれてたんですけど!? な、なんだコイツ、名探偵かなんかか? いよいよ本格的に人外であることを疑うレベルの察しの良さなんだが。

 などと俺が戦々恐々としていると、金山は「いやいや」と呆れたような目を向けてきた。


「桃華のことが好きだったってのは正直、本当にただのカンでしかなかったけどさ。でもそれ以外についてはアンタ、割とバレバレだったからね?」

「うぇっ!? ま、マジで?」

「マジマジ。わざわざ私に『桃華はバイトやってるか』とか聞いてきたり、そのくせ、バイトへの勧誘自体は久世にやらせてたり」

「うっ……!」

「クリスマスプレゼントの件も露骨だったよね。私が〝久世の欲しいもの〟について聞いた時、アンタ私に『なんでそんなこと聞くのか』とかまったく言わなかったじゃん。アレも、私が桃華のために聞いてるって分かってたからこそでしょ」

「うぐっ……!」

「というかそもそもクリスマス当日にアンタが一人で居た時点で、もうほぼ確信してたよ。あんなの事情をまったく知らない人が見たって気付くでしょ。『あっ、コイツ二人に気遣ってんだな』って」

「うぐぐっ……!」


 次から次へと己のあらを指摘され、遂には胸を押さえてうずくまる俺。ほ、本当にバレバレだった。そして言われてみれば、確かに金山じゃなくても気付くレベルだこれ。


「……でもまあ、アンタが陰ながら桃華のことを応援してくれてたってのは、幼馴染みわたしとしては素直に嬉しいけどね」

「!」


 珍しく微笑みを見せた金山に、俺は思わず目を見開く。

 なぜだかそんな彼女に、七海の姿が重なって見えたような気がして。


「……でも、アンタはそれでいいわけ? 今でも好きなんでしょ、桃華のこと」

「…………」


 ある意味当然の疑問を口にする金山。それは以前、七海にも聞かれたことだった。

 その問いに心根から正直に答えるなら、俺は今でも己の行動を後悔することはある。

 桃華に自分の想いを伝えてからでも良かったんじゃないかとか、自分の恋を優先すべきだったんじゃないかとか、そういう考えになってしまうことはある。

 俺は強い人間でもなければ、賢い人間でもない。自分の選択が正しいという自信なんて少しもないし、なんなら間違っている自信の方があるくらいだ。

 だけど。


「……いいんだよ。俺は、これでいい」


 俺はそう答えて、金山のことを真っ直ぐに見据える。

 彼女が、一番近くで桃華の幸せを見守ってきたのと同じように。


 ――俺が桃華の幸せを願う気持ちだって、嘘なんかじゃないから。


「……そう。アンタがそれでいいなら、文句はないけどね」


 すると金山はスタスタと俺の方へと歩み寄ってきて、そして唐突にバチーンッ、と俺の肩を叩いてきた。


「い、痛えっ!? な、なにすんだよ!?」

「――なんだよ、やるじゃないか」

「は、はあっ!?」


 意味がわからない俺に、金山は「なんでもない」と言って背を向けた。そして彼女はそのまま、神社の出口の方へと歩き出す。


「お、おいっ!?」


 そんな悪魔ギャルの背中に慌てて声をかけると、彼女はこちらを振り返ることもせず、ただヒラヒラと片手を振りながら言った。


「心配しなくていいよ、桃華に言ったりしないから。というか、別にあの子にバラす意味なんてないしね」

「な、ならいいけどよ……」


 それを聞いてホッと息をついた俺に、金山は「でもまあ」と、視線だけをこちらに向けてくる。


「アンタのこと、ちょっとだけ見直したよ」

「!」


 そう言ってフッ、と男前に笑って見せた幼馴染みに、俺は不覚にも一瞬だけ――本当に一瞬だけ、ドキリとさせられてしまったのだった。

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