第四一編 久世真太郎の欲しいもの

「――話がある。ちょっと付き合いな」

「……んへ?」


 いつものように立ち入り禁止の屋上で読書家お嬢様の〝警護〟に励みつつ、弁当に入っていたサラダ用のミニドレッシングの〝こちら側のどこからでも切れます〟がまったく切れずに途方にくれていた俺は、突然現れたギャルにそう告げられ、思わず間抜けな声を上げた。

 彼女――一応幼馴染みの金山かねやまやよいは、制服のブレザーの代わりに身にまとっているロングパーカーのポケットに片手を突っ込みつつ、親指でビシッと後方の屋上で入り口を指している。……相変わらず、腐れギャルの分際で無駄に格好いいのが実に腹立たしい。


「……冬季は、カツアゲはご遠慮いただいております」

「カツアゲじゃねえよ。というか、冬じゃなきゃカツアゲを受け入れんのかアンタは」

「冬季はその代わりに、揚げカツを受け入れておりますので」

「なんだよ揚げカツって。ただのトンカツじゃないソレ」

「豚に限らず、牛肉、鶏肉でも構いません。ポテトが添えてあればなお良し」

「なお良し、じゃないんだよ。何が悲しくてアンタに揚げたてのカツを提供しなきゃいけないのよ」

「これもまた〝運命さだめ〟にございます」

「なにその斬新な運命さだめ。あとなんなのその敬語キャラ。イライラするんだけど」

「おっと、今の俺に〝警護キャラ〟とは、なかなか上手いことを仰る」

「……なんのことか分かんないけど、とりあえずキモい」


 とりあえずキモいってなんだよ。そんな間に合わせ的に罵倒される俺の身にもなってほしい。


「……で、いったいなんの用なんだよ。お前が俺に声をかけてくるなんて――まさか、遂に魔王の封印が解かれたのか?」

「なんで魔王の封印が解かれたことをいちいちアンタに報告しに来るんだよ。どちらかといえばバレないように画策するわ」

「そうだった、お前は魔族側だったな」

「誰が魔族だよ」

「クサレギャル・デーモン、レベル一〇〇」

「レベル無駄に高っ」

「ちなみに魔王のレベルは八五」

「私の方が魔王よりハイレベルなのかよ」


 ……などと、俺が金山についていきたくない一心でどうでもいい引き延ばしを試みていたところで、事態を静観していたお嬢様――七海未来ななみみくが鬱陶しそうにこちらを見てきた。


「……小野おのくんは本当に、五月のハエのようね」

「素直に〝五月蝿うるさい〟って言えや。なんでちょっと回りくどい言い方した今?」

「静かにしていられないなら、舌を抜くか声帯を潰したらどう?」

「どんだけ恐ろしい提案してくれてんだこの野郎。もしそんなことになったらテメェの耳回りでシンバル叩いてやるからな」

「もしそんなことをしたら、貴方の心臓を握り潰してあげるわ」

「怖すぎるんですけど」

「安心しなさい、握り潰すのは私じゃないわ。本郷ほんごうよ」

「いやもはや下手人がどうとかいう次元の恐怖じゃないから。〝心臓を握り潰す〟っていう行為は、誰がやっても等しく恐ろしいから」

「声帯でも心臓でも潰れてていいから、とりあえずさっさと来なよ、小野。両手両足切り落とされたいの?」

「やべえだろこの屋上。猟奇りょうき的な奴しかいないんだけど」


 なんだここ、新種の地獄か? なんで俺は今、まったく切れない〝こちら側のどこからでも切れます〟を片手に、ギャルとお嬢様から猟奇的提案をされてるんだ。

 俺は諦めたようにため息をつくと、「で?」と腐れギャルに目を向ける。


「ほんとになんの用なんだよ? お前に呼び出される理由なんて思い付かないんだが」

「聞きたいことがあるだけよ。五分で終わるからついてきな」

「……報酬は?」

「命だけは助けてあげる」

「やっぱやべぇよコイツ、行かなかったら俺のこと殺す気だよ」

「冗談だよ。ジュースくらい奢ってあげるって」


 ……正直、ジュース一本でこの苦手なギャルと二人きりで話さなければならないなんて、まったく割にあっていないのだが……流石にそれを口にするのは控えておく。……良心的な意味ではなく、危機管理的な意味で。

 そして俺は金山から視線を外し、いつも通りのハイペースで読書を進めている七海の方を見やる。


「……とのことですけど、お嬢様?」

「気持ちの悪い呼び方をしないで頂戴」

「この短時間で二度も〝キモい〟って言われる人間の気持ちとか考えたことあります?」

「ないわ」

「でしょうね。……で?」

「……そうね。五分程度なら外しても構わないわ」

「そりゃどうも」

「五分を過ぎたら貴方の喫茶店でなにか一つご馳走してもらうけれど」

「お嬢様が庶民にたかってんじゃねぇ」


 協力者からの同意を得た上で、俺は屋上の古びたベンチから立ち上がった。

 そんな俺たちを見て金山が不審そうな顔をしたが――結局この場ではなにも口にしないまま、彼女は顎で校内へ続く階段を指し、俺はそんな彼女に続くようにして、屋上から出るのであった。



 ★



「アンタらの関係がよく分かんないんだけど」


 一階の自販機からコーラのボトルを取り出しながら、金山が俺に向けてそう言ってきた。

 昼休みの自販機周りは飲み物を買いに来た生徒たちでごった返しているため、俺たちは少し離れた壁際に身を寄せる。


「なんでアンタみたいな地味男じみおが、セブンス・コーポレーションのお嬢様と仲良くしてんのさ」

「仲良くねえよ」


 ジト目でそう言いながら、金山からキンキンに冷えたコーラを受け取る。……しかし、なんでこの冬真っ只中にコーラなんだ。せめてリクエストくらい聞いてほしかった。問答無用か。

 そんな俺の不平など知らず――或いは知った上で無視されているのかもしれないが――、金山は「仲良いだろ」と続けてくる。


「だってアンタら、朝も一緒にいるところ見たことあるよ。七海未来って誰とも仲良くしないことで有名じゃん。それなのに、アンタだけは側に置いてるとか、相当気に入られてんでしょ」

「だからそういうのじゃねえんだって……。つーか聞きたいことってそんな話なのかよ?」

「は? いや、そんなわけないでしょ。なんで私が小野ミジンコごときの交遊関係のために一六〇円も払わなきゃいけないのよ」

「誰がミジンコだコラ」


 そんな言い方をするんなら、さっさと本題に入ってほしい。俺だって自ら進んでこんな腐れギャルに付き合ってる訳じゃないんだが。

 すると俺の心情を察したのか、金山は「実はさ」と切り出してくる。


久世真太郎くせしんたろうの欲しいものが、知りたいんだよね」

「はあ?」


 あまりに脈絡が無さすぎてすっとんきょうな声を上げた俺は――しかしすぐにピンときた。


「(ああ、そういやもうすぐクリスマスだもんな……)」


 あまり認めたくない事実だが、金山は桃華ももかの幼馴染みにして親友だ。おそらく彼女は、桃華が久世に贈るためのクリスマスプレゼントを選ぶための情報が欲しいのだろう。俺に対してはただの猟奇的ギャルだが、桃華にとっては心強い味方というわけだ。


 しかし、俺は久世の欲しいものなど何一つとして知らない。アイツとそんな世間話みたいなことはほぼしないし、そもそもアイツは自分の欲求を表に出すタイプじゃないのだ。

 とはいえ、これは桃華の恋を応援する立場の俺としてもなんとかしたい案件だった。故に俺は、金山に答える。


「……今すぐには分からない。ただ、一日待ってくれれば分かると思う」

「一日……? ああ、バイト中に聞き出すとか、そういうこと?」

「まあ、そんなところだ」

「ふーん。じゃあまた明日の昼に聞きに来るよ。……もし分からなかったら、身の安全は保証できないけど」

「いやそれは保証しろよ。タダ働きしてやるだけ有り難いと思え」

「冗談だって。任せたよ」

「おう」


 用件を言い終えるとすぐに立ち去っていったギャルの背中を見たあと、俺も急いで屋上へと舞い戻る。

 あのお嬢様を待たせるとロクなことにならない、というのは勿論だが、この件は彼女の協力を仰ぐ必要があるだろう。

 こういう時のために、俺は毎日彼女の〝警護〟をしているのだから。

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