第四七編 〝間引き〟

 クリスマス当日の喫茶店〝甘色(あまいろ)〟は、平時の客入りの少なさとは比べ物にならないほどの盛況ぶりだった。

 一〇以上ある席は満席。それどころか時間帯によっては待ち時間さえ発生するほどであり、俺たちホール担当はひっきりなしに仕事に追われ続けていた。


 ある程度ここでの仕事に慣れている俺でも、クリスマスがこんなに忙しいとは思っておらず、正直かなりテンパってしまっていた。

〝甘色〟が基本的に〝お高め〟な値段設定であるためか普段はほとんど寄り付かないような学生客も、クリスマスだから奮発しているらしく、次から次へと入店してくる。

 それに加えて普段からの常連や大人のカップル客なども来店するのだから、三名ものホール担当者が居るのにここまで忙しいというのも、ある種必然だったのだろう。


 そんな中、俺たち高校生バイト三人組のうち、頭一つ抜けた活躍をしていたのが、学園一のイケメン野郎こと、久世真太郎くせしんたろうである。

 俺も大概バイト漬けの生活を送っているはずなのだが、久世はそんな俺以上にシフトに入っており、おまけに基礎能力スペックがずば抜けて高いため、このたった二ヶ月の間に、半年以上前から働いていた俺を上回りかねないほどの実力を身に付けつつあった。

 ついでにその顔立ちの良さや爽やかイケメンスマイルのおかげで常連のおばちゃん客からの人気も凄まじく、元は店長の作るデザート類の評判で成り立っていたはずの〝甘色〟は、最近になって〝イケメンアルバイトがいる店〟として名が通りつつある。

 いや、お客さんが増えるのはいいことなのだが……「あのぉ、イケメンのアルバイトの人がいるって聞いたんですけど……」と言われる俺の身にもなってほしい。「まさかお前のことじゃねえよな?」と言わんばかりの視線を向けられるのが本当につらい。

 それはさておき、優秀なイケメン野郎の存在は大きかった。アイツの存在のおかげで、今日の多忙ぶりは随分と緩和されていたはずだ。


 一方で、俺の幼馴染みにして新人バイトである桐山桃華きりやまももかの躍進も目覚めざましい。

 つい半月ほど前まではレジの操作に失敗して涙目になっていたというのに、今は忙しそうにしながらも、可愛らしい笑顔を惜し気もなく振り撒きつつ、とても楽しげに仕事に励んでいる。

 女性客からの人気が最も高いのが久世なら、男性客からの人気が最も高いのは桃華だった。……まあそもそも、表業務ホールをメインで担当している女性従業員は桃華と、後は大学生アルバイトの古谷こたにさんという人しか居ないのだが。

 ちなみに一応言っておくが、小谷さんは相当な美人である。それでも桃華が人気なのは、やはり彼女の愛想の良さと、なにより見ているだけで癒されるその笑顔に依るところが大きいだろう。また、どんな仕事にも一生懸命取り組む彼女の姿は、誰の目から見ても好感が持てるはずだ。


 総じて、クリスマス当日の俺たちの業務は、とても忙しくはあったものの、優秀な後輩アルバイトたちのおかげで意外なほどスムーズに進んだのだった。店長が「夕方からでも問題なかったかもな」などと褒めてくれたくらいだ。

 ともあれ、夕方からは大学生アルバイトの新庄しんじょうさんと小谷さんがシフトを代わってくれるため、俺たちの仕事はここまでだ。……ちなみに一人少ないが、俺たちが三人で回していた仕事を新庄さんたちは二人で回してしまうので問題ないらしい。まあ長くて半年の俺たちと比べて、あの二人はどちらも三年以上ここでアルバイトをしているのだから、敵わなくても無理はないのだが。


「それにしても、今日は本当に忙しかったね」

「そうだねぇ。私、注文確認のときに何回も噛みそうになったよ」

「俺は足が疲れた……」


 仕事を終えてヘトヘトになった俺たちは、事務所の椅子に座り込んでいた。普段から意欲的に仕事に取り組んでいる久世と桃華も、今日ばかりは流石に疲れ果てている様子だ。

 そんな俺たちの前に置かれているのは、クリスマス限定で販売し、そして午前中にあっさり完売したはずの特製ショートケーキ。店長が俺たちのためにとっておいてくれたのだ。

 フォークをいれればふわふわとしたスポンジの弾力が感じられ、口に含めばとろけるように消えていく。二層に渡るベリーソースの爽やかな酸味が、濃厚なクリームの甘味と絶妙な調和をせていた。

 あまり食に執着しない俺でさえ、思わずため息が出るほどに美味うまいケーキだ。全身を支配していた疲労感が、体の内側から流れ出ていくかのようである。


「ん~っ! やっぱり小春こはるさんの作るケーキは最高だねぇ」

「そうだね。普通の喫茶店で食べられるレベルじゃないよ。一色いっしき店長って、いったい何者なんだろう……?」

「んあー、なんか前に新庄さんが、『店長は本場フランスで修行してたらしい』みたいな話をしてたぞ」

「!? な、なんで喫茶店やってるの、小春さん!?」

「いや、それは知らんけど」


 あの店長の奇行にいちいち関心を示していたらキリがない。今あの人は楽しそうに仕事をしてるし、だったらそれ以上の興味は俺にはなかった。

 そしてペロリとケーキを食べ終えた俺たちは、未だ厨房で注文伝票と格闘している店長に挨拶をしてから、帰り支度を整える。


「さて、それじゃあ行こうか」

「うん! ふふ、楽しみだなあ、悠真オススメのお店!」

「あんま期待すんなよ。ちょっと前に家族で行っただけなんだから」


〝従業員以外立ち入り禁止〟と貼り出されているドアをくぐり、店内へと出る。〝甘色〟の裏口は店正面の通りに直結していないため、そちらへ出るためには客と同じ正面出入り口を使うしかないのだ。

 もちろん普段は裏口から出入りするのだが……今日は俺が「正面こっちから出るぞ」と率先して動いたため、久世と桃華も特に疑問視することなくついてきた。二人とも、俺が勧める店への行き方を知らないのだから当然だ。

 そしてキビキビと働く大学生アルバイトの二人に軽く会釈をしつつ、店の外へ出ようとしたところで――桃華が「あっ」と小さな声を上げた。


「あれ、七海ななみさんじゃない?」

「えっ!? み、未来みく!?」

「…………」


 桃華の視線を追った先――いつもの七番テーブルには、確かにサングラスとマスクを纏った読書家女こと、七海未来が座っていた。

 人嫌いで有名な彼女がこんな混雑する日に来店していることに驚いたのか、久世がやや大きい声を上げる。

 しかし、俺は驚かない。そう、これはだ。


「…………悪い、ちょっと先に行っててくれ。後で追いつくから」

「うぇっ? で、でも、悠真ゆうまがいないとお店の場所が分からないよ?」

「この紙に店の住所と電話番号と、簡単な地図が描いてある」

「びっくりするぐらい準備いいね!?」


 まるでを予見していたかのような俺の準備のよさに、桃華が言葉通りにびっくりしていた。


「め……めちゃくちゃ丁寧な地図なんだけど……これ、悠真が描いたの? なんのために?」

「……実は俺は、地図を描くのが趣味なんだ」

「そんな斬新な趣味があったの!? 一〇年以上の付き合いだけど初めて知ったよ!?」

「そう、だから俺が特に意味もなく、〝甘色〟から目的のレストランまでの地図を描いてしまうのも無理のないことなんだ」

「そ、そうなんだね……なんでそんな説明口調なのかは分からないけれど」


 俺から紙を受け取りつつ、久世が言う。……流石に不自然すぎたせいか、若干あやしんでいるようにも見える。そしてそれは正しい。

 当然だが、俺に製図の趣味などない。どちらかといえば、そういうこまやかな作業は苦手な方だ。

 だが、こうでもしない限り、俺の望む展開にはならないのだから仕方がない。


「で、でも悠真、七海さんと話しに行くんだよね? 私たち、話し終わるまで待ってるよ?」

「そうだよ小野くん、滅多にない機会なんだし、三人揃ってから……」

「いや、いいよ。……久し振りに、アイツと話したいことがあるんだ」

「つい一昨日おとといまで学校があったのに!? い、いったいなんの話をするんだい!?」

「二日も会わなかったらそりゃあ積もる話もあるだろ。…………き、昨日の晩飯の話とか」

「すごくどうでも良さそうなんだけれど!? そ、それは今じゃないと駄目な話なのかい!?」

「い、今じゃないと駄目なんだ! 早く話さないと――七海アイツの記憶から、昨日の晩飯のメニューが消えちまう……!」

「そんな切羽詰まった顔で言うほどの内容じゃないよね!? どれだけ未来の夕飯に興味津々なんだい、小野おのくんは!?」


 明らかに不審がっている二人に、俺は引き止められないよう、さっさと彼らに背中を向けて七番テーブルへと向かうことにする。


「い、いいから! ここは俺に任せて先に行け! 大丈夫だ、こっちが片付いたら、俺もすぐにお前たちの後を追うさ!」

「なにその露骨な死亡フラグ!?」

「小野くんはこれから死にに行くつもりなのかいっ!?」


 背後から二人のツッコミが浴びせられるが、俺はそれを無視。

 そして少し時間を置いてから「じゃ、じゃあ、ゆっくりお店に向かってるからね!?」という桃華の声が聞こえ――俺は内心でホッと息をついた。


「(……さあ、ここからもう一仕事だな……)」


 俺は気合いを入れ直すように――そして、女々しい己の心臓が生む〝痛み〟を誤魔化すように、ギュウッと拳を握り締めた。

 そして己の覚悟を再確認するように、そっと両の目を閉じる。


 ――あの二人に、今用意出来る〝最高のクリスマス〟を。

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