第六〇編 自己犠牲イルミネーション④
「
「…………」
無表情に、静かな声でそう紹介した
どうしたんだろう、と振り返ってみると、彼女は深く
「き、
「――わいい」
「…………え?」
上手く聞き取れず、真太郎が聞き返そうとした次の瞬間。
「可愛いいいいいいいっっっっっ!」
「う、うわあっ!?」
「ぎゃあっ!? な、なにっ!?」
「ひいっ!?」
突如として奇声を繰り出した桃華に、久世家の三
そして瞳をぎらつかせた桃華は、さながら獲物を見つけた
「ええーっ、なんなのこの子たち!? 可愛すぎるよねぇっ!? は、反則だよこんなの! 確かに妹が二人いるとは言ってたけどさぁっ!? やばい、目くりくり! 肌すべすべっ! 流石は久世くんの妹だねぇっ!? ねえどっち!? どっちが春菜ちゃんで、どっちが明穂ちゃん!? どっちもすっごく可愛い! どうしよう、可愛すぎて私おかしくなるかも!?」
「お、落ち着いて桐山さん!?」
もう既にだいぶおかしいよ、とは流石に口に出せない真太郎だった。
そしてそんな
「ちょっ!? あ、兄貴!? 誰なのよこの人!?」
「た、助けて、お兄ちゃん!? 私、食べられちゃうっ!?」
「うへへへ、食べたりしないよ~! 食べたりはしないけど……食べちゃいたいくらい可愛い~!」
「ぎゃあああっ!? や、やめろ、どこ触ってんのよ!?」
「ひいいいぃっ!?」
「…………」
妹たちが
――ああ……こんなとき、
もしここに彼が居れば、桃華の頭を
本当に、彼はどうして今日、来てくれなかったのだろうか。
「……君には話しておきたいと、思っていたんだけどな……」
騒がしい三人の少女を尻目に、真太郎は踊り場の鉄柵の向こう側に見える景色を眺める。
そこには中央公園の噴水広場に集まった人々と、イルミネーション鮮やかな光で周囲を包み込む、大きなクリスマスツリーが見えた。
★
「ご、ごめんなさい……なんだか我を失っていました……」
「う、うん、まあ……失っていたね」
暫くして、ようやく冷静になった桃華がその場に正座する中、背中に警戒心全開の双子姉妹を隠れさせてあげながら、真太郎が苦笑する。
すると双子姉妹の片割れ――つり目で気の強そうな少女が、桃華をビシッと指差しながら言った。
「ちょっと兄貴!? ほんとにこの人誰!? というか今日はバイト仲間とご飯食べに行くとか言ってたじゃん! なんで普通に女の子とデートしてんのよ!?」
「デッ……!?」
「こ、こら春菜、そんな失礼なことを言っちゃ駄目だろう。彼女がそのバイト仲間の桐山さんだよ。本当はもう一人、お世話になっている人がいるんだけど、急に来られなくなっちゃったんだ」
それを聞いて、今度はたれ目で繊細そうな少女の方が、自信なさげなか細い声を出す。
「そ、それでお兄ちゃんは、こんな暗いところに女の子を連れ込もうとしてたんだね……?」
「いや言い方! 明穂、その言い方は誤解を生むからやめてくれ! 確かにここへ連れてきたのは僕だけれど、それはイルミネーションを見るためで……!」
「はいはい、そんな言い訳要らないし。男はみんな〝けだもの〟なんでしょ、ほんとキモイ!」
「か、可愛い女の子がいたらすぐに飛びついて、そのまま〝おもちかえり〟しようとするんだよね……?」
「ちょっと二人とも!? い、一体どこでそんな言葉を覚えて来たんだい!?」
「「
「また彼女かっ! ああもう、これだからあの子は……!」
そんな兄妹間の会話を、正座したまま見つめる桃華。よく分からないが、真太郎の妹たちは〝難しいお年頃〟、というやつらしい。
特につり目の少女――春菜の方は、真太郎に対してかなりキツイ視線を送っている。〝兄貴〟という呼び方も、どことなく刺々しかった。
しかしそれでも三人の様子は、〝きょうだい〟というものに憧れのある桃華から見れば微笑ましくて――
「と、というか二人の方こそどうしてここに? 今日は友達と遊ぶと言っていなかったかい?」
「ッ!」
「…………!」
――だから、真太郎のその発言を聞いた途端に表情を固く、暗いものに変えた双子の少女を見て、桃華は空気がひりついたことを感じてしまった。
「…………別に。友達とは遊んできたわよ。ただ、帰りにちょっと寄っただけ」
「…………」
視線を背けつつそう言った春菜に、ここへ上がってきた時と同じように、真太郎の表情からいつもの柔らかな笑みが消える。
そして桃華は同時に、先ほどたれ目の少女――明穂が
見れば、明穂は再びその瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情になってしまっている。
「ちょっと、まだ泣く気!? いつまでメソメソしてんのよこの弱虫明穂!」
「だって……だっでぇ……!」
そんな彼女に苛ついた様子で、春菜がぐいっと詰め寄る。しかし、明穂は流れ出てくる涙を止めることが出来ないようだった。
ただ事ではない雰囲気に桃華が戸惑っていると、春菜が明穂の両肩に手を掛け、大きな声で叫んだ。
「そうしてメソメソしてたら、パパが帰ってくるとでも思ってるわけ!? 甘えてんじゃないわよ!」
「えっ……」
「…………」
それを聞いた桃華は、無意識のうちに隣に立つ真太郎へと目を向ける。
彼はやはり無表情のままだ。それはいつものにこやかで優しい彼からは想像もできないほど静かで、そして厳しい顔つきにも見えた。
「――春菜、明穂。もう遅い時間だろう。早く家に帰るんだ」
「はあッ!? 今それどころじゃ――!」
「帰るんだ」
「……ッ!」
有無を言わせない様子で二度告げた真太郎に、春菜は怒りと悔しさが入り
「…………」
最後に明穂が、なにか言いたげな瞳で真太郎のことを見ていたような気がするが――結局は無言のまま、二人は揃って石階段の闇の中へと消えていった。
「…………」
「…………」
「…………え、と……」
気まずい沈黙が場に満ちる。
事情がまるで分からない桃華は、それでもどうにか真太郎に声を掛けようと試みるものの、今までに見たこともないほど暗い表情をした彼に、思わずそれを
「…………ごめんね、桐山さん」
「えっ?」
沈黙が続いた後、申し訳なさそうな苦笑を浮かべた真太郎が口を開く。
「僕たちのせいで、空気を悪くしてしまってごめん。せっかくイルミネーションを見にきたのに、台無しだね」
「い、いいよいいよ、そんなの。気にしないで、私も、気にしてないから!」
あはは……と空笑いを浮かべながら、そういえばまだしっかりと見ていなかったイルミネーションを見るため、屋上の鉄柵の方へと歩み寄る桃華。
公園からは少しだけ距離があるものの、それでも眼下に広がる電飾の光は、とても綺麗に輝いて見えた。しかも教えてもらえなければ絶対にこんな場所は見つけられない。まさに穴場と呼ぶに相応しいだろう。
……そのはずなのにどういうわけか、その美しい景色を前にしても、桃華の心は少しも感動してはいなかった。
「桐山さん。実はね」
真太郎が、重々しく口を開く。
そしてその声に桃華が振り向くよりも早く、彼はハッキリとした声で言った。
「――実は僕たちは、父を亡くしたんだ。今年の夏に」
――そう告げた真太郎の表情にはやはり感情はなく――しかしその瞳の奥には、深い悲しみが渦巻いているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます