前日

友人が朝方、我が家に立ち寄ってそのまま二日程泊まっている。

なにやら大き目の荷物が気になる。事情を訊くには友人の表情がやけに暗過ぎる。仕方無しに朝食を並べて少しでも元気づけようと、私は台所に掛けてあるエプロンに手をのばした。紐をくくってみれば気が引き締まるようだ。

冷蔵庫にはトマトがあった。小ぶりのそれを手にとる。

友人が以前、レッドアイを呑みながら話していたことを思い出す。

「あの人、いつだって自分勝手でそれを自由って言いのけるのよ」

いつも通りの友人のあの人についての話だ。

「自分さえよければそれでいいって、どこも自由なんかじゃないのに」

横顔がせつなそうに歪んだので、その後は「それでも好きなんだけどね」と続くのが予想通りだった。

フリルレタスを洗っていると、友人が寝ぼけ眼でリビングまで起きて来た。

「おはよう」

私が言って、友人も吐息のように同じ言葉を返す。

勝手知った風に友人が洗面所へ向かったのを見届け、私はきゅうりを切った。

トーストをクロックムッシュに焼き上げると、朝食が並んで色どりゆたかになったテーブルが心躍るようだった。

友人はそれでも憂鬱そうに、クロックムッシュを齧り、サラダを細々と食べる。

私もそれにならい、齧り尽くし食む。

「ねえ」

気をもんでいても仕方ない。ここはひとつ。

「今日はとことん呑みましょうよ」

私がいうと、友人の目に生気がよみがえるかのように輝きを取り戻した。

「ありがとう」

そう言って大粒の涙を落とし始めた友人に、安堵しながら台所の戸棚を開けると実は用意してあった色とりどりのリキュールと梅酒、焼酎、日本酒…様々な心強い戦士たちが顔をそろえている。

私たちは炬燵にうつり、あぐらをかいて、まあまあいいからと注ぎ合い、そして呑んで呑まれて夜がくるまで泣き続ける友人に、いい肴があんのよと次々差出し、そして私も一緒に呑まれていくのだった。

トマトの旨い朝がくるまで。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

染み渡るトマトの朝に 七山月子 @ru_1235789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ