第五一編 プレゼントの〝価値〟
あの二人が今目指している、俺が指定したレストランは、以前に一度だけ家族と食事をしたことのある店である。
〝
まあ、学生身分の俺が知っているまともなレストランなどそこしかなかったというだけなのだが……。
「(っと、見つけた)」
大通りに出てすぐに二人の背中を見つけた俺は、再び尾行を開始した。いつもよりも随分と車道が混雑しているように見えるが、これもクリスマス効果だろうか。チラリと目を向けると、明らかに仕事中であろうトラックの運転手がイライラとハンドルを爪で叩いていた。……クリスマスで浮かれている連中に仕事の邪魔をされるとか、たしかにストレスが凄そうだ。
それはさておき、先ほどまでよりもやや道幅が広がって視界が通るようになったためか、尾行の難易度が増したような気がする。が、それでも二人が俺に気づく気配はまったくない。……どんだけ地味なんだ俺は。なんだか悲しくなってくる。
そもそも何故俺が二人の後を
一つ目は、あの二人がレストランに入店したタイミングで「行けなくなった」と連絡すること。言うまでもなく、あの二人に二人きりで食事をする機会を与えるためだ。
入店したタイミングで連絡をとる理由は、クソ真面目な久世が「高校生バイト組の中で小野くんだけ仲間外れというのは気が引けるから」などと言い出す可能性が割と高いことや、ド緊張モードの桃華が最後の最後で
あの二人は性格上、店に入ってから「やっぱりやめておきます」なんて、冷やかしのような真似は絶対に出来ない。だから店に入る瞬間を目撃してから連絡すれば、否応なしに二人きりで食事をとることになるはずだ。
我ながら完璧すぎる作戦だ。自分の高すぎる知能が恐ろしい。
そして二つ目は、レストランを出た後の二人の動きを誘導するため。
先ほども言った通り、俺が指定したレストランは駅から遠い場所にあるのだが、位置的には交通量の多い大通りのすぐ側であるため、少し歩けばそれなりに綺麗なイルミネーションの見られるスポットがあるらしい。らしい、というのは、イルミネーションになどほぼ興味のない俺が、ネットで調べた情報に過ぎないからである。
実際、レストラン近くで見られるイルミネーションは、都心部のそれと比べればはるかに見劣りするものらしい。……俺に言わせればイルミネーションなんかどれもただの電飾じゃないかと思うが、見る人が見れば、そこには確かな優劣があるようだ。
とはいえ、今日の久世と桃華に見せるなら、多少見劣りするくらいの方がベストだろう。恋人同士で見るような最高のイルミネーションなんて見せようものなら、桃華が緊張のあまり爆死しかねないからな。
むしろ問題は、あの二人をどうやってレストランからイルミネーションスポットまで誘導するか、である。正直、そこは完全にノープランで今日を迎えてしまった。
以前桃華は、クリスマスの夜にイルミネーションを見に行こう、と言っていたし、放っておいても勝手に向かってくれるかもしれないが……なにぶん、今日のアイツは緊張しまくっているため、レストランで食事を終えれば、そのまま普通に帰宅しやがる可能性もある。油断はできない。
とにかく、ここからはぶっつけ本番のアドリブのようなものだ。あの二人にクリスマスデートを楽しんで貰うために、俺は陰から支援を……。
「(…………何やってるんだろうな、俺は)」
自分の行動を客観視して、俺は思わず苦笑する。
惚れた女が自分以外の男と楽しくデートを出来るよう、コソコソ尾行するような真似をして。目的はともかく、端から見ればただの横恋慕ストーカー野郎でしかないじゃないか。
胸の痛みも相変わらず。視線の先で、少し緊張がほぐれた様子の桃華が久世と笑い合うその姿に、心臓の奥が締め付けられる思いだった。
「…………馬鹿な真似してんのは、分かってんだよ」
苦痛を告げる心臓に、ぶっきらぼうに言い放つ。
そう、馬鹿な真似をしている自覚はある。
俺にはなんの得もない、損しかしない行動をとっている自覚はある。
ただの自己満足に過ぎないということは百も承知だ。
でも、それでも俺は――
「――わあっ!?」
その時、突然巨大なクラクションの音が響き渡った。驚いて顔を上げると、どうやら危険な運転をするライダーに向けて、大型トラックが鳴らしたもののようだった。
しかし次の瞬間、さらに驚くべき光景が俺の視界の端を
「きゃっ!?」
「わっ!?」
「ッ!」
クラクションの音に驚いた拍子に、後ろから歩いてきていた女性にぶつかってしまった桃華の手から、持っていた小さな箱のようなものが吹き飛んだのである。
暗くてよく見えないものの、なにやらラッピングが施してあるらしいそれは――
「(ま、まさかアレ、久世へのプレゼントか!?)」
俺は思わず目を見張って駆け出そうとするも――間に合うはずもない。
ちょうど川の上に架けられた鉄橋の歩道を歩いていた桃華の手を離れたその小箱は、俺の視界の中をスローモーションで舞い――音もなく、鉄橋の下へ落ちていってしまった。
「ご、ごめんなさいっ!?」
桃華はそのことに気付いていない、というより、ぶつかってしまった相手への謝罪に気をとられてしまったらしい。真っ白なコートに、フードを被っている小柄な女性に向けて、ペコリと頭を下げていた。相手が軽く片手を上げて立ち去ったところを見ると、特に何事もなかったようだが。
「(あれ、あの子は……って、それどころじゃねえっ!)」
そのまま、プレゼントを落としたことに気付かずに歩き出してしまう桃華と久世がその場を離れてから、俺はすぐに橋の下を覗き込む。
が、ここは幅一五メートルほどはある、それなりに大きな川の上だ。高さも相応にあるため、当然小さな箱なんて見えるはずもない。
「――クソッ!」
俺はすぐさま駆け出して、橋の下へ向かった。柵を無理矢理に飛び越え、河川敷を滑るように下り、生えっぱなしでほとんど整備もされていない様子の雑草を踏みつけながら、プレゼントが落下したであろう水面を睨み付ける。
だが、やはりこの暗がりの中では、小さな箱一つを視認することはできない。スマホのライト機能であたりを照らしてみたものの、焼け石に水だった。
「(どうする、どうする、どうすればいい……!?)」
後から考えれば、〝どうしようもない〟というのが答えだっただろう。あの橋から落とした時点で見つけることは不可能に近いし、仮に見つかったとしても肝心のプレゼントは水の中だ。もはやそんなもの、人に贈ることなど出来るはずもない。
だが、この時の俺の頭を支配していたのは、まったく別の思いだった。
「(どうすれば、あのプレゼントを見つけ出せる!?)」
――あれは、桃華が〝勇気〟を出して、久世に贈ることを決めたものだ。
金山を経由し、七海が調べ、そして彼女が初めて自分の手で稼いだ金で購入したクリスマスプレゼントだ。
俺はすべて知っている。おそらくは俺だけが、あのプレゼントに込められた〝想い〟のすべてを知っている。
――桃華が〝甘色〟で一生懸命働いていたことを知っている。
――金山がわざわざ俺を
――七海が陰ながら、久世の欲しいものを調べてくれたことを知っている。
そして――桃華の恋を叶えたいという、馬鹿な男の想いの丈を知っている。
この世界中で唯一俺だけが、あのプレゼントにどれだけの〝想い〟が――〝価値〟が詰まっているかを知っている。
「――冷たいだろうな」
素早くスマホを操作し、一通のメッセージを送信しながら、俺は一人呟く。
そして着用していた厚手のコートを脱ぎ捨て、履き古したスニーカーから足を引き抜き、裸足で真冬の
――幸いにも、この川の流れはとても緩やかなようだった。
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