扉を開けたら、未来のお姫様(試練付き)らしい 2

「ね、見つけてないのに未沙姫を起こしたらどうなるの?」


 その問いに、文花は苦いものを含んだような顔をして静かに答えた。


「未沙様が消えます。そして二度と、この地へ戻られることはなくなるでしょう。それに、この地の人々の記憶からも未沙様に関する思い出は全て消滅します」


 思ったよりも代償が大きい。いくらなんでも非情では?と思ってしまう。


「結末は、未汝様ご自身でもどうにでもできます。未沙様が邪魔だと思えば起こせばいい。どうなさるかは、貴女自身が決めることです」


 そう言われてしまうと、何だか物凄いプレッシャーがかかった気がする未汝である。部屋の空気が一気に重苦しくなった。


「ちなみに、お父さんとお母さんはその場合、私達のことを忘れちゃうの?」


 そうなると、自宅に両親が帰って来ないことになるのではないか?それは色々困るんだけどと未汝は思う。


「いえ、予測では、元々過去の人間である王が覚えているはずだと言われています。王妃の方は何とも。一応、もしもの時の為に王のご兄弟にはお話し済みで、過去で生活することになる姫のことは頼んであるとのことでしたが」


 伯父おじさんや晶子あきこ伯母おばさん、ひとみ叔母おばさんは知ってるんだ、このこと。と未汝は両親の代わりにご飯を作りに来てくれたり、両親不在の折に様子を見に来てくれる親戚を思い出す。


「そうそう、言い忘れましたが、現在は未沙姫に王女となる権利を持たせてありますので」


「どういうこと?」


「未沙姫は、見失ったものの答えを見つけられています」


 その言葉に、未汝の意識は先程の会話を一生懸命思い出す。そして、欲しかった情報をピックアップしてきた。


「それなら、すでに別々の意識があるはずじゃない」


「残念ながらありません。両者が答えを見つけるまでは・・・・・。つまり、未汝姫が答えを見つけることによって真に別々の意識が得られるものが答えなのです。ですから、現在このような状態になっています」


「そんなぁ。というか文花さん?実は答え知ってるんじゃないの?」


 未汝が疑うような目を向けると、文花が口唇をつり上げた。


「予測は出来ておりますが、お教えするわけには参りません」


「私べつに、今までの生活と同じで良いんだけど?」


「それでは試練にならないでしょう?それに、そのまま何もせず1年が過ぎた時、もしかしたら王や王妃の記憶の中から貴女のことが消えてしまうかもしれないんですよ?」


 言われてみればそうだ。最初の説明にそんなような説明があったではないか。


「それはだな」


 両親に自分の存在を忘れられてしまうのは寂しい。いくら生活できるように手を打ってくれていたとしても、だ。


「ちゃんとした答えが見つかったとき、鍵の色が変わるとされています」


「鍵って、これ?」


 ポケットに入れておいた、家の壁に掛かっていた鍵らしきものを取り出した。物語に出てきそうなその鍵は、何か大きなお城の扉の鍵のような形をしており、全体は金色をしている。持ち手のところには中心にエメラルドのような宝石がはまっており、その周りをキュービックジルコニアが囲んでいる。高価そうだが、どこかチープな感じもした。


「そうです。それを失くしてはいけませんよ?過去との行き来もできなくなりますし」


 未汝は頭の中で今の言葉を反芻はんすうした。今、過去との行き来と言わなかっただろうか・・・・?行き来ってことは・・・・・?


「帰れるの!?」


 いきなり大声を出して体を前のめりにした未汝に驚きながらも、文花は当然帰れますよと答える。


「ただし、このことに決着がつくまでは、ちゃんと行き来をして下さい。途中で放棄なさって、今まで通りでいいとおっしゃるのなら行き来なさらなくても構いませんが・・・・・」


 未汝は、首をブンブンと横に振る。


「お父さん達に忘れられるの嫌だし、私、さっき未沙姫?に助けてもらったことのお礼を言ってないし、それにその、お姉ちゃん、と色々話してみたいから・・・・・」


 呼び慣れない “ お姉ちゃん ” と口にした未汝が、少しの気恥ずかしさと共に目を逸らすと、文花は微笑んで「そうですか」と首肯し、すっと立ち上がった。


「文花さん?」


 不思議そうに目を向ける未汝に、文花は穏やかに微笑んだ。


「王に、報告に行って参ります。未汝様、私が帰ってくるまでの間、決してこの部屋からお出になられませんよう」


 そう言い残し、文花は部屋を退室した。


 パタンと扉が閉まると、未汝は当然のことながら、部屋に一人残される。


 ちょっと落ち着いて部屋を見回せば、清潔感があり、当たり前だが高級そうな調度品ばかりだ。現在座っているこのソファも、ふかふかとしていて、それでいて座り心地の良いものだった。だから、居心地が悪いということは決してない。


 しかし、お世辞にも大人しいとは言いがたい未汝の性格では、ただ待っているのは退屈なのである。


「文花さんが戻ってくるまでに戻ってこればいいんでしょ?退屈だし、これからここで多少過ごすことになるんだから探検に行っても悪くはないよね?」


 ついでに、持ってきた箒を元の場所へ返しに行こう。


 壁に立てかけた箒を手にして、随分都合の良い理由をでっち上げ、未汝はささやかな探検に出る為に部屋にサヨナラしたのだった。



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