何だか父が、すみません 3

 コンコンとノック音がした。扉の外から、文花ですと声がする。


「ああ、入れ」


 牧が返事をすると、文花と小雪が手に書類を持って入ってきた。


「りなの人事異動の件、各所通達終わりました」


「そうか、ご苦労だったな、文花。丁度良い所に来たな。未汝、この子が小雪だ。小雪、これが未沙と双子の妹になる未汝だ」


 牧が紹介すると、小雪が優雅に一礼をする。


「香村小雪と申します。未汝姫様、お目にかかれて光栄です」


 微笑む姿は天女のようだ。うっかり見入ってしまうと、慌てて未汝も頭を下げる。


「鈴香未汝です。父と母が、お世話になります」


 未汝の挨拶に小雪が目を瞬かせると、花がほころぶように微笑んだ。


 だが、どことなく微苦笑である。


「とんでもない、私の方がお世話にと申し上げたいところですが、ちょっと言葉に困ってしまいますね」


 ふふっと笑う小雪に、牧が愉快ゆかいそうに口元を緩ませる。


「何だ小雪?言葉に困るというのは」


「はっきり言葉にせず、わざわざぼかしたのですから、そこをワザと突っ込んでお聞きになるのは賢明ではないと存じますよ?王?」


 ほう?と牧の口唇がり上がる。


「結構これでも苦労してるんだぞ?出来の良い美男美女揃いのウチの子供達の親をするのは」


 確かに、美男美女揃いだ。わざわざ見目の良い人ばかりを集めたのではないかと疑いたくなるほどの容姿端麗っぷりだ。


「そうですね、架名様とりな様が逆悩殺ぎゃくのうさつして回って下さるのには、手を焼いておりますが」


 さらりと自分のことを外して転嫁てんかした。しかも、聞き慣れない単語まで作って。


「小雪さん、自分のこと棚に上げて言うの?しかも何?逆悩殺って」


 黙って聞いていた架名が反論する。


「浅野先生が命名されたんですよ。悩殺は女が男を魅了みりょうすることだから、女性アナウンサーが気を失う程、魅了してしまう彼らは逆悩殺ですねって」


「さすが浅野先生、ユニークなことを考えるな」


 牧がはははと笑う。


 浅野先生こと浅野将也あさのまさやは、宮廷専属医師である。


 主な仕事は王族の健康管理だが、現在、王家には重病人はいないため、保健室の先生よろしく医務室で仕事をしていた。


「まぁ、架名達だけじゃないぞ。小雪を外の学校へ通わせるにあたり、悪い虫が付かないように手配するのが大変だった」


「それで小雪さんに彼氏が出来なかったんだ?」


 架名が「成程、小雪さんのお眼鏡めがねにかなう男がいなかったわけじゃないんだ」と腕を組んで納得する。


「何です、悪い虫って」


「そこらの男に言い寄られてばかりでは大変だろう?だから校長に、校内で警戒してもらうように頼んでおいたんだ」


 思い当たる節があるのか、「あれはそういうこと・・・・・」と額に手を当てて目をつぶる。


「過ぎたことは考えても仕方ありません。王、この書類、処理済みだと聞いたものがいくつか未処理なのですが?しかも、全部今日が締め切りですよね?」


 切り替えの早さは流石だ。小雪の手に持つ書類を見て、牧が「バレたか」と口の中で呟く。


「悩ましい案件ばかりだったから、後で文花とりなに振ろうとけておいたんだ」


「避けたら処理済みじゃないでしょう?」


「俺の中では処理済みだ。考えるのは文花とりなだから」


 さらりと、聞き捨てならないセリフが発せられた。名前を呼ばれた二人がそれぞれ反応する。ただし、文花は悩ましそうな目で、りなはまたですか、と呆れた目を向ける違いはあるが。


「国王が悩ましくて処理できないものを、我々が考えて処理するのは間違っていると思うのですが?」


 文花が言葉を選んでとがめると、牧が「間違ってないぞ」と言い訳をする。りなはといえば、小雪の持つ書類を数部もらって、ぱらぱらと目を通した。


 そのうちの一つに目が留まり、りなが何事かを企んだのか、薄ら寒くなるような冷ややかな瞳と笑みを浮かべる。


 ――――この嫌がらせのような辞令じれいへ、ささやかな返礼をしなくては。


「りなちゃん、牧に仕返しするのは程々に」


 息子の表情から察した華菜が注意すると、りなが「何のことですか?」ととぼけて見せた。が、冷ややかな目は口ほどに語っている。


 これ以上はかばわない。下手に巻き込まれるより、自業自得じごうじとくなのだから牧が一人で負うべきだ。


「さ、未汝。どうもお父さんは仕事を溜め込んでるようだから、今日は帰りましょ。りなちゃんも付き合わなきゃいけないみたいだし」


 華菜がうながすと、未汝も察したのかそうだねと同意し、立ち上がる。


 この母に、夫を助けるという選択肢はないらしい。


「じゃあお父さん、先に帰ってるから」


 がしはしないと、仕事を積まれた父を横目に、華菜と未汝はそそくさと部屋を後にする。


 牧を犠牲に、自分は逃げる算段さんだんだ。


 パタンと扉を閉めると、廊下を歩きながら隣を歩く母に話しかける。


「何か、にぎやかでいいね」


 口元がほころんで思わずこぼれた感想に、華菜が目を細める。


「そうでしょう?だから、家族がそろって生活するのが私の長年の夢なのよ」


 そう言って、華菜は嬉しそうに笑った。


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