第四五編 クリスマス前日譚②

「ふーん、じゃあ無事に用意できたんだね、クリスマスプレゼント」

「うん! なんとか間に合って良かったよ~」

「こんなギリギリになったのは、桃華アンタがいつまでも『勇気が出ない』とかウジウジしてたせいだけどな」

「うっ……」


 昨日で長かった二学期も終業式を迎え、二週間前後の冬休みへと突入した今日、私は幼馴染みにして親友たる少女、桐山桃華きりやまももかと二人、小さなパーティーを開いていた。

 パーティーといっても、私の部屋でお菓子を食べながらお泊まり会をするだけの、いわばパジャマパーティーのようなものなのだが。

 クリスマス前日――俗に言う〝クリスマス・イヴ〟の過ごし方として、決して正しいとは言えないだろう。

 ちなみに〝イヴ〟というのは教会の暦で言うところの〝クリスマス当日の夜〟のことなので、日本人の多くは勘違いをしているらしい。まあ、ハロウィンを〝仮装パーティーの日〟だと思っている輩もいる国だから、誤用だろうと構いやしないのだろうが。


「……でも、プレゼントを用意できたのはやよいちゃんのお陰だよ。本当にありがとうね」

「……別に。ウジウジしてるアンタを見てたら、尻を蹴飛ばしてやらなきゃって思っただけだし」

「そ、そこは〝背中を押してやらなきゃ〟じゃないんだ……?」

「アンタが崖っぷちに立ってる時なら、そっと背中を押してあげるよ」

「いや崖っぷちに立ってる時は普通に助けて欲しいかな!? なんで背中押してトドメ刺すのさ!?」


 ピンク色の下地にウサギ柄という可愛らしいパジャマに身を包んだ桃華が、ハイテンションなツッコミを入れてくる。……私はただ、ストレートにお礼を言われて照れ臭かっただけなのだが。


「……というかアンタ、イヴの日に女友達と二人で過ごすとか寂しすぎない? もうちょっとマシな過ごし方なかったわけ?」

「私と全く同じ過ごし方をしてるやよいちゃんにだけは言われたくないよ!」

「私はいいんだよ、好きな男とかいないし。でもアンタはもっとガツガツ攻めていくべきじゃないの? 久世くせは今日もバイトしてるんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「だったら会いに行くなりなんなりすればいいじゃない。『心配だから様子見に来たよ~』とか言ってさ」

「む、無理無理無理!? そんなのお店に迷惑かかるし! そ、それに私が久世くんのこと好きなの、バレちゃうかもだし!?」

「いいだろ、別に」


〝好きな人に自分の想いがバレる〟ことの、いったい何が問題なのか。私にはよく分からない。どうせいつか告白したりするんなら、遅いか早いかの話でしかないと思うのだが。


「……まったく、〝人の心〟っていうのは、理解しがたいね」

「な、なにアンドロイドみたいなこと言ってるの、やよいちゃん……。というか、やよいちゃんって昔から、あんまり男の子を好きになったりしないよね。そういう話、聞いたことないし」

「んー? あー……まあね」


 桃華に言われて、私はなんとなく、自分のこれまでの恋愛体験を振り返ってみる。

 一応言っておくと、私は恋をしたことがないというわけではない。小学校低学年くらいまでは、普通に好きな男の子がいたりもした。

 それが変わったのは小学校三年生の時。同じクラスのガキ大将連中にちょっかいをかけられ、桃華が泣かされたことがあった。

 今にして思えば、あのガキ大将たちは桃華のことが好きだったのだろう。〝好きな子ほどいじめたくなる〟というのは、子どもにありがちな心理だ。

 まあ結局その時は桃華を泣かされた報復として、手近にあったアルミバケツをガキ大将の顔面に叩き込むことで事なきを得たのだが。……その拍子に前歯が折れ、口元から血をしたたらせながら泣き叫ぶガキ大将の顔は、今思い出しても傑作だった。ウケる。


 私が〝男子〟に対して特別な感情を抱かなくなったのは、この事件がきっかけだったように思う。この時以来私は、彼らの子どもっぽい部分や情けない部分ばかりが目に入るようになってしまったから。……ついでに言えば、男子の方もガキ大将を一発KOワンパンした私に恐れをなして、迂闊うかつに近寄らないようになったし。

 別に、すべての男子がだったわけではない。優しい男の子や頭のいい男の子もいれば、居ても居なくても変わらないような、影の薄い雑魚キャラみたいな男子もいた。そうそう、小野悠真おのゆうまみたいな。


 けれど小学生の私は、今よりも考え方が極端で、桃華ともだちを泣かせた〝男子〟という存在を信用しなくなってしまったのである。

 当時好きだった男の子のことはなんとも思わなくなったし、幼馴染みの男子連中とも、少しずつ話さなくなっていった。


 もちろん、高校生現在の私は〝男子〟がみんな、桃華を泣かせるような奴らというわけではないと理解できている。

 しかしそれでも、長い間だと信じ込んできたせいか、未だに私は〝誰かを好きになる〟という感情を取り戻せていなかった。


「(まあ、別に恋がしたいってわけでもないんだけどさ……)」


 学生身分での恋なんて、ほぼ一〇〇パーセント破局を迎えるわけだしな。学生時代から付き合って、そのまま結婚まで辿り着くケースなんて相当まれだろう。

 であれば、恋をするのは大人になってからの方が効率的だと言えよう。少なくとも今は、勉強やらアルバイトやら、あるいは部活や趣味に打ち込んで、自分磨きに専念する方が有意義なはずだ。

 ……いや、恋に関して〝効率的〟なんて言葉が出てくる時点で間違っているというのは、自分でも分かっているのだけれど。


「……ねえ、桃華」

「んー?」

「アンタ、久世を好きになって、幸せ?」

「ぶっ!? なななっ……急になに言い出すのさ、やよいちゃんっ!?」


 唐突な私の問い掛けに、桃華がすすっていたオレンジジュースを噴き出しそうになっていた。ちなみに彼女が今いるのは私のベッドの上である。


「……おい、枕元でオレンジジュース吐くなよ?」

「や、やよいちゃんがいきなり変な質問してくるからでしょ!? どうしたのさほんとに!?」

「深い意味なんてないよ。……ちょっと、気になっただけ。桃華アンタ今、幸せなのかなーって」

「…………」


 私の言葉を受けて、桃華はオレンジジュースの入ったカップをテーブルに置くと、自分の膝をぎゅうっと抱え込んだ。


「それはもちろん、幸せ、だけどさ」


 ――耳まで真っ赤にして、少し視線を逸らしながら答えた桃華は、〝効率的な恋〟を考える私なんかよりもずっと大人びて見えた。


「……そっか」

「う、うん……」


 気まずい沈黙が、私の部屋の中を満たす。桃華と二人でいて、〝気まずい〟と感じることは滅多にないのだが、今日はレアケースを引き当てたようだ。まあ、私がした質問のせいなんだけど。


「…………でも正直、今のアンタって、端から見てると別に幸せそうじゃないけどな」

「えっ!?」

「だって久世の前じゃド緊張して恥晒してばっかだし、久世目当てで始めたバイトはミスばっかだし、バイトのせいで勉強時間削れてこないだの期末でしんどい思いしてたし……あと、最近ちょっと太ったよね」

「最後の一つ関係ないよね!? と、というか私太った!? う、嘘だよね!?」

「いや、太ったと思うよ」


 嘘である。というかこの子は昔から、いくら食べても太らないタイプだ。

 しかし私の嘘を真に受けた桃華は、自分の頬を両手で押さえながら、悲愴ひそうに満ちた顔をする。


「そ、そんな……!? い、今までは特になんの努力もせずに体型維持出来てたのに……!?」

「……なんかムカつくわー。世の中の女子、全員を敵に回す発言だろ、それ」

「どどど、どうしようやよいちゃん!? 明日クリスマスなんだけど!? ゆ、悠真がオススメの美味しいお店を紹介してくれるって言ってたんだけど!? や、やめた方がいいかな!? これ以上太ったらどうしよう!?」

「行って心置きなく食ってこい。そんでほんとに太ってブタになれ」

「やよいちゃん!? どうしてそんなに突き放すの!? どうしてそんな冷たい目で私を見るの!? や、やよいちゃーん!?」


 涙目ですがってくる桃華を押し退けつつ、私は壁に掛けられた時計に目を向ける。

 時刻は、二一時を過ぎたところ。


 ――桐山桃華きりやまももかの〝最高のクリスマス〟まで、あと二四時間。

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