第7話 扉を開けてみたら 1

 時は少しさかのぼる。


 未汝が自宅玄関からトリップし、時の扉の前に辿り着いてどうしようとぐずぐず悩んでいたが、ここにずっといるのもただ真っ白な世界で気持ち悪いしと、扉を開けることを選択したのだった。


 キイィと立派な扉を開くと、扉の外にはどこかの部屋だと思われる光景が未汝の目に飛び込んでくる。


 敷かれた朱色の絨毯じゅうたん、壁紙は温かみのあるクリーム色で統一され、右手側にはスライド式のドアがついた、ガラスで仕切られた部屋が一つ。中には何かの制御装置なのだろうか、機械やモニターが沢山並んでいた。


 この部屋を出ると、そこは突き当たりらしく、片側は壁、もう片側は長い廊下が続いている。


 今出た部屋の扉を見上げると、そこのプレートには「時の扉」と書かれていた。


 長い廊下へ目を向けると、随分と殺風景な景色が続く。まるで資料保管用倉庫のような白を基調とした壁紙に、上下に下げるタイプのドアノブがついた戸がいくつか並んでいた。


 キョロキョロと見渡しながら歩くと、隣の部屋のドアの上には、中央制御室とプレートがかかっている。


 ここなら、この場所の全体像を把握できるかもしれない。全体像が分かれば、ここがどういう所なのか推測できる可能性がある。


 だが、制御室と言えば通常、警備員がいるのではなかろうか。ここがどういう所かは分からないが、無断侵入者として捕まったり、なんてことを考えると、迂闊うかつにこの部屋へ足を踏み入れるのは良くないかもしれないと、開けようとしたドアノブから手を離した。


 かと言って、むやみに歩き回るのも危ない気がするのだ。やはり、この中に人がいるかどうかを確かめてから、次どうするかを考えても遅くはないと自分の危機意識が主張する。


 幸い、この中央制御室のドアの向かいにはプレートのかかげられていない部屋がある。そっと開けてみれば、そこは物置状態の部屋だった。


 この部屋のドアを半開きで固定し、未汝は物置部屋に置かれていた掃除用の長箒ながぼうきを手にして覚悟を決める。ほうきを伸ばし、コンコンと中央制御室のドアを叩いてから、静かに、しかし迅速に物置部屋のドアを閉める。


 息をひそめて向かいの部屋の様子を伺うと、ドアが開いた気配はない。


 そっと手元のドアノブを下へ引いて少しだけ開けて廊下を覗くと、やはり誰もいないし動く気配も感じられなかった。


 ―――もしかして、誰もいない?


 それならチャンスだ。


 箒を持ったままその部屋を出て、向かいの中央制御室のドアを少し開けて中を覗き込む。


 監視カメラの映像らしき画像が、物凄い数並べられたモニターに映っている。だが、やはり人の姿はない。


 未汝は滑り込むように部屋へと侵入すると、壁一面に並べられたモニターの画像を見上げた。


「何ここ、凄い広そう。一体何の施設だろう・・・・・・・?」


 画面に映る門は随分立派だ。建物の内装もどこの映像かは分からないが、洒落しゃれた装飾の施された照明器具や重厚感のある調度品、床にはカーペットが敷かれていたりして豪華だったりするし、かと思えば研究所のような無機質な場所があったり、弓道や武道場など運動のできる施設もある。木々に囲まれた東屋あずまやや、どこかの倉庫にはヘリまであるようだった。


 暫く眺めていると、画面の一つに見覚えのある人物が歩いているのが映る。


「お父さん・・・・・・?」


 見間違いかと画面を凝視するが、どう見ても父そっくりだ。


「ここ、どこの映像なんだろう・・・・・・・?」


 時々、映像が切り替わる。カメラが動いているのか、はたまた違うカメラの映像を映しているのかは分からない。未汝は色々な画面を見比べながら、何かヒントになりそうなものを見つけようと目をらした。


 並ぶモニターの一番上に、南棟とシールが貼られている。その横には中央棟、東棟など建物の名前と思しき名称が貼られていた。未汝の手元にある色んなスイッチがいくつもついた操作用パネルも眺めると、同じように建物の名前が記されたシールが貼られている。


 ふと目を向けた先に、一冊のファイルが立てかけてあった。背表紙に操作マニュアルと記載されている。それを手に取って開くと、1ページ目に「竜華燕国国王宮廷見取り図」と表題のつけられたA3サイズの図面が入っていた。


「竜華燕国国王宮廷・・・・・・・・?一体何の冗談?」


 未汝の時代には国王はいない。いるのは天皇だ。しかし、国名は同じである。


「過去にでも来ちゃった?あれ?過去って王制だったかなぁ・・・・・・・?」


 まさかねと軽く笑うと、父によく似た人が映ったモニターと、図面を見比べる。


「南棟1階?今ここは・・・・・・確か中央制御室ってプレートに書かれてたから、中央棟7階になるのか。じゃあ1階まで降りるか、この辺の渡り廊下で南棟へ渡れば・・・・・・」


 計画を立てて図面をファイルから抜き取り、折りたたんでポケットへ入れる。


 とりあえず、あの父によく似た人に会いに行こう。もしかしたらご先祖様かもしれないし。


 箒を握りしめて部屋を後にする。


 耳を澄ませながら辺りを警戒し進むが、どうやらこの階には誰もいないようだった。どころか、物音一つ聞こえない。まるで夏休み中の学校のようで少し不気味である。


 早足で進み、1階分階段を降りると渡り廊下があった。


「これを渡ると南棟、だよね?」


 廊下の壁に「南棟」と矢印付きの案内表示が張り付けてあった。


 よし、と気合を入れて箒を握りしめ、渡り廊下を歩く。窓から見える景色は、右手に運動場らしき広場が、左手に青々とした木々が生い茂る中庭と遠くに建物が一つ見える。


 渡り切ってキョロキョロと左右を見渡すと、シンッと静まって誰の姿も廊下にはなかった。


 1階まで降りて・・・・・・・。


 階段を見つけて降りていくと、下から声が聞こえた。


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