第五八編 自己犠牲イルミネーション②
二人は、夕食をとったレストランから見て大通りを挟んだ対面側に位置する、大きな自然公園を訪れていた。
あちらこちらでクリスマス用の電飾が輝き、色鮮やかな光に満ちる夜の公園は、都会の大規模なイルミネーションよりは数段見劣りするものの、地元住民たちだけでなく、周辺地域からカップルが集まってくる程度には人気のスポットとなっている。
とある少年が二人をどうにかして誘導しようと画策していたのもこの場所だった。
もっとも、この辺りで綺麗なイルミネーションを見ようと思ったらまともな選択肢はこの公園くらいしかないので、その手の話題に明るくない少年が無用な心配をしていただけなのだが。まさに
ともあれ、そんなイルミネーションスポットを訪れた桃華はといえば――
「あふっ!?」
「あっ、ごめんなさい」
「いふっ!?」
「どこ見て歩いてんだっ!」
「うふっ!?」
「おや、失敬」
「えふっ!?」
「失礼」
「おふっ!?」
「えーウソ、マージでえ~!? アッハハッ!」
――クリスマスの人波に飲まれ、イルミネーションを楽しむどころではなかった。
一般カップルの女性、ガテン系の
次から次へと聖夜の公園を
「な、なにここ、怖い……!? なんでこんなに人がいるの……!?」
「だ、大丈夫?
なんとか人並みを抜け、暗がりのベンチに座り込んだ桃華に、真太郎が苦笑しながら声をかける。
「ご、ごめんね、
「ああ、そうだったんだ。少し意外だね、桐山さんはこういうイルミネーションとか好きそうだと思っていたけれど」
「うん、綺麗なものを見るのは好きなんだけど……
「なるほどね」
桃華と一人分ほどの距離を空けつつベンチに腰掛けた真太郎は、得心したように頷く。
その横顔に思わず
「久世くんは、こういうイルミネーションとか、初めて?」
「いや、僕は去年もこの公園に来たよ。といっても、去年はもう少し人も少なかったと思うんだけれどね。年々人が増えてるみたいだ」
「そ、そうなんだ……」
まるで遠い過去を懐かしむかのように目を細める真太郎。
――その瞳は去年の今頃、誰を映していたんだろうか。
それが気になって仕方がなかった桃華は、極めて自然な
「ち、ちなみに去年は、誰と来たの? お、お友達?」
「ん、ああいや……去年は――父と妹たちと一緒に来たんだ。彼女たちにどうしてもとせがまれてね」
「…………ホッ」
「? 桐山さん?」
「ウェイッ!? あ、いえ、なんでもないよ!? う、うん、なんでもない、よ!?」
「いや凄く心配になるんだけど!? ほ、本当になんでもないかい!?」
「ほ、ほんとほんと! ハハハ……」
安堵のあまり不自然な感じになってしまった自分をそっと戒めつつ、桃華は「でも」と続ける。
「久世くんって妹さんがいたんだ、知らなかったよ。妹たちってことは、一人じゃないんだ?」
「うん、二人いるよ。二人とも遊びたい盛りだから、クリスマスみたいなイベントごとには目がなくてね」
「へえ~、可愛いねぇ。私はきょうだいって居ないから、ちょっと羨ましいかも」
「そういえば、桐山さんたちのそういう話も聞いたことがないね。
「
「い、いや……
「えっ……な、なんでそんな目を逸らしながら言うの……?」
何か思い出したくないことでもあるかのように空笑いする真太郎に、桃華が冷や汗を流す。しかし真太郎は「な、なんでもないよ」と言って苦笑するばかりだった。どうやらそれ以上のことを聞かれたくはないらしい。
桃華としてはかなり気になるが――あまりしつこくするわけにもいかず、仕方なく話を元に戻す。
「でも、じゃあ今年は妹さんたちと一緒に行かなくて良かったの? その……もしかして、私が無理に誘ったりしたから……」
「あ、ううん。そんなことはないよ。妹たちも今年は友人と過ごすと言っていたしね。むしろ最近、彼女たちの兄離れが急に進んだから、誘ってもらえて助かったくらいさ」
「そ、そっか。ならいいんだけどね。でもそれだとお父さんも寂しいんじゃない? 去年は久世くんたちと一緒にクリスマスを過ごせたのに……」
「…………そう、だね……うん、寂しがっているかもしれない」
「…………?」
突然真太郎の歯切れが悪くなったことに、桃華が不思議そうに彼の顔を覗き込もうとした、その時だった。
「――あれ、真太郎くん?」
「え……」
いきなり聞こえてきた女の子の声に、二人がパッと顔を上げた。
そこに立っていたのは、金髪にピアス、そしてかなり濃いめの化粧を施したいかにもギャルっぽい女子高生。
彼女は「やっぱり真太郎くんじゃーん!」と笑うと、二人の座っているベンチの前まで駆けてくる。
「
「アッハハ、こんなとこに居るんだから
「デッ……!?」
「いや、バイト上がりに食事をした帰りなんだ。せっかくだからね」
「なる~。そういや言ってたね、バイト始めた~とか」
「うん。錦野さんはたしか、友達とクリスマスパーティーだったよね?」
「そうそれ聞いてよ~! 実はさぁ~――」
〝デート〟という単語に顔を真っ赤にする桃華を差し置き、親しげに言葉を交わす真太郎と金髪ギャル。手持ち無沙汰となった桃華は、ぼーっと二人の様子を眺める。
錦野さん、と呼ばれた少女は、真太郎や
錦野アリサ。一年一組所属の〝特待組〟。
同じギャルでもやよいとは方向性がまったく違う。抜群のスタイルとファッションやコスメにも精通している、まさに王道を
また所属クラスからも分かる通り、こんな成りをしているものの、学年でもトップクラスの成績を誇る優等生でもある。当然、同じ一組である真太郎とも交流があるようだ。
「――あ、ごめ。デートの邪魔しちゃった?」
「……うぇっ!?」
そんな彼女にいきなり顔を向けられ、桃華は焦って顔を上げた。
彼女はその派手な見た目の割に優しそうな笑顔で、「ご~めんってば~、そんなつもりないんだって~!」と桃華の肩を軽く叩く。こういう気安さはいかにもギャル、といった感じだった。
どう反応していいか困る桃華に助け船を出すべく、真太郎が「錦野さん」と彼女の名を呼ぶ。
「あまりからかうのはやめてくれ。桐山さんの迷惑になるだろう」
「も~、相変わらずかったいんだから、真太郎くんは~。っていうか桐山さんって言うんだ~? 可愛いね~、何組~? 今どんなパンツ
「パッ……!?」
「錦野さん!」
「アッハハ、ごめんごめん、怒んないで~。邪魔者は退散するってば~! んじゃね~!」
ケラケラと笑いながら去っていく嵐のような金髪ギャル。
そんな彼女の後ろ姿に「まったく、彼女は相変わらず……」と呟いた真太郎は、セクハラ
「錦野さんはああいう人なんだよ。悪い人じゃないんだけど、良くも悪くも天真爛漫すぎて……許してあげてほしい」
「えっ、あっ、ううん! ちょっとびっくりしただけだから……あはは……」
申し訳なさそうにする真太郎に苦笑し、桃華は遠くからでも目立つ金髪ギャルの背中を視線で追う。
「(……そうだよね、久世くんと仲の良い女の子は、たくさんいるんだよね……)」
今のやり取りだけを見ても真太郎と錦野アリサの関係は、真太郎と桃華のそれと比べてもずっと深いように思えた。
いや、彼女だけではない。桃華が知らないだけで、真太郎には異性の友人だって多い筈だ。そしてその中には、真太郎に想いを寄せる子だっているに決まっている。
こうしてクリスマスの公園を訪れるだけでも、遠目から真太郎を見て「カッコイイー!」などと騒いでいる少女たちの姿が散見されるくらいなのだから。
――最初から分かっていたことだ。
久世真太郎を好きになるということがどういう意味を持つことなのか。
彼を振り向かせることがどれだけの鬼門なのか。
それを理解した上で、桃華は今こうしてここにいるのだから。
「……ごめん、久世くん」
「え?」
静かに立ち上がりながら、恋慕う彼の名前を呼ぶ。
「イルミネーション、ちゃんと見に行こう。今度はもう、大丈夫だから」
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