第六七編 一日遅れの〝お揃い〟
「ほ、本当にごめんね、
「気にしなくていいっつってんだろ。どうせもうすぐ風呂入るから、シャツが汚れたくらい気にしねぇよ」
「わ、私からもごめんね、
「うん、まあ
涙と鼻水をつけられたシャツから着替えた俺の前で正座する馬鹿二名に、俺はため息をついた。……コイツらは俺よりも頭が良くて人柄も良い奴らなんだが……いかんせん感情の制御が下手すぎる気がする。〝裏表がない〟とも言えるだろうが。
そんな二人から目を背け、俺はベッドの枕元に置いたままだった携帯の画面を
「いい時間だし、お前らもそろそろ帰ったらどうだ? まあ
「あ、うん。ここから学校の方に抜けるからね」
「まじか。な、なんか悪い、わざわざ見舞いに来てもらっちまって……」
「あはは、いいよそんなの。小野くんにはお世話になってるんだから、これくらい当然さ」
なんだか申し訳なくて後頭部を
「あっ、そうそう。悠真に渡さなきゃいけないものがあるんだったよ!」
「あ?」
思い出したようにポン、と拳を打って鞄を
すると「あっ、そうだった、危ないところだったよ」と言って、久世まで同じように鞄に手を入れ始めた。
「はいっ、悠真! これ受け取ってね!」
「な、なんなんだよいったい……。……!?」
桃華から手渡されたそれを見て、俺は思わず目を見開く。
なぜならそれは、その小さな箱は――
――俺が冬の川で探し出したあのプレゼントボックスと同じものだったからだ。
「えっ……あの、これ……えっ?」
意味が分からず、ただただ間抜けな声を出して困惑する俺。
そりゃそうだ。俺が昨日、
「えへへー、本当は悠真にも昨日渡したかったんだけどね」
……にも?
そう言われてよくよく見れば、俺に渡された小箱を包んでいる包装紙やリボンは、昨日のものとは色や柄が異なっている。本郷さんは完璧に元通りに修復してくれた筈だから、これは別の……。
「はい、小野くん。これは僕から」
「……は?」
続けて久世からも同じように小箱を手渡され、俺は再び間抜けな声を出した。
「つまらないものだけれど、使ってくれると嬉しいな」
そう言いながら微笑んでくるイケメンに、俺は混乱状態のまま、「い、いや、ちょっと待ってくれ!」と制止を促す。
「な、なんなんだよこれは? み、見舞いの品か?」
「えっ? いやなんなんだよって……く、クリスマスプレゼント、なんだけれど……」
「……………………えっ?」
なおも言われている意味が理解できない俺に向けて、幼馴染みの少女とイケメン野郎は顔を見合わせ――そして、ニッ、と笑顔を咲かせると、「一日遅れだけど……」と、二人声を揃えて言ってきた。
「メリークリスマス、悠真!」
「メリークリスマス、小野くん!」
「…………!」
それを聞いて、ようやく俺は理解した。
そうか、そうだったな……。初めからコイツらとクリスマスを共に過ごすつもりのなかった俺と違って――
――コイツらは、俺ともクリスマスを過ごすつもりでいてくれたんだな。
「…………そうか。――ありがとう」
静かにそう言って、二人の顔を見る俺。
「開けても、いいか?」
「勿論だよ」
「うん! えへへ、私のは結構自信作だよ!」
にこやかに告げてくる二人から視線を外し、ゆっくりとリボンを解き、そして丁寧に包装を
普段はこういった包装紙などは「邪魔くせえ」とばかりにビリビリに破り捨ててしまう俺だったが――今はそんな包装紙一枚さえ、大切な贈り物の一部のように思えて。
そしてその中から現れたのは、個性的なマグカップと
マグカップは側面になんだか既視感のあるイラストが描かれ、そして取っ手部分にやたら達筆な文字で〝小野悠真〟と刻まれているものだ。〝オリジナルマグ〟、とかいうんだっけか、こういうの。
ティースプーンの方はおそらくは市販品だろう。しかし美しく伸びた柄には上品な装飾が施され、こういった食器類の相場などまるで分からない俺でも、それなりに値の張るものだということが分かった。
「いやあ、でもまさかマグカップとティースプーンが揃うとは思わなかったね、久世くん!」
「うん。これも喫茶店で働いている者の
キャッキャと無邪気に言葉を交わす桃華と久世。
そして彼らを前に、両手にプレゼントを持った俺は――不覚にも思わず涙が出そうになってしまって。
「どう!? どう、悠真!?」
「気に入ってもらえたかな、小野くん」
そう問いかけてくる二人にそんな情けない顔を見せるわけにもいかないだろう。
俺はそっと瞳を閉じると、フッと笑みを浮かべて、そして言った。
「……とりあえずこのマグカップ、ダセェな」
★
「い、いい加減機嫌直せよ、桃華」
「ふーんだ。別に怒ってないもーん」
翌日の夕方。
無事に風邪も治り、いつも通り〝
昨日あの後、半分本音・半分照れ隠しで桃華からのプレゼントである〝甘色マグカップ〟の美的センスのなさを指摘したところ、すっかりご機嫌ななめになってしまったのである。
正直かなり反省している……いや、でもまあ何度見てもダサいのだが。
「ま、まあまあ、桐山さん。小野くんも悪気があったわけじゃないんだから、許してあげなよ」
「おい久世、お前なんか中立気取ってるけど、お前も
「えっ、い、いやそれは……! …………ご、ごめん」
「素で謝らないでよ! どうせなら最後まで笑い飛ばしてよ! 一番傷付くやつだからそれ!」
ばん、と可愛らしく事務机を叩く桃華に、俺と久世は顔を見合わせて再び苦笑する。
「なにさー、せっかくこんな可愛いのにさー。しかも悠真なんて私たちにクリスマスプレゼント用意してなかったくせにさー」
「だ、だから悪かったと思って、今日クッキー持ってきてやっただろ。これ食って機嫌直せ」
「むぐっ!? …………お、美味しい……」
俺がそこそこお高いクッキーを桃華の口に突っ込んで餌付けをしていると、久世がそんな俺達を見て嬉しそうに笑う。
「小野くん。僕は、〝甘色〟で働いていて良かったよ」
「…………そうかよ」
「うん。本当にね」
……まったくこのイケメン野郎は、どうしてこういうこっ
ふい、と正面の久世から視線を逸らした俺は、隣に座っている桃華がこちらを見ていることに気づいた。
「な、なんだよ」
「……ううん、べっつにぃー? ふふっ」
いつの間にやら機嫌を直したらしい幼馴染みは、わざとらしく知らん顔をしながらコーヒーを口にする。……本人は〝余裕のある大人な感じ〟を演出しているつもりかもしれないが、俺からすればただただ可愛いだけだった。
「おーい、高校生バイト組ー。お茶会もいいが、そろそろ準備しろよー」
厨房の方から、店長の声が聞こえてくる。今日は早めに出勤していた俺たちはそれに返事をしつつ立ち上がり、そして机の上を片付ける。
「特に小野っちぃー。お前昨日サボったんだから今日は三倍働けよー」
「なんで倍じゃなくて三倍なんだよ」
店長にツッコミを入れつつ、食器類を従業員用の棚に片付け終えた俺は――事務所を出る寸前にふと振り返る。
「悠真?」
「小野くん? どうかしたのかい?」
「……なんでもねえよ。さあ、今日も頑張ろうぜ」
俺は先を歩く仲間たちにそう告げながら、静かに微笑む。
――そんな俺たちの背中を〝お揃い〟の食器たち――三人の名前が入ったマグカップとティースプーンが、見送ってくれているような気がした。
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