第六八編 雉も鳴かずば撃たれまい

 イベント事の大半が好きじゃない私にとって、年末年始というやつは最悪の時期だ。


 まず冬休みのせいで学校がない。……あまり理解されないかもしれないが、私は基本的に学校という場所が嫌いではない。

 いや、授業やセンセイはシンプルに嫌いだが、友人たちとダラダラ過ごす休み時間の一時ひとときや、放課後の校庭に響くクラブ活動の活気ある声などを聞いている瞬間が好きなのだ。

 そもそも無趣味な私にとって、休日なんてのはただバイトの時間が長いだけの日になりがちだった。それの何が楽しいというのか。


 それに年末年始は何かと慌ただしいのが好きじゃなかった。

 バイトが忙しいのは勿論、やたらと張り切って大掃除に臨む両親や、無意味な〝あけおめことよろメール〟の送り合い、そして年が明ければ親類縁者が一堂に会しての大宴会だ。うちは父母を含めて割とヤンチャな人が多い家系だから、それはもう大騒ぎになる。考えただけで頭が痛い。

 あとついでに、年末年始はテレビ番組なんかもつまらないのが困りものだ。アイドルやら芸人やらを集めた特番なんか要らないから、いつものしょうもないバラエティーを見せてほしかった。


「(くだらないよな、ほんと)」


 年末、一二月三一日、大晦日おおみそか

 私はそんな風に考えながら、アテもなく近所をぶらついていた。家にいると、母が大掃除を手伝えと言ってきそうだから出てきたのだ。

 そもそも私は〝いつも通り〟でないことが気に入らない人種である。だから大掃除に限らず、〝年の瀬セール〟や〝初売りバーゲン〟なども嫌いだった。安く買うために人波に揉まれるくらいなら、定価でも人のいない洋服店に行くだろう。


 だいたい一年が終わるからなんだというんだ。

 年末年始なんていつもと同じように日が沈んで、いつもと同じように太陽が昇るだけだというのに。世間の人々はそんな簡単なことも分からないのか、それとも分かった上で大はしゃぎしているのか。どちらにしても馬鹿馬鹿しい話だ。

 私は苛立ちながら、自動販売機で購入した缶コーヒーを飲み干す。……自動販売機アイツは優秀だ。なにせ、一年を通してほぼまったくと言っていいほど変化しない。いつか機械が人間に大反乱を起こすというなら、私は自動販売機に殺されたいものだ。


「(あれ……ここ、神社のあたりか……)」


 ふと気がつくと、私は近所の神社にまでやって来ていた。すぐ隣に公園があるため、子どもの頃によく遊びに来た神社だ。


「(懐かしいな……)」


 特にすることもないため、意味もなく境内けいだいに足を踏み入れる。

 言うまでもなく私は〝初詣はつもうで〟なんて行かないタイプだ。第一、神も仏も信じちゃいない。

 だから年始の神社には絶対に近寄りたくないのだが……見たところ境内に参拝客はいないようだった。


「(そっか、皆年始におまいりに行くから、わざわざ大晦日きょう神社に来る人なんていないんだ)」


 綺麗に清掃された石畳の上を歩き、拝殿の前まで進む。……とはいえ、別に用があって訪れたわけでもないため、やることもない。

 かといって、神仏を信じていないくせにお賽銭さいせんをするなんて馬鹿みたいなことをしたくもなかった。


「(……帰るか。本当に何しに来たんだ私は)」


 そう思って引き返そうとした時、私の後ろから誰かの足音が聞こえてきた。丁度良いタイミングだ、人が来たようだしさっさと――


「――げっ、金山かねやま……」

「――あ?」


 聞き覚えのあるその声に目を向けると、そこに立っていたのは人のことを見て嫌そうに顔をしかめている失礼極まりない地味男じみお――小野悠真おのゆうまだった。


「な、なんでテメェがここにいんだよ……ま、まさかいよいよ殺す気か? 〝神〟を」

「私は悪魔か」

「悪魔だろ。人の皮を被った」

「正真正銘の人間だよ。……なにこの台詞。普通なかなかないだろ、人間であることを強調しなきゃならない場面」

「ああ、普通の人間は一生そんな場面には出くわさない。つまりお前は普通の人間ではなく悪魔だということだ」

詭弁きべんやめろ。皮いで骨砕くぞ」

「そういう発言が悪魔的だって言ってるんですけど」


 小野は青筋を立てる私に対してハァ、とため息をつく。……なんだコイツ、軽く殺したいんだけど。


「というか、アンタこそ何してんのよこんなところで。言っとくけど、神頼みしてもアンタに彼女は出来ない」

「断言すんな。つーかそんなしょうもない理由で神社に来るわけねえだろ」

「ふーん? じゃあどんな理由なわけ」

「……家に居たら親に大掃除手伝わされそうだから、アテもなく散歩してたんだけど、ふと気付いたら神社の前に居て、懐かしいなーって思って入っただけだ」


 私と完璧なまでに同じ理由だった。最悪だ。


「それにしても人居ねぇな、この神社……。……あっ、そっか。みんな年始に初詣に行くから、わざわざ大晦日にお詣りになんて来ないんだな」


 しかも私とまったく同じ思考をして、まったく同じ結論に行き着いていた。二重で最悪だ。こういう時、私と小野コイツも一応は幼馴染みなんだなと思わせられる。

 ちなみに桃華ももかともこういうことは起こりがちだ。むしろ小野相手よりも起こりやすいだろう。あの子とは物心ついた頃から今まで、ずっと一緒にいたから。


「(…………桃華、か……)」


 私はふと思い出したように、「そういえば」と口を開く。


「アンタ桃華から貰った? クリスマスプレゼント」

「えっ? あ、ああ、貰ったけど。クリスマスの翌日に」

「……翌日……?」


 その答えに、私はピク、と片眉を動かした。

 そして私の反応に対し、小野が「しまった、余計なことを言った」と言わんばかりに両手で口を覆う。


「……そういやアンタ、クリスマス当日にたまたま私と会った時、なぜか一人でいたよね。桃華たちとご飯行く予定だった筈なのに」

「うぇっ!? い、いや、それは……」


 露骨に目を泳がせる小野に、私はジトッとした目を向ける。


「そういや桃華が、『色々あってクリスマス当日は久世くんと二人で過ごした』とか言ってたけど……なんで一緒に行かなかったの? 三人揃ってバイトだったんでしょ?」

「い、いやあの……そ、そう! あの日は体調が悪かったんだよ! ほ、ほんとだぜ、実際結構な熱も出たし……!」

「ふーん。……ちなみに忘れてるかもだけど、アンタクリスマスに会った時は『俺だけ仕事終わるのが遅かった』って言ってたよ」

「うぐっ!? そ……うだっけか? い、いや、あれだよ、その後急に体調が悪くなったんだよ! ば、バイトの疲れが出たのかなぁ、ハハハ……」

「…………」


 小野が白々しい空笑いを見せる中、私はクリスマスの日、小野と交わした会話を思い出していた。


 ――クリスマスの夜を一人で過ごすとか、寂しすぎるにも程があるだろ。

 ――その台詞、そっくりそのままお返しするけど。

 ――いや、俺はいいんだよ。


「…………まるで、、みたいな言い方だったよね」

「えっ……?」


 独り言のように漏らした私に、小野が「な、なんの話を……」と言い掛けたところで――私はそれを「ねえ」と遮る。


「あの日は聞きそびれたけどさ。やっぱり改めて聞かせてよ」

「はっ? ちょ、ちょっと待て、いったい――」


 戸惑い、制止しようとする小野に、しかし私はハッキリと問うた。


「アンタさ。もしかして、?」

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