第六六編 〝仲間〟

「ふーん? じゃあ結局、今日はいつも通り閑古鳥かんこどりが鳴いてたわけだ」

「ま、まあそういうことだね、あはは……」

「流石にいつもよりはお客さんは居たけど、でも昨日と比べたらめちゃくちゃ暇だったよねぇ」


 俺の部屋でぐちゃぐちゃに混ざってしまったケーキを頬張りつつ、俺たちは雑談を交わしていた。

 昨日からケーキを食べてばかりの気がするが、まったく飽きが来ないのは単純にケーキの種類が違うからか、それともあの店長の腕前なのだろうか。あの人、あれでも本場で修行した元パティシエ見習いらしいからなぁ……。


 久世くせ桃華ももかが言うには、今日俺がバイトを休んだことによる影響はほぼなかったようだ。どうやら「気にしなくていい」という店長の言葉に嘘はなかったらしい。……まさか俺が休みの連絡を入れた朝の段階で、既に暇だったんだろうか。


 しかし二人の言う通り、客が少なかったというのもあるのだろうが、俺が思うに、桃華が本格的に戦力として成長してきたということでもあるような気がする。

 桃華は――というか久世もだが――まだバイトを始めて三ヶ月が経過していないため、一応は〝研修生〟の札がついている。研修生といっても別に給料は一般の高校生アルバイト、つまり俺と変わらない。どちらかといえば〝まだバイトを始めて間もないので、失敗するかもしれません〟ということをお客さんに知らせるための札だ。


 だが正直なところ、久世は勿論だが桃華も、もう十二分に〝甘色あまいろ〟のバイトとして力をつけているのではないだろうか。つまり今日俺が居なくてもなんとかなったのは、単純に必要なだけの戦力が揃っていただけの可能性もある。……もしそうだとしたらなんだか悲しいが。


「(……でもまあ、それは喜ぶべきことだな。なんだかんだいって、いつまでも俺がこいつらのサポートをしてやれるわけでもないんだし)」


 そもそも久世と桃華が〝甘色〟に来たのは、現在三人いる大学生アルバイトのうち、新庄しんじょうさんを除く二人がこの年末で辞めてしまうからなのだ。当然彼らが抜けたあとは、俺たちでそれを埋めなければならない。

 要するに、いつまでも一人立ち出来ないままではバイトを増やした意味がないのである。

 そういう点において、この二人は非常に優秀だ。桃華はわずか一月でここまで成長しているし、久世に至っては今や俺よりもシフトに入りまくっていて――


「……つーか、前から思ってたんだけどさ」

「ん? なんだい?」

「久世、お前ちょっとシフト入りすぎじゃねえか?」

「!」

「……!」


 俺の何気ない問いに久世と、そして何故か桃華まで、ケーキを食べ進める手を止めていた。な、なにかまずいことを聞いたか?

 二人の反応に違和感を覚えつつ、しかしもう口にしてしまったので、俺は質問を続ける。


「いや、別に文句があるとかじゃねえんだよ、当たり前だけどさ。でもなんつーか……その、無理とかしてんじゃねえかと、思ってよ」


 実際久世の労働時間は、比較的バイトに費やす時間が長いであろう俺よりもさらに長い。流石に法律ホーリツに違反するほどではないのだろうが、それでも一応進学校に通う学生としてはかなりキツいスケジュールのはずだ。


「……心配してくれてありがとう、小野おのくん。別に無理をしているわけじゃないんだ」


 そう言って、久世は微笑んだ。一方、その隣に座っている桃華は、どういうわけか悲しそうな表情を浮かべている。

 いったい、なんだというんだ……? という俺の思考を読んだかのように、久世が「実はね」と話を切り出した。


「小野くんにも、知っておいてほしいんだけれど――」



 ★



「――というわけで……纏めると、僕は生活費を稼がなくちゃいけないから、バイトの時間をなるべく長くして貰えるように一色いっしき店長に頼んであるんだ」

「…………そ、そうだったのか……」


 およそ一〇分後。

 俺はとんでもなく重い久世の話を聞かされ、かなり動揺していた。

 いや、まあ確かに言われてみれば以前、店長が何やら意味深なことを言っていたような気もするが……まさかここまでガチの話が来るとは思ってもみなかったのだ。


「そ、その……だ、大丈夫なのかよ? 二人も妹がいんのに、生活の方は……」

「あっ、それは全然大丈夫だよ。親戚から十分な仕送りをして貰っているからね。ただそれに頼りっきりになるわけにはいかないし、少しでも負担を減らしたいと思っているんだ」

「そ、そうか……」

「う、うん」


 ……く、空気が重い。あのいつも明るい桃華が、今日は電源を落とした豆電球のように暗く見える。いや、こんな空気の中で明るく振る舞われても対応に困るのだが。

 どうやら桃華は、昨日の段階で久世からこの話を聞いていたようだ。そして今の話に出てきた双子の妹とやらにも会ったんだとか。


 つーかこいつら、せっかくのクリスマスの夜にそんな重い話してやがったのかよ。俺はてっきりいい雰囲気で過ごせているんだろうな、とか考えていたのに。

 バイト仲間である俺たちに隠し事をしたくなかったという久世の気持ちは素直に嬉しいし、この件について彼を責めるつもりなんて毛頭ないのだが……た、タイミングだけはどうにかならなかったものか。


「あ、あの、こんな重い空気にしておいてアレなんだけれど」

「お、おう?」


 自分で作り出したお通夜のような空気にえられなくなったように、久世が言う。


「その、今の話は、気にしないでもらえると嬉しいんだ」

「いや無理ですけど!?」


 何言ってんだコイツ!? こんな本気マジな方の話をされて、今さら気にしないとか無理すぎる!


「い、いけるよ。小野くんならこんな話、笑い飛ばしてくれるだろう?」

「お前俺をなんだと思ってるんだよ!? 笑い飛ばせるわけねえだろこんな重い話!? むしろ俺今ちょっとお前のこと抱き締めてやりたいくらいの気持ちなんだぞ!?」

「え……い、いや、それはちょっと……僕にそういう趣味はないから……」

「なにガチ引きしてんだテメェ!? そ、そういう意味のアレじゃねえよ!」

「ち、違うんだよ。本当に僕は、気を遣って欲しかった訳じゃなくて……ただ君たちには隠し事なんてしたくなかっただけで……」

「お前ほんとに不器用な奴だな!?」


 そりゃあ〝同情〟だの〝憐憫れんびん〟だの、そんな食えもしねえ感情もんを向けられても困るのは事実だろうけど……それならそれで〝黙っている〟という選択肢も普通に〝アリ〟だろうに。

 それが出来ない辺りが、本当に久世真太郎しんたろうらしい。真面目というか律儀というか……。


「……嫌だったんだ。いつか君たちと今よりももっと仲良くなれた時、ふとした拍子にこの話が〝バレる〟のが。もしそうなってしまったら、その時僕は、君たちからの信用を失ってしまうような気がして……」


 わずかに視線をうつむけながら、久世は続ける。


「それならいっそ、今のうちに君たちに話しておきたいと思った。隠していていつか〝バレる〟くらいなら、ちゃんと自分の口で説明しておきたいと、そう思ったんだ」


 そう言った久世の瞳に、嘘や迷いは微塵も感じられなかった。

 真面目で律儀な彼は、本心からそう思っているのだろう。

 だから俺は――俺も、本心からの言葉を口にする。


「――俺はたとえ〝仲間〟でも、全部が全部を話さなきゃいけないとは思わない。だから俺がもし久世おまえの立場だったら、たぶんその話はしなかっただろうな。さっきも言ったが、これだけの話を〝気にしない〟なんてのは無理だろ。だから少なからず相手に気を遣われるのは分かりきってるし、それが嫌なら最初から話さない方が賢いとも思う」

「…………」


 ともすれば久世の考えを否定するようなことを言う俺に、しかし彼は静かに俺の言葉に耳を傾けていた。桃華も同様である。

 俺はそんな空気になんとなく緊張しながら――しかしハッキリと言った。


「でも、お前は話してくれた。俺と桃華を〝仲間〟だといって話してくれた。だったらまあ――なるべくお前が望むようにする努力くらいはしてやる。その……一応、〝仲間〟として」


 なんだか面と向かって〝仲間〟なんて言うのが照れ臭くて、最後の方は尻窄しりすぼみになってしまった。

 なんとなく目を逸らしていた俺は、しかしなんの反応も得られないことに一抹の不安を覚え、横目でちらりと久世の様子をうかがう。


「――あ゙り゙がどゔ、お゙の゙ぐん゙……!」

「号泣ッ!?」


 見れば両目からダバダバと涙を流していた久世に、俺は思わずぎょっとする。


「ゔゔ……ゔれ゙じい゙よ゙……! お゙の゙ぐん゙が゙僕の゙ごどを゙〝仲間〟どい゙っ゙でぐれ゙る゙な゙ん゙で……!」

「とりあえず聞き取りづれぇっ!? つ、つーかその程度のことで号泣してんじゃねえよ! お、おい桃華、お前からもなんか言ってやって――」

「ゔゔ……ゔれ゙じい゙よ゙……!」

桃華おまえもかいっ!?」


 久世と同様に滝のような涙を流している我が幼馴染みの姿に、さしもの俺もドン引きしながらツッコミを入れる。


「久世はまだしも、なんで桃華おまえまで泣いてんだよ!? 今の話にお前が泣く要素あった!?」

「だっ゙で……! あ゙の゙びね゙ぐれ゙者の゙悠真が゙久世ぐん゙の゙ごどを゙〝仲間〟っ゙で言ゔな゙ん゙で……!」

涙腺るいせんが脆いにも程があんだろ! というか誰がひねくれ者だ!」

「ゔお゙お゙お゙お゙ん゙! 小野ぐーん゙!」

「ゔお゙お゙お゙お゙ん゙! 悠真あ゙ー!」

「ちょっ!? て、テメェらこっち来るんじゃねぇ!? こ、コラ抱きつくな!? 鼻水つけるなっ!?」


 まるでゾンビのように迫り来る号泣馬鹿どもにゲシゲシと蹴りを入れるが、感極まった様子の彼らにはまるで効かず。

 結果として俺は、寝間着代わりのシャツを涙やら鼻水やらでどろどろにされてしまったのだった。

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