第四〇編 金山やよいと最低な女
「――アンタさ。
「……んへ?」
唐突に切り出した私に、親友の少女――
期末試験が終わり、そして冬休みやクリスマスが間近に控えているためか、生徒たちの顔はうきうきと輝いているように見える。基本的に〝学校〟という場所が嫌いではなく、そしてハロウィンやクリスマスといった行事に関心のない私には、今一つ馴染みがたい浮かれムードだった。
「プレゼントって……クリスマスの?」
食べ終えた弁当箱を包みながら、桃華が問うてくる。私が「それ以外に何があんのよ」とぶっきらぼうに返すと、彼女は「い、いやぁ……」と苦笑いを浮かべた。
「さ、さすがにそれはハードル高いよ、やよいちゃん。ほら、久世くんって女の子にモテモテだし……く、クリスマスの予定だって、きっともう埋まってるだろうし……」
「クリスマスの予定って、アンタら三人揃ってクリスマスバイトだって言ってたじゃない」
「ま、まあそうなんだけど……」
そう言って、苦笑いのまま私から目を背ける桃華。……どうやら、久世にクリスマスプレゼントを渡す勇気がないらしい。実にじれったい子だ。
「(……桃華がその気になれば、男なんか幾らでも好きなように出来そうだけどな……)」
私は紙パックの豆乳をすすりながら、目の前の少女をじっと見つめる。
顔立ちも性格もスタイルも良くて、おまけに成績だって優秀。誰にでも優しく、裏表がなくて、良くも悪くも純粋で素直。
誰がどう見たって優良物件だ。顔だけ、性格だけの女なんて山ほど居るだろうが、それらを兼ね備えた女というのは実に珍しい。
そりゃ、あの学年一のイケメン男子たる久世真太郎をオトすのは簡単なことではないだろうが……それでも私は、桃華なら十二分に可能性があると思っていた。幼馴染みの
「……桃華。アンタたしか、もう初任給貰ったんだよね?」
「えっ? ああ、うん。テスト期間中にお給料日があったから」
いきなり話題を変えた私に、桃華が不思議そうにしながら答える。
そんな彼女を見据えて――私は言った。
「……よし、それ使って久世を誘いな――ホテルに」
「いきなりなに言い出したの!?」
私の発言にボッ! と顔を真っ赤にさせた桃華が椅子を蹴って立ち上がる。そんな彼女の様子にクラスメイトたちが何人か視線を向けた。
「大丈夫だって、アンタならいける。私が保証する」
「なんの保証なのさ!? い、イヤだよそんなこと! 久世くんにドン引きされるよ!」
「されないされない。クリスマスのバイトが終わったら二人で途中まで帰ってさ。それから適当なホテルの前で『なんか私……疲れちゃったかも……』とか言いながら腕に抱きつけばいけるもんだよ」
「いけるもんだよ、って……! も、もしかしてやよいちゃん、それ実体験……!?」
「いや? 完全にただの想像だけど?」
「ただの想像なのにあんな分かったようなクチ聞いてたの!?」
「でもいけそうじゃない? 男は下半身でものを考えるって言うじゃん」
「く、久世くんは絶対そんな人じゃないから!」
「ああいういかにも真面目でお堅い男ほど、いざそういう場面になったら
「なるもんなんだよ、って……! も、もしかしてやよいちゃん、そんな経験があるの……!?」
「いや? こないだの昼ドラで見た内容だけど?」
「信憑性低すぎるでしょ! なんでただドラマで得ただけの知識を、確信めいた顔で堂々と私に教えてくるのさ!? と、とにかくそういうエッチなのはダメだから!」
赤い顔のままで両腕を交差させ、大きくバッテンを作る桃華。……まあ、今のは流石に冗談だが。むしろ、桃華がそんな尻軽みたいな真似をする子だったら、私はとっくに彼女と縁を切っている。
だが実際問題、クリスマスという絶好の機会になにも行動を起こさないというのは、いくらなんでも奥手すぎるだろう。
私は誰かを恋愛的に好きになったことがないのでイマイチ分からないが……やはり
特に、彼女のような片想いならなおのこと。
「……桃華。アンタ、久世と同じバイトしてるっていうのが、どれだけ大きい武器なのか、きちんと理解してる?」
「……え?」
少しばかり声のトーンを落とした私に、これが真面目な話なのだと
「好きな人と共通の話題を持ってて、同じ仕事をしていて、一週間の間に何回も話す機会があって、バイトとはいえ、クリスマスまで一緒に過ごすことが約束されてる。……そんなの、他の女の子達は誰一人として持ってない、アンタだけの
「……そ、それは……」
私の言葉を受けて、桃華がわずかに目を伏せる。
「私は、アンタは恵まれてると思う。好きな人が出来て、その人と同じアルバイトが出来て、毎日のように話すことが出来るアンタは」
――まるで、誰かが陰で彼女の恋を叶えようとしているんじゃないかと思わせられるほどに。
「……でも他の子よりも有利だからって、それに甘えてるままじゃ駄目なんじゃない? いや、有利だからこそ、アンタは今、行動するべきなんじゃないの?」
私は、自分が今、彼女に無茶を言っていることを自覚している。
他の子よりも近いからこそ、行動に移しがたいことだってあるからだ。
下手に好意を匂わせるような行動をとれば、今ある関係が壊れてしまうかもしれない。せっかく得られた繋がりを、優位点を、みすみす捨てることになるかもしれない。
それならば、今すぐに行動せずとも、今のまま、少しずつ彼との距離を縮めていく方が堅実といえるだろう。少なくとも桃華は、そう考えているはずだ。そしてそれは、決して間違っていない。
しかし、それでも私は――彼女は今、行動すべきだと思っている。
何故なら〝他の子よりも有利〟ということは同時に、もしも恋破れた時に大きな痛みを伴うことになりかねないからだ。
――あんなに有利だったのに。
――あんなにチャンスに恵まれていたのに。
自己嫌悪にも近い、そんな苦しみを背負うことになりかねない。
私の知る桃華は、そういう子だった。優しく、そして真面目な彼女は、逆境において必要以上に自分を追い詰めるきらいがある。私のように失敗を「済んだこと」だと、割り切って生きることが出来ないタイプだ。
実際に、高校受験に失敗した時の彼女はそうだった。受験勉強に付き合っていた私に何度も何度も謝り、目を真っ赤に腫らして泣いていた。
全国でも有数の、倍率の厳しい難関高校への挑戦だった。挑んだけでも立派だと、今でも私は思っている。
毎日夜遅くまで、必死に勉強をしていた。一番近くで見ていた、私が誰よりも知っている。
桃華の両親も教師も、そして友人も、誰も彼女の受験失敗を責めたり、笑ったりはしなかった。むしろその大半は、彼女の挑戦に心を打たれていただろう。
しかし、それでも桃華はしばらくの間酷く落ち込み、とても暗い顔をしていた。まるで許されない
「(……あんな桃華は、もう見たくないんだよ)」
高校受験の時は頬に一発張り手を食らわせて、「私と同じ
桃華が誰かに恋をしたのは、私が知る限り今回が初めてのことだ。当然、彼女に失恋経験などない。
その上で、恵まれた状況に
友人の恋が失敗する前提で話を進めるなんて失礼な話だ。しかし、桃華のあんな顔をまた見ることになるくらいなら、私はいくらでも最低な女になろう。
――私は、桃華の悲しむ顔だけは、絶対に見たくないのだから。
「でも……やっぱり、無理だよ。く、久世くんの欲しいものなんて、私はなにも知らないし……」
なおも勇気が出ない様子の幼馴染みの呟きに、私はため息をつきながら、椅子を引いて立ち上がった。
「――久世の欲しいものが、分かればいいんだね?」
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