第五〇編 なんかやってる?

「――――ッ!」


〝甘色(あまいろ)〟を飛び出して約二〇分頃。

「ゆっくり向かっている」という言葉通り、思いの外すぐに久世くせ桃華ももかの二人に追いついた俺は、そこから彼らのことをバレないように尾行し始めた。

 尾行と言っても、クリスマスでカップルだらけの街中においては物陰に隠れたり、路地裏を器用に迂回したりする必要もなく、むしろ俺の方が二人を見失いそうになるくらいだった。

 まあ普通に考えて、久世や七海ななみのような馬鹿みたいに目立つ人種とは真逆に位置する地味男じみおたる俺の存在を、こんな人通りの多い中から見つけ出すなんて至難の技だろう。今ばかりは、自分の冴えない容姿に感謝だ。


 しかし見たところ、久世と桃華はあまり上手くいっていないようだった。というより、桃華がいつもの〝ド緊張モード〟に移行してしまっている。店を出る段階では久世とも自然と話せていたはずなのだが……〝二人きり〟であることを意識してしまったか。


「――はうあっ!? ちちちち、違くてっ!? い、いや違くないんだけどっ、でも違くてえええええっっっ!?」

「お、落ち着いて桐山さん! こ、ここ街中だからね!?」

「んうおおおっ……! し、死にたいっ……! く、久世くんっ、今すぐ殺し屋さんを呼んでっ! 五六四番してっ!」

「いやそんな一一〇番みたいに言われても!?」


 ……だからといって、クリスマスムードに染まる街中であんな風に騒いでいるのが自分の同僚だとは、出来れば信じたくなかったが。

 俺が若干見ていられない気持ちになっていたその時だった。


「――――真太郎しんたろうさん……?」

「へ?」


 俺から少し離れた場所――といっても二、三メートル程度だが――から、あのイケメン野郎の名を呼ぶ声が聞こえた。

 見ればそこに立っていたのは、フードのついた真っ白なコートに身を包んだ少女だった。年の頃は俺と同年代か、少し下くらいだろうか。この真冬に、丈の短いスカートから白い肌を覗かせている。……見ているだけで寒い。

 顔立ちは若干童顔ではあるものの、かなり整っている。〝綺麗〟というよりは〝可愛い〟という表現がしっくり来るタイプだ。


「(真太郎さん、って言ったよな、今……? 久世の知り合いかなんかか? 初春はつはるの生徒とか……)」

「……あっ」

「えっ」


 すると少女の方は俺が向ける不躾ぶしつけな視線に気付いたのか、パッとこちらを振り返った。そして小さく声を上げたかと思えば、そそくさとその場から立ち去って行ってしまう。……な、なんだったんだ、あの子は。

 いや、知らないやつからジロジロ見られるのは気分の良いものじゃないし、別におかしな行動ではないか。むしろ無遠慮に目を向けていた俺側に問題があるともいえよう。反省だ。


「(……でもあの子、なんかどっかで見たような見ないような……)」


 と、そんなどうでもいいことを考えていた俺は、そこでようやく気付いた。

 さっきまで十数メートルほど離れた位置に居たはずの久世と桃華が、いつの間にやら居なくなっていることに。


「あっ、やべっ!? あいつら、もう行っちまったか!?」

「なんの話よ?」

「うおおっ!?」


 思わず口に出してしまっていた俺のすぐ後ろから、突然聞き覚えのある声が掛けられた。ビクッと身体を震わせながら振り向けば、そこに立っていたのは俺の幼馴染みの一人、腐れギャルこと金山かねやまやよいだった。


「なっ、何奴っ!?」

しのびか、アンタは。なにこんな街中で、一人でブツブツ呟いてんのよ。キモいな」

「キモいとか言うな! つーかなんでテメェがこんなところに居やがる!?」

「いや、別に居てもいいだろ。この街に住んでんだから」

「良くねえよ、今日は聖夜クリスマスだぞ!? 悪魔は魔界に帰れよ!」

「誰が悪魔だ」

「魔王クサレギャル・デーモン、レベル一〇〇だろ!?」

「いつの間に魔王に格上げされたんだよ私は」


 淡々と言ってくる腐れギャルは、羽織っているダウンコートのポケットに片手を突っ込みつつ、もう片方の手に持っていた缶コーヒーの中身をぐいっと飲み干す。そしてその空き缶を無造作に放り投げたかと思えば――それは美しい放物線を描いて、離れた位置に設置されている〝ビン・カン〟と表示されたゴミ箱にカコンッ、と見事に吸い込まれていった。……あ、相変わらず無駄なところで男前な女だ。実に腹立たしい。


「…………お前、本当にアレだよな。男に生まれるべきだったよな」

「どういう意味だよ。喧嘩売ってんのか」

「男に生まれてたら久世ばりのモテモテ野郎だったろうに……いとあわれなり」

「なに勝手に憐れんでんのよ。別に私は女に生まれたことを後悔したことないっつの」

「え、女としてはまったくモテないのに?」

「やっぱり喧嘩売ってんでしょ。というか私はアンタと違って、異性からモテたいとか思わないから」

「おい、負け惜しみはよせ。〝モテたいのにモテない〟だけなのを格好良く言い換えるな。お前は俺とうちの店長と同じ、〝非モテ連合〟の一員だったはずだ」

「なんだ〝非モテ連合〟って。聞いたことないよ、そんな悲しすぎる組織名。というか、さりげなく自分とこの店長もメンバーに数えるなよ」

「馬鹿野郎、うちの店長は〝非モテ連合〟の永久名誉会長だぞ」

「……それ、なにも〝名誉〟じゃないと思うんだけど?」

「…………そうだな」


 ……俺と金山の間を、ヒュウゥッ……と、寂しげな風が吹き抜ける。どこから運ばれてきたのか、枯れ葉がカラカラと虚しい音を発した。


「……というかお前、こんなとこで何してるわけ?」

「その台詞、そっくりそのままお返しするけど」

「いや、俺はいいんだよ。お前いくらなんでもクリスマスの夜を一人で過ごすとか、寂しすぎるにも程があるだろ」

「その台詞、そっくりそのままお返しするけど」

「いや、俺はいいんだよ。ははーん、お前さてはアレか、クリスマスなのにバイトのシフト入れられたんだな? フッ、可哀想な奴め」

「その台詞、そっくりそのままお返しするけど」

「いや、俺はいいんだよ。つーかさっきから会話する気ねえだろテメェ」


 お前は七海ななみか。……完全無視じゃない分、アイツよりはマシかもしれんが。


「というかアンタこそ、今日は桃華たちとご飯じゃなかったの? あの子、それなりに楽しみにしてたんだけど、まさかドタキャン?」

「あー……い、いや、ちょっと俺だけ仕事終わるのが遅かっただけだ」

「え、置いていかれたわけ? …………そう」

「おいやめろ、勝手に憐れむな」


 お前といい七海といい、なんでキツイ女はどいつもこいつも、こんな時に限ってちょっと優しいんだよ。むしろ辛いわ。


「まあなんでもいいけど。じゃね、私帰るから」

「魔界に?」

「家にだよ。最後までそれか」


 俺に背を向けて歩き出した金山は、しかし少し先で足を止めると、こちらを振り向かずに「ねえ」と声を掛けてきた。


「アンタさ……もしかしてだけど、?」

「えっ?」


 意味深な問い掛けに、俺は思わずドキリと心臓を跳ねさせる。


「な……なんだよ、、って……」

「……………………いや、なんでもない。じゃあね」


 何か言いたげな無言の後、金山は今度こそ、スタスタとこの場から離れていく。

 俺はその背中が人波に飲まれて完全に見えなくなるまで、その場から動くことが出来なかった。


「ま、まさかアイツ……気付いて、るのか……?」


 ポツリと呟きをこぼした瞬間、俺の全身から嫌な汗がにじみ出す。


 ――この聖夜に、俺はまた一段とあの悪魔おさななじみのことが苦手になったような気がした。

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