第五九編 自己犠牲イルミネーション③

 この初春はつはる中央公園のクリスマスイルミネーションの目玉は、なんといっても公園の中心部にある噴水と、そのすぐ奥側に設置される大きなクリスマスツリーだろう。

 噴水の方は鮮やかな光に照らされた水飛沫が次から次へと色を変え、クリスマスツリーはそんな噴水を見下ろしながら、美しくも落ち着いた光で中央広場全体を優しく包み込む。

 都会のイルミネーションと比べて派手さはないものの、それゆえに静かに聖夜を楽しみたい大人のカップルや親子連れなどから根強い人気を誇っていた。


 しかしいくら落ち着いた雰囲気が売りとはいっても、そこは人気のイルミネーションスポット。

 噴水周りにはたくさんの人が集まり、写真を撮ったり、隅の方に座り込んで食事をしている者も見受けられた。


「むむむ……よ、よく見えないね……」

「あはは、まあ、この人の数だからね。仕方ないよ」


 決心して久世をイルミネーションに誘い直した桃華ももかは、なんとか背伸びをしてみるものの、見えるのはクリスマスツリーの頂点付近くらいのものだ。

 悔しそうに呟く彼女の隣で、真太郎しんたろうが苦笑する。


「どうする、桐山きりやまさん? 前の人たちがけるまで、もう少し待ってみるかい?」

「ううーん……そうだね……」


 おしくらまんじゅう、というほどではないが、人の密度のせいでかなり熱気が籠ってしまっているマフラーを緩めつつ、桃華が曖昧にうめく。

 正直なところ、この人波に揉まれ続けるというのはかなりしんどかった。しかし、だからといってまたしてもイルミネーションを見れないまま離脱するというのも嫌だ。

 写真など撮れなくてもいい。ただ〝今年のクリスマスを一緒に過ごした〟という証明のため、綺麗な景色を見たいだけなのだが。


「どこかに〝穴場〟みたいなのがあればいいんだけどね……」

「…………」


 桃華のその何気ない呟きに、真太郎が何かを考えるように視線を落とす。

 そんな彼の様子に気付いた桃華が「久世くせくん? どうかしたの?」と声をかけると、真太郎は突然、桃華の柔らかい手をそっと握った。


「――うぇええっ!? くくく、くせ、久世くんっ!?」


 驚きのあまり、一瞬反応が遅れた桃華はボッ! と今にも沸騰しそうなほどに顔を真っ赤に染め上げた。

 対する真太郎は、空いた片手の人差し指を自分の口元に持っていく。それは言うまでもなく、「静かに」のジェスチャー。


「――あったよ、桐山さん。綺麗なイルミネーションが見られる〝穴場〟が」

「……んへ?」


 自分の手を引いて人波から抜けた後、そう言って静かに微笑んでみせた真太郎に、桃華はどこか間抜けな声と共に、首をかしげたのだった。



 ★



 中央広場を出た二人は、そのまま中央公園からも出てしまっていた。

 これからイルミネーションを見に行くのであろうカップルとすれ違い、そして既に帰路についている様子の親子連れの後に続くように公園付近のビル街を歩く。

 そして入り組んだ小路地を抜け、その先でひっそりと口を開いていたのは、古びた石の階段だった。

 少し不気味な雰囲気を放つそれを見て、桃華はわずかに身を震わせた。


「あの、真太郎くん? ど、どこに行くの?」

「……うん。去年僕たちがイルミネーションを見た場所にね」

「去年……ってことは、お父さんと、妹さんたちと見た場所?」

「…………うん、そうだよ」


 なぜか寂しそうな笑顔とともに頷く真太郎。

 ――この場所に、なにか悲しい思い出でもあるのだろうか……?


「……行こうか。暗いから足下に気をつけてね」

「えっ、あ、うん。ありがとう」


 トントンと古い石階段を上っていく真太郎の後を追う。ステップのところどころにひび割れがあるものの、清掃はきちんと行われているらしく、埃っぽさなどは感じない。

 だが両側を背の高い建物に挟まれているせいで、明かりは申し訳程度に備えられている小さな蛍光灯だけだ。やはり不気味さは拭いきれない。桃華は間違っても置いていかれたりしないよう、真太郎のすぐ後ろに位置どった。

 そのまま、四階分ほどの高さを上っただろうか。


「――う! いつまでグズグズ言ってんのよ!」

「……って……だってぇ……!」

「…………? 女の子の、声……?」


 すぐ上の方から聞こえてきた少女の声――一つは怒ったようなもの、もう一つは泣きじゃくっているようなもの――に耳を澄ませた。

 この先に、誰かがいるようである。


「…………行こう」

「えっ、あっ、ま、待って」


 普段の彼とは違い、無表情になった真太郎がさらに階段を上がっていくのを見て、慌てて桃華もそれに続く。

 さらに一階分ほどの階段を上りきると、そこに広がっているのはこの建物の屋上部分のようだった。

 厳密に言えば屋上というよりは、この屋外階段の踊り場のようなものなのだろうか。すぐ脇のところに、建物内に通じていると思われる錆び付いた鉄扉が目につく。


 そしてその前には、扉を背にしてうずくまって泣いているらしい少女と、そんな少女を腕組みをしながら見下ろしている少女の姿があった。

 幼い、というほどでもないが、桃華たちよりも二つ三つほど年下のように見える。こんな遅い時間にこんな場所で、一体どうしたのだろうか。


「――来ていたのか。春菜はるな明穂あきほ

「……えっ?」


 そんな少女たちに向けて、真太郎がそう言った。

 その声に桃華と、そして二人の少女が振り返る。


「あ、兄貴……?」

「お、お兄ちゃん……?」

「……え、ええっ!?」


 真太郎を見て〝兄〟と言った少女たちに、桃華がバッと顔を向けた。

 見れば二人とも、若干のあどけなさを残しながらも、非常に端正な顔立ちをしている。

 腕組をしている少女はつり目がちで気の強そうなタイプ。

 蹲って涙を浮かべている少女はたれ目で繊細そうなタイプだ。

 そしてその端正な顔立ちには、確かに真太郎の面影があるように思える。


「じゃ、じゃあこの子たちが久世くんの……?」

「……うん、そうだよ」


 震える指で少女たちを指差す桃華に、真太郎はやはりいつもとはまるで違う無表情のまま、一歩前に進み出ながら言う。


「久世春菜と久世明穂――僕の、双子の妹たちだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る