第8話 扉を開けたら、未来のお姫様(試練付き)らしい 1

 上品に整えられた部屋だ。


 応接セットが一組置かれ、壁には画家が描いたと思しき春の野原を描いた風景画が掛かり、台の上に乗っている高そうな花瓶には大輪の花が綺麗にけられている。部屋の様子からして、どうやら応接室らしいということが分かった。


 テーブルを挟んで、二人はそれぞれソファに腰を下ろす。


「自己紹介が遅れましたね。私は王宮ここで神官を勤めております、晋槻文花しんつきふみかと申します。普段は王宮で暮らす子供達に勉強を教えたり、王閣の相談役として宰相の代わりを務めております」


 柔らかい表情で微笑みながらそう自己紹介する文花に、未汝が驚きを隠さずに声を上げた。


「宰相!?宰相って偉い人じゃなかったっけ?随分若そうだけど・・・・・・・・」


 言葉を選びもせず思ったことそのままを口にする未汝に、文花が苦笑いした。


「今度27歳になります。王閣は人手不足でして、父が宰相だったものですから私にもお声がかかり、王の側近として就任致しました」


 それは凄いことではなかろうか。いくら父親が宰相だったからとは言っても、本人の実力がなければ務まらない話だ。


 ただ、未汝にとって今一番重要なのはそこではない。自分の身の安全と現状の把握である。そして、この人が国のお偉いさんなら身の安全は多分、確保された、はずなのだ。


「とりあえずお偉いさんなのね。私の身の安全は保障されてる?」


 未汝の真剣そうな様子に、文花は目を瞬かせると、目元を和ませて笑った。


「はい。王のご息女をどうこうは出来ませんから」


「王のご息女・・・・・・?」


 ご息女って、娘って意味だったと思うんだけど・・・・・・・。


 普段使わない言葉に未汝が首を傾げて意味を咀嚼そしゃくすると、ん?と眉を寄せた。


「えっと、私の父は会社員で王様じゃなくて・・・・・・・人違いしてない?というか、ここがどこだか分からないんだけど」


 肝心なことが訊けてない。未汝が思い出して言うと、文花が “ そうでしょうね ” と事情が分かっているような顔をして頷いた。


「順を追ってご説明しますね。まず、ここは竜華燕国国王宮廷です。王宮と一般的には呼ばれます。現在の国王は鈴香牧様。貴女のお父様です」


 そこまで聞いて、未汝が “ 待った ” と手の平を文花に向けた。


「いつの間に竜華燕がそんな王様のいる国に変化へんげしたの!?あ、もしかして過去にトリップしたとか!?ってことは、世界大戦辺りの・・・・・」


「未汝姫、落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられる状況!?竜華燕が王国になってるなんて・・・・・!?しかもお父さんと同姓同名の人が王様!?私、知らない所で昼間から寝られる程器用じゃないはずだけど・・・・・夢ならめて」


 頬をつねってみるが、痛いだけで目など覚めない。当然だ。現実なのだから。


「ちょっと待って下さい。貴女は過去ではなく未来にトリップしたのですよ?ついでに言わせて頂くと、世界大戦辺りの竜華燕は王国ではなく帝国です」


「へ?」


 冷静に間違いを指摘し正す文花は、さすが教育者だ。子供達の勉強を見ているというのは本当なのだろうと思われる言葉に、未汝は自身の勉強不足を思い知らされる。


「今、未来って言った?」


「言いましたが?」


「今、何年?」


「2335年です」


「100年後!!?」


「ええ、きっちり100年後です。日付も時間もズレていません」


 未来人だからそんなこと言い切れるの!?とか、色々思うことはある未汝だが、とりあえず当たり前だがお婆さんになっていたり、すでに足がなかったり体が透けているようなことがないのが救いだ。だからといって喜んでもいられない。この未来から帰れないかもしれないのだから。


「先程会われた未沙姫は、本来なら貴女の姉君に当たりますが、現在は貴女と同一人物であると判断される存在です。急に倒れられたのは、同じ空間に同じ意識を持つ者が二人もいるはずがないという時空の法則から、未沙姫は意識を失われました」


「はぁ・・・・・?」


 難しくて理解に苦しむその話を聞きながら相槌あいづちを打つと、話は先へと進んでいく。


「王は、元々は未汝姫が先程までいらした2235年の人間、つまり過去の人なのです。ですが、あることがきっかけで当時の王女であった華菜様とご結婚されました。時代の違う人間が結ばれて弊害が生まれない訳がありません。このままでは時が狂ってしまいます。なのでお二人の子が双子なのを良いことに、それぞれ未来と過去においた。それが、未沙姫と未汝姫なのです。ただ、勝手にどちらをどちらの時代の人間にするかは、我々では決められません。なので、それは運命に任せようということになったのです。双子というのは、別々にして育てると同一のものを見失い、同一の意識を持つと言われています。国王の子を王女と呼ばず、姫と呼ぶのは原因があります。それが、先程説明したことなのです」


「分かりやすく言って」


 理解が追い付かず混乱し始めた未汝は、頭の中を整理するのに必死だ。


「つまり、未沙姫も未汝姫も王女に違いはないのです。ただ、同じ意識を持ち同じものを見失っているので、2人の王女ではなく、2人いるにも関わらず、同じ意識を持ってしまっている為に一人の王女としてしか見られない。なので、姫が成人するまでに、未汝姫がこの未来に自力でこられたら、両者に王女となる資格を持たせる。そして、その日から一年以内に同一の見失ったものを見つけられれば、両者を王女とし、そして両者でどちらが未来に残るかを決めることができる。ただし、見つけられなかった場合は、未汝姫はこの世界から人々の思い出ごと消滅し、過去の人となります」


「つまり、私と未沙姫は同一人物であると判断されて、同じ空間に同じ意識を持つ人間が存在するはずがないので、眠ることによって意識をなくし、存在していないようにした。(自分の意思でそうした訳じゃないが)ということ?」


 未汝のまとめに、文花は軽く頷いた。


「そうですね、そんな感じです」


「でもさ、同一の見失ったものを見つけても、同一人物と判断されることには変わりないんじゃない?」


「同一の見失ったものを見つけた時、両者は別々の意識を得ると言われています。なので両者とも別の人間と判断することができ、同じ空間ときをお二人で過ごせるようになります」


 未汝は混乱した頭が何とか整理されたような気がした。実際は、理解できずに放置することに決めただけかもしれないが・・・・・。どちらにしても、自分の思考回路が復活したには変わりない。そのため、あることに気が付いた。


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