扉を開けてみたら 2

 ―――まずい、誰か上がってくる。


 とりあえず今いる階のどこかに隠れてやり過ごそうと、階段を離れてパタパタと廊下を走り、どの部屋に逃げ込もうか目移めうつりしていると、左斜め前の部屋のドアが開いた。


 何の前触れもなく開かれたドアを見て、未汝は足を止める。心臓がバクンバクンと耳元で音を立て、箒を持った手が急激に高まった緊張感でかすかに震える。脳裏で “ 見つかった ” と危険シグナルが点滅した。


「何か飲み物を取ってきますから、未沙姫、サボらないでお勉強続けてて下さいね」


「分かってるわよ、架名」


「すぐ戻りますから」


 部屋の中にいるであろう未沙姫の返答に苦笑した架名が、ふと気配を察して開けたドアの向こう、続く廊下へと何気なく視線を向け、未汝の姿を認識すると驚いて息を飲み、目を見開いた。


 ―――まずい。


「!!!く・・・・・曲者くせものだ!!警備兵!!」


 声を張り上げて知らせ、架名が部屋のドアを閉めて未沙を守る様に瞬時に身構える。


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうというわけではなさそうだが、それでも筋力差は当然ある。捕まえようと動かれれば、この逃げ場のない廊下では到底とうてい逃げ切れるものではない。


 汗ばむ手に持つ箒をぎゅっと握りしめる。あちらが動いた瞬間に、殴りかかるしかない。そして、中にいる未沙姫と呼ばれた女の子を人質に取るしか・・・・・・・・。


 息を殺して全神経を男の一挙手きょしゅ投足とうそくに集中させる。まるでそこだけ時間の流れが変わったように、1秒がとても長く感じられた。


「架名?曲者?」


 未沙のいぶかししむような声が聞こえて、そっとドアが少し開かれ、その隙間からひょこっと顔を覗かせた。未汝の顔を目を瞬かせて観察した未沙は、はっとした表情をする。


「姫!!」


 問われた声と気配で察したのだろう、目を向けることなく未沙の状態を把握した架名が、ぎょっとした顔をして慌てる。


「曲者だって申し上げたでしょう!!出てこないで下さい!!」


 後ろ手でドアを閉めるように押すと、未沙は部屋には戻らずそのドアを押し返して廊下へ出てきた。


「ちょっ・・・・・・・・!!!」


 架名が未沙を背にかばう様に後退すると、階下からカチャカチャと金属のこすれる音がせまってくる。架名の張り上げた声を聞いた警備兵がやってきたのだ。


「大丈夫よ、架名。警備兵、問題ないから、下がっていいわ」


 落ち着いた声で下がるよう指示を出す未沙に、架名が理解出来ないとばかりの表情をして、自分の隣に立つ未沙に目を向けた。


「・・・・・・姫、失礼ですが曲者くせものの意味、ご存知ですか?」


 頭のネジでも飛んだ?それとも俺、どこかで教育間違えたかな?そう目で語る架名に、未沙が苦笑いする。


「知ってるわよ?ちゃんと正気。ただね架名、この方を曲者と判断するのはちょっと・・・・・・」


「見かけで判断されては・・・・・。あ、ちょっと・・・・・姫!!」


 未沙は止めようとする架名の腕の下をくぐり、箒を握りしめ立ちすくむ未汝の傍に歩み寄った。


 架名も未汝の背後に控える警備兵も、困惑しながらも未沙に何か危害を加えられぬよう、すぐ動けるように未汝の一挙手一投足に注視ちゅうしする。


「この者が失礼致しました。私は竜華燕国国王の娘、名を未沙と申します」


 未汝から数歩の所で立ち止まり、スカートの裾を少し摘まんで軽く膝を折る未沙に、未汝は思わず見惚みとれる。その上品な仕草しぐさ洗練せんれんされ、まるで映画に出てくる姫君そのものだ。


「あ・・・・・あの・・・・・っ」


 何故侵入者の自分になぞ丁寧に名乗ったのか?戸惑う未汝に、未沙は優しく微笑む。


「大丈夫、恐がらなくていいの。私は貴女を曲者とは思っていないわ。・・・・・未汝ちゃん、よね?何故ここに?」


 敵意はないと伝えながら未汝の名を口にする未沙に、未汝は驚く。


「何で私の名前・・・・・」


「それは・・・・・・私の口からは言えないわ、内緒なのよ」


 困った顔で口元に人差し指を一本立てて微笑む未沙は、とても可愛らしい。


 未汝は真っ白になりかけた頭で、何故?の問いに答えるべく説明しなきゃと心をはやらせた。


「それがよく分からなくて・・・その・・・・・地震が起きて、鍵を手にしたら・・・・・」


 未汝がしどろもどろになりながら説明を始めた途端とたん、未沙が目をみはり、上体が揺れて足元をふらつかせた。


 様子を見守っていた架名は、慌ててふらふらと数歩後退した未沙の肩を抱きとめる。


「未沙姫?」


「ごめんなさい・・・・・、ちょっと眩暈めまいが・・・・・」


 体を抱きとめてくれた架名の胸元にそっと手をついた未沙が、目が回ったように顔を片手でおおう。


眩暈めまい?貧血ですか?」


 心配そうに聞き返す架名に返事をしようと、架名を見上げるように顔を上向かせた未沙はしかし、そのまま意識をコトリと失った。

 体から急に力が抜けて腕の中に倒れ込む未沙を抱きとめると、架名が慌てて片膝を床につき、未沙の肩を抱いたまま立てた膝に座らせる。


「姫?未沙姫?」


 意識を失った未沙の身体を自分の肩に寄り掛からせて、口元に手をかざして呼吸を確認する。未汝の背後にいる警備兵達も、どう動くべきか判断しかねたように顔を見合わせた。


 どうしたものかと判断に迷ったその時、階段を文花が駆け降りてきた。


 警備兵達が文花の姿を認めると、指示を仰げそうな人が来てくれたと困惑顔をキリリとただす。


「お探ししました、未汝姫」


 文花が開口一番に曲者の名を呼んだので、未沙を抱えた架名も、警備兵達も耳を疑うように瞠目どうもくして文花を凝視する。


「え・・・・・・・・?何で私の名前知ってるの?前にどこかで会ったことありましたっけ?」


 呼ばれた本人は困惑顔だ。誰だったか、と頭の中の引き出しをあちこち探していると思われる表情をしている。


「そうですね、随分昔にお会いしています。覚えていらっしゃらないのも無理はありませんが・・・・・・・・・・」


 慌ててきたのか呼吸が少し乱れている。それを深呼吸して正しながら、文花は未汝の横を通り過ぎ、架名の膝に座らされている意識のない未沙の傍に片膝をつき、その手首を取って脈を測った。


「・・・・・・正常ですね。伝え聞いた通りになりましたか」


「文花様、一体・・・・・・・・?」


 話が見えないと架名が目で訴えると、文花が居ずまいを正す。


「架名、未沙姫は眠っているだけですので安心して下さい。詳しい説明は後程。とりあえず、未沙姫を自室へ寝かせたら王室へ。王がお待ちです」


「畏まりました」


 架名が未沙を横抱きに抱えて立ち上がり、未沙の自室へと向かう。


 それを見送って、文花は未汝の後ろに立つ警備兵に目を向けた。


「貴方がたも、この場は私が預かりますので、持ち場に戻って頂いて構いません」


「は。では、失礼致します」


 姿勢を正して頭を下げ、その場を後にする警備兵を見送って、文花は残された未汝に目を向けた。


「未汝姫はこちらへ」


 うながされて、傍にある一室に案内された。



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