第二九編 不釣り合い

 ――朝学校に着いたら、なぜか幼馴染みの地味男じみおこと小野悠真おのゆうまが、学年一どころかガチで〝国〟とかそういう単位でトップクラスであろう美少女と一緒に居た。……何を言っているか分からないと思うが、私も理解が追いついていないので安心してほしい。


 いや、なにか妙だなとは思っていたのだ。下駄箱から自分の教室へ向かう途中にある〝特待組〟こと一年一組の前に、謎の人集ひとだかりが出来ていたから。

 とはいえ、一年一組はあの爽やかイケメン、久世真太郎くせしんたろうが在籍しているクラス。彼の姿を一目見ようと、他クラスや他学年の女子生徒が一組前に集まるのはそう珍しい話ではない。


 ただ、普段出来ている人集りがほとんど女子生徒だけで構成されているのに対し、今回の男女構成比はおおよそ一対一であった。

 それも〝何かを見るために出来た人集り〟というよりは、〝一組の前を通り掛かった全員が、思わず二度見ならぬ三度見をして出来た人集り〟といった感じで、教室内によほどの〝異常な光景〟が広がっているのであろうことが想像できた。


「(といっても私に関係のある話でもないだろうし……どうせくだらないもんでしょ。邪魔くさいなぁ)」


 ミーハー感性とは程遠い私こと、金山かねやまやよいは、隣で「な、なんだろうね、アレ……」と呟く幼馴染みの少女、桐山桃華きりやまももかを連れ、さっさと一組の前を通り過ぎようとした。元々、あの久世真太郎でさえもそこまで興味のない私だ。ああいう人集りとは一番無縁の人種と言っていい。

 しかし、鬱陶しい人混みを抜けようとしつつも、なんとなく一組の中を覗き込むと――奥の窓際の席に、小野悠真が何やら居心地の悪そうな様子で座っているのが目に入った。


「(ふーん、なんだ小野じゃん。ほんとにくだらないもん見てたんだな)」


 最初の感想がこれだった。しかし、その視界の端に強烈な違和感を覚えた私は、もう一度チラリと彼の方を見る。

 彼のすぐ側の席に腰掛けて本を開いているのは――


「(あー……七海未来ななみみく、だっけ? めちゃくちゃ可愛いって噂になってる、どっかの大企業のお嬢様。アレと小野が一緒に居るからみんな見てるんだ。ふーん、やっぱりくだらないな)」


 二度見した感想がこれだった。

 まあ、別におかしなところはない。

 超が三つも四つもつく美少女かつ、超が三つも四つもつくお嬢様である七海未来と、特徴も取り柄もなさそうな地味男こと小野悠真がなにか話しているだけ。

 うん、実に普通だ。普通普通――


「(――いや待て私、どう考えても普通じゃないだろ)」


 三度見である。一組の前を通り掛かった他の全生徒と同様に、私も思わず二度見を通り越して三度見してしまっていた。

 そしてそんな私を見て一組に目を向けた桃華はといえば、「あれ? 悠真が一組にいるね?」などと、心の底からどうでもよすぎるところに着目していた。


「三組の悠真が、なんで一組にいるんだろう? あっ、久世くんが来るのを待ってるのかな?」

「いやそんなのどうでもいいから。そんなことより、なんであの地味男が七海未来と一緒にいるのかってことを疑問に思いなよ」

「じ、じみお? ゆ、悠真のこと? 普通に七海さんと友達だからなんじゃないの?」

「あの小野があんな可愛い子と友達になれるわけないでしょ」

「断言!? い、いや、いくら可愛い子が相手でも、友達にはなれると思うんだけど……」

「無理だね。小野ごときにそんな器用な真似が出来るわけがない」

「悠真に対する軽んじ方が尋常じゃないね!? 」


 心優しき幼馴染みは「そんなこと言ったら悠真が可哀想だよ」などと言ってくるが……だが大衆的には、私の意見の方が大多数を占めると思う。

 まだ一六年しか生きてない私が言うのもなんだが、世の中といつのはそんなに甘いもんじゃない。昔、一万円札のおっさんが「天は人の上に人を造らず」などとほざいていたらしいが、人と人との間には間違いなく、絶対的な〝格差〟というものがある。

 そりゃ私だって学校内における序列関係――いわゆる〝スクールカースト〟――みたいなのは大嫌いだ。ほぼ同い年の生徒同士で何を言っているんだと、心から思っている。


 だがそんな私から見たって、「世界レベルのお嬢様である美少女」と「そこら辺に転がってる地味男」が同格だなんて、とてもじゃないが思えない。ましてやそこに〝友達〟なんて関係が成立するはずもない。成立する関係といえばせいぜい、〝主人と下僕〟だろう。

 しかしそう考える私に、桃華が「で、でも」と告げてくる。


「あの二人、〝甘色(あまいろ)〟でもよく二人で話してるよ?」

「はあ? え、マジで?」

「うん。悠真が接客するときはいつもなにか話してから戻ってくるもん。一分くらいだけどね」

「……マジで?」


 かなり信じがたい話だった。いや、桃華がこんなしょうもない嘘をくはずもないことは私が一番よく知っている。しかし、だからこそ信じがたいのだ。なぜならそれは、そんな〝嘘みたいな話〟が事実だということなのだから。

 私の知る七海未来は――噂話で聞いただけだから信憑性しんぴょうせいは定かではないが――他人を寄せ付けないことで有名だ。

 話しかけてもほぼ無視スルー、学校内ではいつも一人で本を読んでおり、告白の呼び出しをされても応じず、当然部活にも委員会にも所属していない、だとか。


 私が廊下などで見かけた彼女も、まさしくそんな印象だった。

 女の私でさえ、正面から見据えれば思わず絶句してしまうほどの美しさを持つ彼女は、しかしその人形のように精緻せいちな顔立ちの中に、言い知れぬ〝冷たさ〟を内包しているように思える。

 他人を見下している、という感じでもない。ただ、等しく〝興味がない〟とでも言おうか。まるで彼女の瞳には、他の人間が路傍ろぼうの石ころとして映っているかのように。


 そんな彼女が、よりにもよってあの小野となんらかの関係性を持っているだなんて、そう簡単に信じられる話ではない。

 これが久世真太郎であればまだ理解できなくもない、というか、それなりにお似合いだろうと思えるのだが……。


「あっ……く、久世くん! おはよう!」

「おはよう、桐山さん、金山さん。今日もいい朝だね」


 そんな時、ちょうど久世真太郎が登校してきた。彼らは私たち二人にキラキラとした爽やかフェイスで挨拶をし、そのまま教室付近にいた女子生徒たちにキャーキャーと黄色い声を浴びせられながら、一組の中へと入っていく。


「ふわあ~……! 『おはよう』だって、やよいちゃん! 今日は最高の朝だね!?」

「いや、私にはいたって普通の朝だったけどね……ついさっきまでは」


 興奮混じりにそう言ってくる桃華に私は嘆息する。……せっかく久世真太郎と同じバイトを始めたというのに、この子の彼に対する〝憧れ〟はむしろ以前までよりも強くなっている気がする。もはやほとんど神格視の域だ。なんで余計に遠い存在になってるんだよ。


 それはさておき、一組に入っていった久世真太郎はクラスメイトたちにも爽やかな挨拶をし、そして教室の中ほどまで進んだところで――あっ、気付いた。教室内に〝異物〟があることに気付いた。

 そして彼は一旦クラスメイトたちと雑談に入り――しかしすぐにそこから離脱すると、極めて自然に小野たちの方へ歩み寄ろうとして――


「ヒッ!?」


 ――七海未来に凄まじい目付きで睨まれ、小さな悲鳴と共にUターンしてしまった。

 ……前言撤回、七海未来と久世真太郎の間にも、どうしようもない〝格差〟が存在するらしい。あれほどのイケメンでも釣り合わないとか、お嬢様というのは恐ろしい。

 しかし、だからこそ余計に小野が浮いているとも言える。久世真太郎のことは寄せ付けないくせに、小野とは先ほどから何度も言葉を交わしている様子だ。訳が分からない。


「うう……僕はただ挨拶だけでもと思っただけなのに……」


 するとそこに、トボトボと戻ってくるイケメンが一人。……なんだろう、かなり情けない姿だというのに、不思議とそんなさまが似合っているようにも見える。


「……桐山さんたちはなにか知っているのかい? どうして小野くんが朝から一組に居るのか」

「う、ううん。私は知らないよ」

「……私も。まあ別に興味もないけど」


 嘘だった。正直、かなり気になっている。だがそれを口に出すのもシャクだ。小野ごときに関心があるなど、軽く自尊心が傷つけられるというか。


「……もういいでしょ。教室行こ。ホームルーム始まるよ」

「えっ? あっ、待ってやよいちゃん! く、久世くん! また今日のバイトでね!」

「うん。また後でね、桐山さん」


 かなり後ろ髪を引っ張られる思いでその場を離れる私と、あわててついてくる桃華。……しまった、流れで「教室行こ」なんて言ってしまったが、もう少し久世真太郎と二人で話させてあげれば良かったな。「先教室行ってるよ」と言うべきだったか。

 とはいえ、今の別れ際の挨拶を見れば、なんだかんだで桃華と久世の関係性は良くなってきているのかもしれない。前までの桃華なら、緊張しすぎて噛みまくってたところだろう。


「(それに、個人的には桃華と久世はそこそこ釣り合ってると思うんだよね……少なくとも、どっかの小野バカとお嬢様なんかよりは)」


 一年二組の教室に入り、自分の机に鞄を放って椅子に座りながら、私はそんなことを考える。

 隣の席では顔を赤くした桃華が「『また後でね』だって! キャー!」などと浮かれていた。まるで憧れのアイドルと握手できたファンのような反応である。

 だがそれすらも――今日の私には等身大の関係に見えて仕方がなかった。なにせ、あんな不釣り合いな関係を見た直後なのだから。


「(なんなんだよ……あの二人の関係は……)」


 さして興味もない幼馴染みに関する話だというのに、私はこの日一日中、謎のモヤモヤを感じながら過ごす羽目になったのだった。

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