第三一編 〝難問〟
言われてみれば、それは確かに
あのどこに居ても目立つ美しい顔はサングラスとマスクによって完全に隠され、服装もいつもの何一つ着飾らない学生服から、比較的地味なブラウスとロングスカート姿に変わっているが……それでもそのどこか
「ヒッ!?」
――あの
「あ、あの、お好きなお席に、どうぞ……」
なんとかそれだけ告げた久世の側をすり抜け、七海未来が私の着いているテーブル――八番テーブルの対面側、七番テーブルへと腰掛ける。彼女が壁面側に腰掛けたのに対し、私が壁と向かい合う席に座っているせいで、構図としては私と七海未来がテーブル二つ分の隙間を空けて向かい合う感じになった。
妙な緊張感がある中、情けない先輩バイトに代わって、新人バイトである我が幼馴染みが「い、いらっしゃいませぇー」とぎこちない営業スマイルと共にお冷やとメニューを運んでくる。
「ご、ご注文がお決まりでしたらお伺いいたします!」
「…………ブラックコーヒーとホットケーキ、そして季節のタルトを」
「かっ、かしこまりました! 少々お待ちくださいませ!」
ペコッと頭を下げ、直ぐに厨房へと下がっていく桃華。心なしか、その瞳には涙が浮かんでいるようにも見えた。……同学年相手にどんだけビビってるんだよ……。
とはいえ、普段はどうやら小野が彼女の対応をしていると今朝も言っていたし、そしてあの
「(……まあ、たしかに美人のお嬢様なんだろうけどさ)」
私はなんとなく、対面側に着く七海未来の姿を見やる。彼女はどうやら読書趣味らしく、見るからに難しそうな分厚い本を開いて、それを黙々と読み始めた。お嬢様のくせになかなかの勤勉家のようだ。まあ私もよく「ギャルっぽいくせに勤勉家」だと言われるから、人というのは肩書きや見かけに
「(そういやこの子、学年首席なんだっけな)」
私はおよそ半年前、入学式の日を思い返す。
私たちの通う私立
まあ結局は、元々成績は良かったものの、そこからかなり背伸びをして難関高校を受験すると決めた桃華の勉強に付き合っていたせいで、その辺の奴よりもよほど〝受験勉強〟することになってしまったのだが……それもあって当時の私は遊び半分で、〝入学試験首席〟を狙うことにした。
初春では特待生制度が取り入れられており、一年生では一組が〝特待組〟となっているのだが、この〝特待組〟に入るにはいくつかの方法がある。
一つ目は中学時代に勉学に励み、学校側から推薦を受けて選抜される方法。
二つ目は――これは二年生以降の話になるが、一学期から三学期末までの総合的な成績評価ならびに、〝初春学園の生徒として
そして三つ目が、入学試験において上位五名に入ること。
端的に言って、私はこれを狙いにいったのである。
だが、今私が二組に在籍していることからも分かる通り、世の中上には上がいた。私の最終的な入試成績は新入生内で一二位。私と同じように〝特待組〟を狙い、そして私なんかよりも頭の良い生徒が同学年だけで一一人もいたということだ。
そして、その中でもとりわけ異彩を放っていたのが彼女――七海未来だった。
彼女の入試成績は五〇〇点満点中五〇〇点。つまり、入学試験を満点合格で通過したということである。
ちなみに学年次席の生徒の入試成績は、たしか五〇〇点満点中の四七九点。一一位の私が四六〇点だから、二位以下はかなりの団子状態であり――そしてそれは同時に、七海未来がどれだけ圧倒的だったかを物語っていた。
そもそも初春学園の入学試験は、特待生制度のこともあって、明確に〝順位〟がつくように作られている。要するに、〝入試成績上位五名〟しか〝特待組〟には入れないのに、満点合格者が七人も八人も出られると制度的に困るので、わざと満点がとれないほど難しい問題が含まれている、ということだ。
もちろん、あり得ないほど難しい問題というわけではない。少なくとも〝中学校で得られる知識〟で構築された問題ではある。かくいう私も、一問だけ、得意科目の〝難問〟をクリア出来ていた。
だが満点合格ということは、入試科目五教科すべての〝難問〟を解いたということで……入学式の日にそれを知った私は、彼女に対して恐怖に近い感情を抱いたものだった。
ちなみにその後、四月に〝学力試験〟という名目で一年生全員がまったく同じ問題を解かされたのだが、そこで二位の四八八点という成績を叩き出したのが、今もその辺で怯えているであろうイケメン王子様だったりする。やはり世の中、上には上がいるものらしい。
「お、お待たせ、やよいちゃん」
「ん」
当時のことを思い出していた私に、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。顔を上げると、トレイの上にイチゴの乗ったショートケーキと
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、全然。ファミレスとかならもっと待たされるしね」
「あはは、そういえばそうかも。これ、伝票ね。……ちょっとだけ安くしてもらったよ」
「えっ、そうなの? なんかごめん」
「ううん、私から誘ったんだから当たり前だよ」
少しだけ
「桃っちぃ~? 次おねがーい!」
「あっ、はい! ごめんね、やよいちゃん、ゆっくり食べてね! そのショートケーキ、私のオススメだから!」
「うん」
オススメといってもこれは以前、桃華と客としてこの喫茶店に来たときに彼女が注文していたものだ。ついでに言えば、その時に私も一口味見をさせてもらっている。美味しさは保証されているから、別にいいんだけど。
「…………」
「(…………ん?)」
そこで私は、七海未来がパタパタと駆けていく桃華の後ろ姿をじっと見つめていることに気が付いた。サングラスのせいで分かりづらいとはいえ、間違いなく、彼女のことを見ている。
これだけなら、注文待ち状態の客としては自然な行動とも言えるため、取り立てておかしなこともなかったのだが――
「おっ、お待たせしましたっ、ブラックコーヒーとホットケーキ、そして季節のタルトでございますっ!」
「……どうも」
緊張した様子で桃華が彼女の注文分を運んできて、ペコリと一礼をしてから立ち去ると――やはり、見ている。ホッとしたように息をつきながら厨房へ戻る桃華の背中を。
「(桃華が、どうかしたのか……?)」
桃華の接客態度が悪いとかそういうわけでもないのに、あの他人に興味なさげな七海未来が、これほどあからさまに視線を飛ばすというのは少し不自然だった。
流石にサングラスとマスクの下の表情までは読めないが――それはまるで〝桃華自身〟を品定めでもしているかのようで。
「(……まったく、一体なんなのよ、今日は……)」
気付けば私の中には〝ハッキリしない〟〝知らない〟〝分からない〟というモヤモヤ感が、再び膨らみ始めていた。
――あの入学試験の〝難問〟にさえ、こんな感情は抱かなかったというのに。
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