第四九編 ロスト
すっかり日の暮れた冬の街は、色鮮やかな光で満ちていた。
クリスマスの夜を
そんな中、想い人たる
しかしそんな彼女だって、誰が相手でも一切緊張しないというわけではない。その一番良い例が
これはもはや、熱狂的に憧れるアイドルや芸能人を前にした
一応、一日一緒にバイトをする中で少しずつ話せるようになっていくし、現に三〇分ほど前に〝
「ユッ!
無言が続くことに
そんな桃華に、何故か少し落ち込んだような様子の久世が言葉を返した。
「なんの話だろうね……あの二人、なんだかんだで仲が良さそうだから、僕にも想像がつかないんだけれど……」
「そっ、そうだよネッ!? そ、そういえばこの前やよいちゃんが、悠真が七海さんの護衛? の人とも知り合いっぽいって言ってたし!」
「! そ、それは多分
敵わないなぁ、と苦笑し、寂しげな瞳をする真太郎の姿に、桃華は緊張しつつも、自然と胸の内に湧いた疑問を口にする。
「……く、久世くんは、どうして七海さんのことが苦手なの?」
「えっ……? あ、ああ、いや、苦手というか……僕はどうやら、
やはり寂しげに――悲しげに瞳を伏せる真太郎。
桃華が知る久世真太郎は、女子生徒はもちろん、男子生徒や先生、果ては掃除のおばちゃんに至るまで、ありとあらゆる人から好かれる男だった。
その理由は、彼が学年二位の成績を誇る秀才で、バレーボール部の一年生エースだから――ではなく。
モデル顔負けのスタイルに加え、あの異性に興味皆無そうな
ただ、久世真太郎という男が、人間的な魅力に溢れた人物であるからに他ならない。
それなのに、彼ほどの人でもままならない相手がいるものなのか、と、桃華は軽い衝撃を受けていた。
「(……でも、そういえば前に七海さん、『久世くん自体を嫌っているつもりはない』って言ってたような……)」
それは期末試験の勉強会の時の記憶だった。
当時――というか今もだが――、未来とほとんど接点のない桃華には詳しい会話内容にまで理解は及ばなかったものの、あの言葉が本当だとするのなら、未来が真太郎を避ける理由は別にあるのだろうか。
実際はその〝理由〟については、既に幼馴染みの少年が暴き出しているのだが――桃華はそのことを知らない。
だから、純粋に疑問だった。
「――久世くんはこんなに格好良いのに、どうして避けられちゃうんだろうね……」
「えっ……?」
「…………はうあっ!?」
ごく自然に口からこぼれ落ちてしまった台詞に真太郎が振り向き、ワンテンポ遅れて桃華が両手で口元を押さえた。ボッ、と火がついたように赤く染まる頬が高熱を帯びる。
「ちちちち、違くてっ!? い、いや違くないんだけどっ、でも違くてえええええっっっ!?」
「お、落ち着いて桐山さん! こ、ここ街中だからね!?」
恥ずかしさのあまり、今にもどこかへ猛ダッシュしていきそうな桃華の手首を掴み、真太郎が彼女を落ち着かせようと声を掛ける。
が、自身の言動を激しく後悔するバイト仲間の少女は近くの壁際まで駆けていき、頭を抱えて座り込んでしまう。
「んうおおおっ……! し、死にたいっ……! く、久世くんっ、今すぐ殺し屋さんを呼んでっ! 五六四番してっ!」
「いやそんな一一〇番みたいに言われても!?」
「じゃあせめてやり直させてっ!? 私のこの数分間をなかったことにさせてっ、物理的に!」
「物理的に!?」
「タイムマシン! タイムマシンがあればやり直せるよね!? 私今からタイムマシン作って、ちょっと今朝から人生をやり直してくるっ!」
「おかしいよ、桐山さん! 僕、なんだかこの会話に凄く既視感を覚えるんだけれど!? なんか以前、小野くんも似たようなことを言ってた気がするんだけれど!?」
恥ずかしさのあまりに錯乱する桃華と、そんな彼女を
そしてそれに気付いた二人はバッと居住まいを正すと、周囲の人々にペコペコと深く頭を下げた後、逃げ出すようにその場を離れた。
「――――真太郎さん……?」
――そんな二人の背中に小さな呟きが落とされたことなど、この時の彼らは知る由もなかった。
★
「ご、ごめんなさい、久世くん……すごく迷惑かけちゃって……」
「そ、そんなに落ち込まないで、桐山さん。騒いでしまったのは僕も同じなんだから」
目的地である
真太郎本人を前に「格好良い」などと口走ってしまったとはいえ、あそこまでの失態を晒してしまった自分が恥ずかしくて仕方がない。〝二人きり〟の緊張感も手伝って、パニックに陥ってしまったのだ。
「……でも、ありがとう、桐山さん」
「え……?」
大きな川の上に架けられた鉄橋の途中で、真太郎が振り返る。
「さっきは僕が落ち込んでしまったから、元気付けようとしてくれたんだよね? だから、ありがとう」
「……!」
正面からそう礼を告げられ、桃華は再び頬が熱くなるのを感じていた。
真太郎は真面目で、そして律儀だ。悠真には「面倒くさい」と言われがちだが、こういった礼節を忘れないことは、彼の美徳の一つだろう。
そしてそんな彼に桃華は反射的に「そんなことっ!?」と言いそうになって――しかし、踏みとどまる。その代わりに彼女は柔らかく微笑み、そして答えた。
「……どういたしまして、久世くん。短いけど残りのクリスマス、楽しもうね」
「うん、もちろんだよ」
そう言って、二人で笑い合う。
真太郎と二人、こんな風に笑うことが出来たのは、これが初めてのことかもしれない。先ほどのことは失態ではあったものの、そればかりでもなかったようだ。
「(……だけど、〝想い〟を口にするのって、あんなに恥ずかしいんだなあ……)」
再び歩き出す真太郎の一歩後ろをついていきながら、桃華はそんなことを考える。
肩に掛けていた鞄からそっと取り出したのは、リボンとラッピングが施された小さな箱。
幼馴染みの親友から「まあ、いいんじゃない? ……なんか余計なのまで買ってるみたいだけど」と、一応のお墨付きを貰った一品だった。
「(……せめてこれだけは、ちゃんと渡したいな)」
想いを告げることは出来なくても、今日という日を彼と過ごした証として、この小さな箱を渡すことくらいは出来る。
その気持ちを再確認するかのようにプレゼントを見つめてから、桃華は鞄の口を開いた。
「(い、いくらなんでも、こんな道端で渡すわけにはいかないよね……)」
正直なところ、さっさと渡してこの緊張感から解放されたかったものの、流石に車の行き交う路上でこれをはいどうぞと渡せるほど、桃華の神経は太くなかった。ついでに、もしそんなことをすれば、後から
そして桃華がプレゼントを鞄に仕舞おうとしたその時――すぐ隣の通りから、大きなトラックのクラクションが大音量で響き渡った。
「わあっ!?」
「きゃっ!?」
「わっ!? ご、ごめんなさいっ!?」
突然の大きな音に驚いた桃華は、身を跳ねさせた拍子にすぐ後ろを歩いていたらしい通りすがりの女性にぶつかってしまった。
即座に振り向いて謝ると、その女性――深くフードを被った小柄な少女――は、スッと片手を上げてそれに
「だ、大丈夫かい、桐山さん?」
「あっ、う、うん。ちょっとびっくりしただけ」
こちらを振り返っている真太郎のすぐ隣に並び、「ごめんね、早くレストランに行こう」と告げる桃華。腕時計を見れば、もう十数分で七時になってしまうところだ。流石にまだ店は開いているだろうが、待ち時間なども考慮するなら、早めに着くに越したことはない。
――などと、ほんの少しだけ気持ちが急いでいた桃華は、気付くことが出来なかった。
自分の鞄の中に、真太郎へのプレゼントが入っていないということに。
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