養父さんは心配なんだ人事の真相 3

「この話はこのくらいですか?」


 ちょっとそわそわした架名を見て、牧が内心で首を傾げる。何かあっただろうか?


「ああ、現状はな。何かあるのか?架名?」


「今、プライベートですよね?」


 さっき牧が小雪に言ったそれを、架名が今一度確認する。


「ああ、そのつもりだが?」


「じゃ、遠慮なく。りなを未汝姫のボディガードにつけたと本人に聞きましたけど、何企んでいらっしゃるんです?しかも、拒否は許さないなんて強引に引き受けさせて」


 探るような目を向けられて牧が目をぱちくりさせると、仕事をしていた小雪が、話が聞こえたのか溜息を一つついた。


「小雪さん、もしかして何か事情知ってる?」


 聞き逃さない架名が問うと、小雪がパソコン画面から目を離して椅子に座ったままくるりと体をこちらへ向けた。


「実にくだらない理由ですよ、架名様」


「くだらないって・・・・・・・?」


 言いながら、はっと思いつき架名が牧に目を向ける。


「まさか、りなの女嫌い少しでも緩和させようとか、そういうこと!?」


 牧の口端が、ニヤリと悪そうに吊り上げられる。


「りなへの伝言は、拒否は許さない、養父とうさんは心配なんだと伝えたはずなんだが」


 架名が額を押さえてソファの背もたれに背を預ける。


「俺、さっきりなに会った時、氷柱つららに射抜かれそうな目を向けられたんですけど。春なのに雪原のど真ん中に立たされてブリザートを体感してる気分だったんですが?」


「ほお?そんな荒れ具合か」


 牧が悪そうな笑みを深くする。


「そんな嫌がらせのようなことをしなくても、もう少し大人になられれば緩和されると思うんですよ。未沙様や私や美里みりちゃんには、ちゃんと避けることなく会話も出来るわけですから」


「皆身内じゃないか」


 香村小雪も西城美里さいじょうみりも、両親が亡くなった後に牧の戸籍外養子になっている。


 美里は西城家当主の娘で、巫女としての役職に就いていた。千里眼や透視、未来予知などが使える西城家の中でも高度な異能の持ち主だ。


 牧と美里の父親は親友だった。だが、異能持ちゆえに研究者に一族郎党ろうとう捕まり、実験という名目で惨殺される。


 美里と弟の杏堵あんとは監禁先から逃げ出して助かった、西城家の生き残りだ。


「女が駄目だというなら、私や美里ちゃんを避けてもいいはずでしょう?それがないということは、単に慣れてないだけだと思いますよ?」


「慣れてない、で廊下を歩くにも女を避けて別の道を選択するのか?ちょっと考えにくいだろう?日常生活に支障が出るレベルだぞ?」


「それはほら、思春期特有の潔癖症のような感じで・・・・・・・」


「思春期特有、ねぇ」


 普段のりなを見ていると、その仕事ぶりからとても思春期だとは思えない。もう立派に一人前の社会人である。


「何にしても未汝も受験生だし、りななら勉強がからめば多少苦手意識が薄れるかもしれないしな。未汝の傍にいれば女官も出入りするから徐々に慣れるだろう」


 実際、宮廷内に女性は少ない。だからこそ、こういう機会でもなければ治すような環境にいさせることができないのである。


「・・・・・・・スパルタですよね、いつもながら」


 架名が弟の心情を思い言うと、牧がそうか?ととぼけて見せる。


「お前は女嫌いなんてことがなかったから、俺はそういう心配はしていないが」


「・・・・・なんか、まるで俺が女ったらしみたいじゃないですか」


「誰もそんな事は言ってない。ただ、今のりなの状態じゃ将来結婚もできないし、それでは困るかなと思って」


「りなは結婚願望ないでしょう? “ 結婚しなくてはならないという法律はありませんので ” と言うくらいだから」


 牧が、そうなんだよなと腕組み難しい顔をする。


「やはり法律作れるか考えるべきだろうか」


「それ、例え出来たとして、りなが大人しく従うと思いますか?あいつのことだから抜け道を模索する方に労力かける気がしますけど?」


「無駄に頭が良いと始末が悪いな。お前達は異常なほどの美男子だし、頭脳的にも申し分ない。国としてもその遺伝子を残さないのは損失だ。勿体ないと思わないか?」


「勿体ないって・・・・・」


「2月14日の王宮宛ての郵便物がどうなっているか知っているだろう?」


「一年間で一番郵便物が多くて、一番大変な日ですね」


 チョコレートメーカーが仕掛けた商戦絡みのイベント、バレンタインデーだ。


 ちなみに架名もりなも、送って頂くのはありがたいが、一人一人にお返しは出来ないし、そんなに食べられるわけでもないから、全て孤児院等へ寄付させて頂きますと発表している。それでも山と届くのだ。


「誰のせいだと思ってるんだ?全く」


「さぁ、誰でしょうね?」


 架名が苦笑しながら、部屋の掛け時計を見た。時計の針は午後3時30分を過ぎたところである。


「今から訓練か?」


 牧が架名の目線の先を察して問う。


「5時からです」


「疲れているのなら休んでもいいんだぞ?」


「いえ、大丈夫です。サボって感覚がにぶるといけないんで」


 ボディガードとしての訓練だ。未沙がいないとはいえ、いつ目覚めて通常の仕事へ戻ることになるかも分からない。準備だけは万端に整えておくべきだろう。


「牧、呼んだ?」


 華菜がノックもせずに入ってくる。


「華菜、遅い。文花に呼びに行かせたはずだが、どこで油を売っていた?未汝が見つかったぞ」


「知ってるわよ。りなちゃんに曲者として捕まってたから」


 牧が、「は?」と聞き返す。何やら思わぬ出会い方をしたようだ。


「架名に見つかって曲者騒動が起きて、そこを文花が見つけたんだよな?」


 架名に目をやり訊くと、架名が「ええ、はい」と頷く。


「何で今度はりなに?」


「さぁ?お散歩にでも出たんじゃないの?そんなことより牧?未汝が、お父さんの嘘つきって喚いてたわよ。一応弁解はしておいたけど、自分の口で話した方が良いんじゃない?」


「一体どの話を言っている?」


「貴方のお仕事の話よ」


 牧が、何だと言わんばかりの顔をした。


「そんなことか。分かった、今からでも話に行こう。架名、5時から訓練なら、少し付き合え。小雪、ちょっと行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 家族のやり取りを見ていた小雪が、書類片手に見送ると、牧は華菜と架名を連れて未汝の自室へと向かった。


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