染み渡るトマトの朝に

七山月子

今朝

かじりついたトマトが紅く弾ける肌をしていた。

朝、弱音を吐き続けて酒にまみれ炬燵を占領していた友人の隣でふと目を覚まし、思い立ったまま鍵を閉めトマトを買いに出かけた。

電話が鳴って起き出した友人の寝ぼけた声には自分の分も欲しいなどという勝ってな注文が混じっていた。その他に有った音は煙草に点火するジッポーの掠れた銀の音だけだったが。

八百屋は朝も早よから威勢良くトマトをいとも簡単に売り出していた。朝日は二日酔いに重たい身体を刺激しながら、しっかりとトマトを旨そうに照らしていたのだから、買う他に選択する余地はなかった。

私と友人はトマトを洗い、しぶとく張り付いたヘタを丁寧に取り除き、艶の弾けた紅い肌に歯を立てかじりついた。

「染みる」

五臓六腑に染み渡るというのはそのままの響きに全てが凝縮されている。たとえば、夜明けに眠さの頂点を乗り越えた頃に飲むコーヒーや、荒んだ気持ちでやさぐれたパンクロックを聴きながら、歩道橋の真ん中で吸う煙草なんぞと一緒で、その朝のトマトもやけに染みたわけだ。

「なあに、吐き出さないでよ」

流し台に友人が出した汚物の中には、昨夜呑んだ酒とトマトの色しかないが、彼女はそのまま右手に持ったトマトをもう一度齧り、泣きはらした瞼を腫れさせたまま、また泣いた。

「あのひと。もう帰ってこないのね」

友人の恋人は、別れを告げたまま音信不通となっていた。

「何百回言ったって、別れた男を追いかけるにはもう若く無いのよ、私たち」

「冷たいじゃない。トマトくらい、美味しい言葉、くれたっていいのに」

「ばかね」

リビング中には転がった酒瓶や空き缶があり、足元は不自由で、頭は痛くて身体中が布団を恋しがっていたが、私たちはトマトを食べ続け、その冷たさと瑞々しさに何度でも染みる、と口にした。

朝が昼に変わる頃には友人もすっかり気分良さそうに、

「ねえ今朝のトマト美味しかったわね。今度そこの八百屋に私も連れて行ってよ」

なんて言うのだから、女は強い。

二日酔いに酔いしれていられない。私も、明日のためにトマトを刻んだ。

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