第三九編 期末試験を終えて
私立
俺たち一年生の試験科目は現代文、古典、数学I、数学A、英語I、英文法、日本史A、世界史A、化学、生物、保健、そして家庭科の計一二科目。……あまり勉強が好きではない俺からすれば、鬼のようなラインナップである。
一応、
『一四七位:小野悠真――総合点数八二三点』
「……まあ、こんなもんだよな……」
期末試験を終え、廊下に貼り出された総合点数順位表を見て、俺は小さく呟いた。
俺の一科目あたりの平均点数は七〇点弱。そのうち、最も点数が良かったのが現代文の九一点、逆に点数が悪かったのが英文法の四二点である。ちなみにうちの学校の赤点は四〇点以下。かなりギリギリだった。
「あっ、
「! お、おう、
「略すな」
俺が一人、赤点補習を免れたことに安堵していると、幼馴染みである
「どうもこうも……いつも通りだよ。ド平均」
「あはは、そうなんだ。私とやよいちゃんもまぁ、いつも通りかな」
「へぇ……」
言われて、俺はちらりと試験結果の順位表へと視線を戻す。
『一三位:桐山桃華――総合点数一一三一点』
『二〇位:金山やよい――総合点数一一一六点』
…………。
「なんか、腹立つ」
「なんで!?」
ポツリと言った俺に、桃華が驚きのリアクションをとる。
「いや、桃華はいいんだよ、勉強してたからな。でも金山、なんでお前が二〇位なんだよ。お前どう見てもそんなキャラじゃないじゃん。底辺うろついてる顔してるじゃん」
「底辺うろついてる顔ってなんだよ」
「どうやら、余程成績の良い奴が近くの席に居るらしいな?」
「いやカンニングなんかしてないから。たしかに、すぐ後ろの席に成績良い子が座ってるけどね」
「そうか、お前ら出席番号前後なのか。……そういえば金山、お前後頭部にも目ついてたよな?」
「ついてねえよ。私はモンスターか」
「じゃああれだ、なんか超能力的なものを用いて――」
「ねえよ。どんだけ私が実力で二〇位とったって認めたくないんだよ」
ジトッとした目を向けてくる金山に、俺はため息をついて「やれやれ」と首を振る。
「……まあいいさ。こんなご時世だ、たとえどんな卑劣な手段を用いようとも、バレなきゃいいんだもんな」
「いやだから、私は普通に実力で二〇位なんだよ。どんな卑劣な手段も用いてないんだよ」
「大丈夫、大丈夫だ、ちゃんと分かってる。……分かってるから、これ以上嘘を重ねなくていい」
「なんにも分かってないでしょ。というかなんでちょっと優しいんだよ、キモいんだけど」
「キモい言うな」
「もういいよ、
「えっ? えっ? あっ、うん、じゃあまたね、悠真」
「お、おう」
桃華の手を引いて去っていく金山と、そんな彼女に追従しつつも俺に手を振ってくれる桃華。……可愛い。
なんであんな可愛い幼馴染みと腐れギャルが仲良くなれたんだか。世の中、不思議がいっぱいだ。
「(しかし……一三位、か……)」
俺は桃華の順位を
初春学園において、成績順位というのはかなり重要な要素だ。
より正確には、〝期末試験での成績順位〟の重要度が非常に高い。
初春学園には〝特待組〟の一組、そして〝スポ薦組〟の七組という二つの特別なクラスがある。
七組については三年間を通して基本的にクラス替えなどは行われないのだが、一組の方はそうではない。二年生に上がる時点で〝期末試験における成績順位〟および〝模範生として相応しいか否か〟を総合的に判断された上で、クラスが再編されるのである。
要するに、特待生として入学した生徒が一年生の間に成績不良と判断されれば二組以下に落とされるし、逆に優秀な成績と模範態度を示した一般生徒が居れば、二年に上がる際に新たな〝特待生〟として一組に入ることも出来るのである。
俺たちの学年は一クラスあたり三五名程度だから、〝学年内で上から数えて三五名の優等生〟が〝二年一組〟に所属するわけだ。
もちろん、模範生としての振る舞いも求められる以上、単純な成績順というわけでもないのだが……しかし現状の桃華は間違いなく、〝二年一組〟の有力候補の一人だろう。
それが一体どういうことかと言えば――
「やあ、おはよう
「…………」
「ど、どうして僕を無視して歩き去ろうとするんだい、小野くん!?」
いきなり爽やかなイケメンボイスを浴びせかけられ、反射的に去ろうとしたところでガシッ、と後ろから掴まれる俺の肩。俺はそれを無理やりほどいてやろうとして……まったく出来ない。そしてこの感じ、なんだかとてもデジャヴだ。
仕方なく振り返り、そこに立っている彼――
「…………オハヨウゴザイマス」
「凄くぎこちない挨拶! なんでそんなに他人行儀なんだい!?」
「なんでと言われましても……ボクとあなたは最初から赤の他人じゃないですか」
「赤の他人!? ぼ、僕の方は小野くんのこと、友達だと思っているんだけれど……」
「証明書はお持ちですか?」
「証明書!? えっ、友達であることを証明する書類が要るのかい!?」
「当たり前じゃないですか。この文明社会に口約束なんか、無価値も同然でしょう?」
「い、いやでも友達くらいは普通になれるものだと……」
「……『貴方の考える〝普通〟を私に押し付けるのはやめてもらえるかしら』」
「なんで急に、そんなとって付けたような口調になるんだい!?」
「ごちゃごちゃうるせえな、顔面にシュークリーム叩きつけんぞ」
「ああっ、それでこそ小野くんだよ! バイト中に理不尽な怒りを飛ばしてくる小野くんそのものだ!」
俺の口調が戻ったことに感激するイケメン野郎。……顔面にシュークリームを叩きつける、と言われて喜ぶ奴がこの世に居るとは。
こんな風に廊下で彼と話していると、いつものように周囲から、主に女子生徒たちの視線が集まってくる。以前は大層居心地の悪い思いをしたものだったが……最近の俺は、それがまったく気にならなくなりつつあった。
まあ、どこかのお嬢様のせいでもっととんでもない視線の集約を毎日のように受けているのだから、当然といえば当然なのだが。
それはさておき、久世の試験結果はというと……。
『二位:久世真太郎――総合点数一一九二点』
…………。
「なんか、腹立つ」
「なんで!?」
ポツリと呟いた俺に、久世が驚きのリアクションをとる。なんかさっきも見たような反応だった。
「なんだよ一一九二点って。お前は鎌倉幕府か」
「なんて斬新なツッコミなんだ! と、というか鎌倉幕府が成立したのは本当は一一九二年じゃなくて、一一八五年だって授業で習ったじゃないか」
「うるさいんだよ。俺が言いたいのは、そこまで点数
「いやそんなこと言われても!?」
俺の物言いに嘆きの声を上げる久世。……そりゃそうだ。採れと言われて満点が採れるなら、誰も苦労などしない。
だからこそ。
『一位:
――
「……一二〇〇って。アイツ、ちょっと気持ち悪いな」
「そ、それは未来のことかい? そんな言い方はあんまりだよ。全教科満点なんて、凄いことじゃないか」
「いや、凄すぎて気持ち悪いんだよ」
本人に聞かれたら面倒くさくなること必至の言葉を吐きながら、俺は考える。
久世や七海は、おそらく来年も一組続投となるだろう。優等生イケメン野郎の
そして三学期末の期末試験にもよるが、桃華も来年は一組入りを果たすかもしれないということを考えると……来年以降、俺はかなり動きやすくなる可能性が高い。
久世と桃華が同じクラスに所属すれば自然と彼らの会話機会も増えるだろうし、さらに俺の協力者たる七海がそこに居れば、なにかと得られる情報も多くなるだろうからだ。
正直、今のペースでは一年生の間に桃華と久世が結ばれるというのは難しい。
であればこそ、俺はそのさらに先を見据えて行動を起こしていかなければならない。
……といっても、期末試験が終わった現在、
丁度俺が、そんなことを考えていた時、俺の制服の内ポケットでスマホがぶるりと振動した。
見れば、〝
『
「…………」
…………俺は今少しだけ、いやかなり、あのバイトを辞めたくなった。
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