第三七編 勉強会(粛々)
一二月に入って数日が経ったある日、約束通りに俺と
ちなみに今日はパートのおばちゃんと大学生のアルバイトの人がシフトを埋めてくれているため、俺たち高校生バイト組は全員休日だ。もちろん店長には店内で勉強をすることについて「他のお客さんの迷惑にならないこと」を条件に、許可を貰ってある。……まあ、〝他のお客さん〟なんてほとんど居ないけど。
「……それで、先ずはどの教科からやろうか? 二人とも、得意不得意はあるかい?」
学年二位の成績を誇る万能イケメン野郎が、俺と桃華に問い掛ける。そんな彼に、相変わらず緊張気味の桃華が若干裏返った声を出した。
「わわ、私は得意な科目も不得意な科目もあんまりないかなぁ……ゆ、
「俺は英語がとにかくダメだな。国語と社会はまだマシ……つっても、
「じゃあ最初は英語にしようか。せっかくの機会だし、苦手を
「そ、そうだね!」
「助かるわ」
言いながら各自、英語の教科書やらノートやら、英和辞典やらを机の上に広げていく中で、俺はちらりと隣の席に座る久世と、自分の正面に腰掛けている桃華へと視線を飛ばす。
というのも俺が企画した今日の勉強会は、なにも俺自身の成績を伸ばすためのものではなく――いやまあ、その理由もあるにはあるのだが――、どちらかと言えば、この二人にアルバイト以外の交流の場を
なにせ、今のままではクリスマスを二人で過ごす算段が立ったとしても、桃華が自爆して終わる未来しか見えないからな……。
それから俺たちは英語の課題であったり、復習であったり、予習であったりと、期末試験の範囲を集中的に勉強し始めたのだが……。
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
………………………………。
「(…………いや、真面目かっ!!)」
勉強会開始から約一〇分後、俺は心の中で叫んでいた。ちなみにここまで、誰一人として口を開いていない。
完全に無言のまま進行している俺たちの勉強会を見て、少しチャラめの大学生アルバイトである
普通の勉強会はもっと
というか、久世はともかく桃華よ、お前はそれでいいのか。
「……も、桃華? わ、分からないことがあったら聞けよ? 久世に」
「え……? あっ、う、うん。ありが、とう?」
俺の気遣いに対し、「なんでそれを悠真が言うんだろう……?」的な顔をする我が幼馴染み。くっ、人の気も知らずにコイツは……!
しかし、そんな桃華に「でもやっぱり可愛い」と思ってしまう俺の方も、相当馬鹿野郎な気がする。
「おーい、高校生諸君! この心優しい
「(おい店長様、もっと頑張れ!)」
コーヒーとケーキを載せたトレンチを持って登場した店長でさえ、喫茶店の一角で展開される超真面目勉強会の空気に
頼みの綱の店長も轟沈し、いよいよ俺たちの勉強会が粛々と進行していく。
俺とて、こんな空気の中を〝勉強するフリ〟で乗り切れるほど器用ではない。半分仕方なく、普段授業外ではほとんど開かない教科書を開いて、試験範囲の長文問題に取り組み始める。
すると自分でも意外なほどに集中してしまい、ふと気付けば――勉強会の開幕から二時間ほどが経過しようとしていた。
「(…………いや、真面目かっ!!)」
今度はいつの間にか空気に飲まれていた自分も含めて再びツッコミを入れる俺。ちなみにここまで、英語以外に関する会話はほぼ無い。
途中で一回、桃華が久世に声を掛けたものの、普段の緊張はどこへやら、まるで職員室で教師に質問をするかのごとき真面目トーンと真面目フェイスでのやり取りだった。……ある意味親密になれていると言えなくもないかも知れないが、間違いなく俺が目指した親しさではない。この二人の
「(くそ、このままじゃ本当にただ勉強しただけで勉強会が終わっちまうぞ……)」
勉強を冠する会合としてはむしろ正しい姿なのだろうけど。しかし俺はすっかり冷めきったコーヒーを口に含みつつ、現状を打破すべく思案を巡らせる。
「(つっても……俺が無理やり話させたところで、真面目なコイツらから不興を買うだけだしな……)」
勉強会をしようと持ち掛けたのが俺だということが痛い。仮にもこの二人は俺に付き合ってくれている側。彼らの善意を
それでもどうにかして、せめて少しくらい雑談を織り混ぜた勉強会に発展させられないものかと考えていたその時。
――俺の視界の端に、そいつが映りこんだ。
「ぶっ!? ゴホッ、ゴホッ!?」
「お、
「ゴホッ、だいじょ、ぶ、ゲホッ! す、少しむせただけだ、気にしないでくれ」
「そ、そうかい? ならいいんだけど……」
驚いて思わず気管にコーヒーが入ってしまい、咳き込む俺のことを久世が心配してくれる中、俺は元凶たるそいつを見る。
――八番テーブルに陣取る俺たちの、そのすぐ隣のテーブルにいつの間にか座っていた、〝甘色〟の〝常連さん〟を。
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