第五五編 ポーカーフェイス
「……具体的に
時を少しだけ
柔らかく体重を受け止める後部座席に身体を預けながら、長い足を軽く組んだ美しい少女――
その手の中には分厚い洋書が開かれているが、先ほどから
「そうですね、端的に言えば――」
そんな少女の護衛官――
「冬の川に飛び込んでおられました」
「……………………馬鹿なのかしら、彼は」
信頼を寄せる従者から告げられた衝撃の事実に、さしもの未来もこめかみに手をやりつつ嘆息する。
「何があったらこの数十分の間にそんな事態に
「どうやら
「…………私は、彼は愚者なのだと思っていたけれど、随分と甘い評価を下してしまっていたようね」
ため息混じりに本を閉じて、未来はそう呟く。
本郷の言うことが本当ならば、もはや愚者どころの騒ぎではない。
それは〝狂人〟や〝異常者〟の類いだ。〝
少なくとも未来であれば、同じシチュエーションに一〇〇〇回
「そもそも、どうして川にプレゼントが落ちるのよ。桐山さんが乱心でもしたのかしら」
「いえ、お嬢様。確かに前半――久世様と二人きりでレストランへ向かわれている間はご乱心気味ではあられましたが、プレゼントが落下したのは、別に桐山様がご乱心の果てに川に
「それじゃあ久世くんが、受け取ったプレゼントが気に入らなかったということかしら」
「いえ、お嬢様。久世様はまだプレゼントを受け取られておりませんので、桐山様からの贈り物がお気に召されなかった結果、川への不法投棄を決行されたとか、そういう事情でもございません」
「……まさか
「いえ、お嬢様。ご推察の通りでございます。補足させていただきますと、桐山様はプレゼントを落としたことに気付いておられないご様子ですね」
「今のところ、登場人物が全員馬鹿なのだけれど」
普段から冷静沈着で、
未来は、あの二人は幼馴染みだと言っていたことを思い出す。……もしかしたら彼らの生活環境で育った者はみな愚者になるのかもしれない。それなりの有力説である。
「…………」
未来は無意識の内に、膝の上に置いた本の表紙を指先でカツ、カツ、と叩く。
苛立っている、というよりは、気が
彼女の乗る車は既に大通りに出ているというのに、クリスマスで混雑しているせいか、先ほどからあまり動いていないように思われた。
「…………本郷。あとどれくらいで着くのかしら」
「申し訳ございません、お嬢様。このペースですと、あと五分少々は掛かるかと」
「……そう」
カリ、と本の表紙を
「…………くだらないわね。いつもと同じ冬の夜に過ぎないというのに、世界中が今日という日に浮かれているなんて。理解しかねるわ」
「…………」
そんな不機嫌な主人の愚痴に、本郷は嬉しそうに微笑んだ。
「……心配なのですね。小野様のことが」
「…………馬鹿なことを言うのね。
ふい、と顔を逸らす未来。相変わらずの無表情だ。照れた様子も、焦った様子もまるでない。
それでも、付き合いの長い本郷には分かっていた。
だから、嬉しかったのだ。幼い日から友人の一人も作らず、自己
本郷は微笑んだまま「いえ、お嬢様」と、素直ではない主人に向けて告げる。
「恥ずかしながら、私に
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