第五三編 スープパスタ

「おお~! ここが悠真ゆうまイチオシのお店かあ~!」


 大通りを少しだけはずれた場所にあるレストラン前に到着した桃華ももかは、感嘆したように声をあげた。

 そのすぐ隣にいる真太郎しんたろうもまた、店の外装や落ち着いた雰囲気を見て、「良いお店だね」とにこやかに笑う。


「悠真、こんなレストランを知ってるなんて凄いね!? なんていうか、〝穴場〟って感じ!」

「そうだね。流石小野おのくんだ」


 実際のところは、悠真がこの店を知ったのは〝甘色あまいろ〟の店主たる一色小春いっしきこはるに、「馴染みがやってる店がある」と教えられたからなのだが、そんなことはこの二人には知るよしもなかった。


「さて、小野くんはどうしているだろう? 流石にもうこっちに向かっているかな?」

「うーん、どうだろうねえ……七海ななみさんと一緒に居るなら、長くなってもおかしくないけど……」

「えっ? そ、そうなのかい?」

「えっ? だってあの二人仲良いし……そ、関係なんじゃないの?」

「ぐふっ!?」

「うぇっ!? く、久世くせくん!?」


 突然エア吐血した真太郎に、桃華がぎょっとする。


「い、いやあの……その疑惑については、小野くんが公式に否定していたような気がするんだけど……」

「で、でもあの時あの二人、壁ドンとかしてたし……」

「ぐはっ!?」

「く、久世くーーーん!?」


 再び、今度はなにかショックなことでも思い出したかのようにエア吐血する真太郎。想い人の奇行に声を上げる桃華。

 二人がそんな風に騒いでいたとき、二人の携帯電話が同時に震える。どうやらメッセージを受信したようである。


「な、なんだろ……あれっ、悠真からだ」

「お、小野くんから……?」


 メッセージアプリを開くと、〝高校生バイト組〟という名前が付けられたグループからの通知だったようだ。彼らが普段から、業務連絡や雑談などに使っているものである。

 桃華と真太郎がそれぞれにメッセージを開くと――


『小野悠真:悪い、レストランは行けそうにない。今夜は二人で楽しんでくれ』


「「ええっ!?」」


 その簡素な文章を見て、二人は同時に驚きの声を上げる。


「お、小野くんが来られないって!? ど、どうして!?」

「ど、どうしてって……そ、なんじゃ……!?」

「そ、そういうことって、どういうことだい!?」

「そ、そういうことはそういうことだよ! 悠真は七海さんとそういうことだから、『そういうことだから後は二人で適当に』って言いたいんだよきっと!?」

「全然分からないよ、ややこしいよ桐山きりやまさん!? き、きっと小野くんはあれだよ、急なバイトが入ったとかそういうことだよきっと!?」

「いやそういうことじゃないと思うよ!? だって悠真さっきまで私たちと一緒にバイトしてたからね!? というか久世くん、何かから目を逸らそうとしてない!?」


 すると、店の前でギャーギャーと的外れな推測を繰り広げて騒ぎ立てている二人に、「あ、あのー……」と、遠慮がちな声が掛けられた。

 その声に振り返ると、そこにはレストランの従業員らしき男性が立っている。


「あの、申し訳ありませんが、あまり店の前で騒がないでいただけますか……?」

「「…………ご、ごめんなさい」」


 ……なんだか今日は、人に迷惑をかけてばかりだと思う真太郎と桃華なのであった。



 ★



 洋風レストラン〝グッドタイムズ〟。そこは、落ち着いた雰囲気とハンバーグステーキが人気の店だった。

 立地条件の悪さと店舗に駐車場がないせいで、普段は大繁盛という感じでこそないものの、クリスマスの今日はほとんどの席が埋まっているようである。

 どことなく〝甘色〟に似たものを感じながら奥のテーブル席に通された真太郎と桃華は、直前に騒いでしまったことに赤面しながら、大人しく席についた。なんとなく、周囲の客からの視線が刺々とげとげしい気がする――実際はイケメンな真太郎と、美少女といって差し支えない容姿の桃華に目を向けられているだけなのだが。


「ゆ、悠真、来れなくて残念だね……」

「う、うん……せっかくの機会だったんだけれど」


 裏で悠真が危惧きぐしていた通り、平時であれば彼が来られないとなった時点で「二人で楽しむのは気が引ける」などと言い出すであろう二人だったが、いくらなんでもあれだけ店先で騒いでおいて、「ここで食事はしません」なんて厚顔無恥な真似が出来る筈もなかった。この真面目気質も悠真の想定通りである。……彼が想定していたよりも、随分恥ずかしい理由による入店となったが。


「……ふふっ」

「桐山さん?」


 急に笑みを漏らした桃華に、真太郎が不思議そうな顔をする。すると彼女はクスクスと笑いながら、「実はね」と切り出した。


「私、本当は〝甘色〟を出た時、すごく緊張してたんだ。『久世くんと二人きりだ、どうしようー!?』って」

「そ、そうだったのかい? でも確かに、小野くんが案内してくれる予定だったのが急に狂っちゃったから、僕も少し慌てたけどね」

「あー……うん、そうだね、慌てたよね」


 私の緊張はそういう理由じゃなかったけど、という言葉を飲み込んで、桃華は苦笑する。


「でもなんか、ギャーギャー騒いで他の人に迷惑かけちゃったけど、そのお陰で緊張なんか吹っ飛んじゃった。やっぱり年に一度のクリスマスくらい、楽しまないとね」

「……そうだね。僕もなんだか、お腹がいてきたよ」


 そう言って笑い合い、それぞれにメニューへ目を通す二人。

 ――もうそこに、想い人を前に緊張する少女の姿はなかった。


「やっぱりハンバーグがいいのかなあ? 店の外に立ってた看板に、〝オススメ!〟って書いてあったもんね」

「でも小野くんは確か、スープパスタが美味しいって言ってたよ? 前に来たときに食べたんだって」

「えっ、そうなの? スープパスタかあ、それも捨てがたいね。……あれ、でも悠真ってこの店に一回しか来たことないって言ってたよね? ってことは悠真は、このハンバーグは食べたことないんじゃないの?」

「……言われてみればそうだね」

「あははっ、じゃあ私はやっぱりハンバーグ! あとライスとサラダとパフェも!」

「結構食べるね、桐山さん。じゃあ僕は……こっちのミックスグリルにしようかな」

「えー、悠真のオススメにしないの? せっかく教えてくれたのにー」

「そ、そんな悪者みたいに言わないでよ……その底意地の悪さ、流石は小野くんの幼馴染みだね、桐山さんは」

「あははっ、ぜんぜん嬉しくない言われ方~!」


 楽しい時間だった。桃華にとっても、そして真太郎にとっても。

 この光景こそ、〝彼〟が今日という日に作りたかったものだったのだろう。たとえ桃華の恋愛を成就させるには足りずとも、少なくともこの聖夜に、彼らの関係性は大きく進展したと言える。

 ほんの一月ほど前まではほとんど接点もなかったこの二人が、今この瞬間を、こんな風に楽しく過ごせている。

 ただそれだけで、〝彼〟の仕事としては十分だった。

 ――桃華の恋を応援するという立場から見れば、それは間違いないだろう。……しかし。


「……悠真も、来られたら良かったのにね」

「……うん、本当に」


 一通り笑いあってから、桃華と真太郎がどこか寂しげに店の外へと目を向ける。

 二人は今、〝彼〟がどうしているのかなど知らない。未来みくと過ごしているのか、それともなにか別の予定が入ってしまったのか、それは定かではなかった。

 だから、彼らは考えてしまう。

「悠真も本当は来たかったんじゃないか」と。

「小野くんともこんな風に楽しく過ごしたかったな」と。

 そして、そんな人の良い彼らだったからこそ〝彼〟は――悠真は、を選んだのだ。

 数えきれないほどの恩がある優しい幼馴染みの少女と。

 悪態をつきつつも、その人柄を認めてやまない友人を。


 ――陰から、応援することを選んだのだ。


 二人のいるテーブルに、温かな料理が届けられる。

 それはまだジュワジュワと音を立てているハンバーグが載った鉄皿と、ソーセージや鶏肉のソテー、そしてステーキが盛られたミックスグリル。

 そして――


「じゃあ約束通り、これは半分こね」

「うん。僕が取り分けるよ」


 ――ここに居ないバイト仲間にすすめられた、一人前のスープパスタだった。


「あれっ、なんか明らかに私の分少なくない?」

「えっ、あの、桐山さんサラダとかも頼んでるし、本当に半分に分けたら食べきれないんじゃないかと思って……」

「大丈夫! バイトで疲れた今日の私の胃袋は怪物級だよ!」

「ええっ!? さっき事務所でケーキ食べたよね!?」

「あんなの別腹別腹! もう消化したしね!」

「いくらなんでも早すぎないかい!?」


 あっという間に、二人の楽しい時間が過ぎていく。

 窓の外を極寒の風が吹いていることなど、忘れてしまうくらいに。

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