第三八編 暴露しないで七海さん

「……おい、お前いつからそこに居た?」

「――そうね、三〇分ほど前からかしら」

「えっ……。……!?」


 俺と言葉を交わすサングラスとマスク姿の――セブンス・コーポレーションのお嬢様こと七海未来ななみみくを見て、久世くせが驚きの表情を浮かべる。


「み、未来!? き、来ていたんだね、まったく気がつかなかったよ……」

「そう」

「う、うん……あ、あはは……」


 素っ気ない対応をとる七海に、久世が空笑いをする。……いたたまれない光景だが、しかし、俺はそれ以上に「珍しいな」と思わされていた。


「なんだ、今日はいつもみたいに狂気染みた目で久世を睨んだりしないんだな」

「……小野おのくん、貴方は私をなんだと思っているのかしら」

「身勝手ラブレター廃棄女」

「まだ根に持っていたのね」


 呆れたような瞳で俺を見てくる七海。根に持っているというより、俺の中で彼女は未だに、あのラブレターの一件の印象が強いというだけなのだが……まあ、そんな細かいことをいちいち指摘するのも面倒だ。


「以前も言った通り、私は別に久世くん自体を嫌っているつもりはないわ。ただ、不特定多数の目につく場所で近寄られたくはないというだけよ」

「十分酷いこと言ってるけどな」


 俺たちの会話を聞いて、再び久世が「あ、あはは……」と乾いた笑い声を出す。……コイツがイケメンじゃなかったら、七海も普段からあんな態度をとったりしなかったんだろうなと思うと泣けてくる。

 ちなみに、久世には〝どうして久世が七海に避けられているのか〟を既に伝えてある。訳も分からず睨まれ続けるよりはマシだと思っての判断だったが……どちらにせよ、正面きって七海と話せないというのは変わらないな。


「あ、あの……」


 するとそこで、俺たちの会話に入れなかった様子の桃華ももかがそろ~っと片手を挙げた。彼女は明らかに七海を気にした様子で、控え目に俺に聞いてくる。


「ま、前から気になってたんだけど、悠真ゆうまと七海さんって、どういう関係なの……?」

「どういうって……」


 なかなかに答えづらい質問だった。まさか、「桃華おまえと久世をくっつけるために協力してもらってます!」なんて言うわけにもいかない。

 しかし、何故か久世もやたらと興味ありげな視線を飛ばしてくるため、はぐらかすのは難しそうだった。数秒ほど悩んだ末、俺は微妙に視線を逸らしつつ、その解答を口にする。


「…………しゅ、主人と下僕、的な?」

「なにその常軌を逸した関係性!?」


 俺の適当な答えに、桃華がぎょっとしたように声を上げる。ついでに久世も「そんな関係だったの!?」と驚愕の表情を浮かべていた。


「えっ、ど、どっち!? どっちがご主人様なの!?」

「そ、そりゃあご主人様なんだから……お、俺じゃないの?」

「なんで小野くんまで疑問形なんだいっ!?」

「あら、私はいつから小野くんの下僕にされたのかしら?」

「う、ウソウソ! な、七海がご主人様だよ! 実は俺は、七海に鞭打たれて馬車馬のごとく働かされてる下僕なんだ!」

「それはそれで凄く闇が深い関係性な気がするんだけど!?」

「い、一体いつからそんな関係だったんだい、小野くん!? 僕に黙って、ずるいじゃないか!?」

「ええっ!? いや……今の話に〝ずるい〟とか言われる要素あったか!?」

「小野くん、あまり適当なことを言わないでくれるかしら。それではまるで、私が貴方に一方的な奉仕をさせているように聞こえるでしょう」

「ほっ、奉仕ホーシっ!」


 七海の言葉を聞いて、なぜか頬を赤くする桃華。しかし俺はそんな彼女の異変を気に留めることのないままに発言をしてしまった。


「あ、ああ悪い。違うんだ、俺が一方的に奉仕してるって訳じゃなくて……七海にも目につかないところで奉仕して貰ってるっていうか……」

「み、未来に人目につかないところで〝奉仕〟させているのかいっ!?」

「ええっ!? ゆ、悠真、へ、変態だったの!?」

「いや待て、なに〝奉仕〟を強調して変な誤解してんだこの思春期野郎ども!? 違うから、俺はこういう性格ねじ曲がった女は趣味じゃねえから!」

「……あら、誰の性格がねじ曲がっているのかしら」

「それについては否定出来ないだろ七海おまえは! ああもうっ! とにかく俺たちはそういうんじゃねえよ!」


 とんでもない誤解を受け、思わず声を張り上げる俺。もし店内に俺たち以外の客がいたら、店長から雷を落とされていたかもしれない。

 ……と思ったが、ふと厨房の方を見ると、「そうそう、それでこそ〝高校生の勉強会〟だよな……」と言わんばかりの表情と母のように優しい瞳で俺たちのことを見つめている店長と新庄しんじょうさんの姿がそこにあった。よほど先ほどまでの粛々とした勉強会に違和感を覚えていたらしいが……仕事しろよ、あんたら。


 少し疲れた俺が息をつきつつ机に突っ伏していると、桃華が若干遠慮がちなトーンで「あ、あの、七海さん」と、俺の左隣側で本を開いている身勝手ラブレター廃棄女に声をかけた。


「私、初春はつはるの一年二組、桐山きりやま桃華っていいます。その、一応このお店でアルバイトさせて貰ってるんだけど……覚えて貰えてますか?」

「…………」


 控え目な自己紹介をする桃華に、七海がちらりと視線を向ける。……そういえばこの二人、同級生として直接話すのは初めてなのか。


「……ええ、覚えているわ」


 七海が、いつも通りの淡々とした口調で言う。


「貴方の名前は、よく小野くんの口から話題に上がるから」

「え? 悠真の?」

「(お前なにいきなり大暴露してくれとんじゃあぁぁぁっ!?)」


 突然の窮地に、俺は内心で感情を爆発させていた。

 な、なに考えてやがんだこの女!? いやなにも考えてないのか!? 馬鹿!? 成績一位のくせに馬鹿なのか!?

 それともさっき「性格ねじ曲がってる」って言ったことを根に持ってやがんのか!? だとしたら器小さいにも程があるだろ!

 しかし、どうやら桃華は〝バイト関連の話で自分の名前が上がっている〟と勘違いしてくれたらしく、「そっかそっか」とにこやかに笑う。


「えへへー、なんか自分の居ないところで自分の話をされるのって照れるねー。普段はどんな話してるの?」

「……そうね……貴女あなたと久世くんの――」

「ちょっ! ちょっとごめん、七海、一瞬だけいい!? ちょっとこっち来て!?」


 せっかく桃華がいい感じに誤解してくれたというのに、またしても余計なことを口走りそうなお嬢様の手首を引き、俺は六番テーブルから少し離れた壁際に彼女を連れていく。


「…………なんの真似かしら?」

「そりゃこっちの台詞だよ! なに色々暴露しようとしてくれてんだ!」

「別に隠す必要はないでしょう? 貴方が久世くんと桐山さんをくっつけようとしているのは事実なのだから」

「大アリだわ! 普通本人たちを相手に『あなたたちをくっつけようとしてまーす』なんて言わねえだろ!?」

「……面倒なのね。それならそうと先に言っておいて貰えるかしら?」

「すみませんねぇ、どっかのお嬢様がここまで馬鹿とは思わなかったもんで!」


 俺は苛立ち混じりに七海が背をつけている壁に拳を軽く叩きつけた。

 ……なんだか構図的には壁ドンをしているみたいになってしまい、「きゃっ!?」と女子らしいテンションで頬を染めている桃華の声と、「ちょっ!?」と何故か焦ったように立ち上がっている久世の姿が視界の端に映りこむ。

 い、いかん、これではまたさっきの誤解が再燃しかねない。

 俺は七海を壁際から解放すると、「とりあえず」と小声で念を押しておく。


「俺が桃華を好きだとか、二人をくっつけようとしてるとか、そういう余計なことは一切言わないでくれ! いいな!?」

「別に構わないけれど……随分回りくどいのね」

「お前が考えなしにドストレートなこと口走りすぎなんだよ……」


 改めて思ったが、このお嬢様はやはり、他人ひとの気持ちをなにも考慮しない言動が目立つ。

 結局、ラブレターを読みもせずにてていたあの時から、根本的な部分はなにも変わっていないのだろうか?


「(……いや……でも、今のはもしかして、七海コイツなりに俺の目的のサポートをしようとしてくれた、のか……?)」


 先ほど七海は、俺のやり方のことを「回りくどい」と言った。それは裏を返せば、七海自身は自分の暴露発言のことを「効率的」だと思っていたともとれる。

 つまり――七海は今、俺のために久世と桃華の関係進展を図ってくれた……のか?

 もしかして、俺が前に「二人を親密な関係まで持っていくにはどうすればいいか考えている」という旨の話をしたから……?

 だとしたら、ひょっとして俺は、七海なりの厚意を無下にしてしまっ――


「みっ、未来!? い、今小野くんと何を話していたんだいっ!?」

「わ、私も気になる! や、やっぱり二人ってそういう……!?」

「……ごめんなさい。小野くんに秘密にするように言われているから」

「ひみっ……!?」

「キャーッ!? そ、それってもう完全にできてるってことだよね!? ねっ!?」


 ――うん、完全にそんなことはないわ。

 やっぱりあの女、頭はいいんだろうけど、馬鹿なだけだわ。

 騒ぐ三人を見ながら結論を下した俺は、ため息の後に大きく息を吸い込んだ。


「――だから、違うっつってんだろ!」

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