第9話 試練は彼にも与えられる 1

 ささやかな探検に出た未汝は、まず箒を返しに行くと、好奇心のおもむくままに王宮内を闊歩かっぽし、そしていつの間にやら帰り道が分からなくなってしまった。


 しかも、人に道を尋ねたくても何故だか誰の姿も見当たらない。


「で、私どっちから来たんだっけ?」


 当然のように、自分の家とは勝手が違うことを見事なまでに迷って証明したのであった。


「王宮だもん、そりゃあ広いだろうって思ったけど、こんなに迷うなんて思わなかった」


 抜け出したことを正当化しようとする独り言まで飛び出しはじめる。


 しかも、慣れない場所というのはどこか不気味さを感じさせる。


 ちょっとした風の音でもビクリと反応する未汝の神経が、どこか研ぎ澄まされていったその時。


 ガヤガヤと、遠くの方から話し声が聞こえた。夜ならば気味が悪いと思ったかもしれないが、今は太陽が丁度南中に近付いたところ。まだまだ明るく、お化けの出番はなさそうである。


 未汝は今の自分の立場も忘れて、この状況を喜んだ。話し声がするいうことは当然のことながら、人が来るのである。人が来るということはつまり道が聞けて、元の部屋に帰れる可能性が高くなるわけだが、それは未汝のことがこの王宮にいる人々に知れ渡ってからの話であり、現在の状況ではただの侵入者。その立場を未汝はすっかり忘れていた。


 白色の長袖ブラウスに、上品そうな藍色の袖なし膝下くらいの丈のワンピース、胸元には金色の竜の周りを鈴蘭の茎が囲み、鈴蘭の花の上にツバメが留まっている徽章きしょうの刺繍が施された、宮廷女官の仕事着を着た女性が二人、未汝の進行方向から歩いてくる。年齢は一人は50代くらい、もう一人は20代くらいだ。世間話に花が咲いているのか楽しそうに笑いながら近付いてくる。


「あの、すみませ・・・・・」


 未汝は道を聞こうと話しかけたが、目が合った途端、二人の顔から先程の楽しそうな表情が抜け落ち、変わって怪しい人を見るような目になっていく。


 やばい・・・・・と思ったときにはもう遅かった。


「く・・・・・・曲者です!!警備兵!王宮内に曲者が!!直ちに捕まえて・・・・・あ、お待ちなさい!!」


 未汝は回れ右をしてその場から駆け出す。


 女官の声に反応した警備兵が「待て!!」と追いかけてくる。階段を二階分ほど転がるように下り、真っ直ぐの廊下をバタバタと当てもなく走ると、その先には一人の少年が歩いていた。


 その少年は、後方の騒ぎに気付き振り返る。その姿を窓から差し込んだ光が照らし、一層効果的に美しく引き立てる。


 テレビの中以外にもいるんだわ、こんな人・・・・・と思えるほど容姿端麗な、未汝と同年代くらいの少年であった。手には、分厚そうな本が二冊、よくよく見れば問題集と書かれている。


「りな様!!」


 未汝の後方から追いかけてきている警備兵の一人がそう叫んだ。


 え?女の人?などと思いながら未汝がりなの手前で立ち止まる。


 どうしよう、逃げ場がない。


 逃げ場を探すように視線をあちこちに振る未汝を、不審な顔で(何故だか向けられた視線に冷ややかさを感じる)少年は未汝の行く手をはばむ。


「何事ですか?騒々そうぞうしい」


 どこか冷ややかな声で、その目元にけんを宿して警備兵に問う。


「りな様、お怪我は・・・・・」


「ありませんが?一体どうしたんです?この方が何か?」


 冷たい目を向けられて未汝はドキリとすると、まずい、と逃亡を再開すべくジリジリとりなから距離を取り、壁際に背を向けて一歩一歩横歩きする。


「曲者なんです」


「曲者?」


 りなが驚きの目で未汝を再び見た。まさか、という思いがりなの瞳に宿っている。


「王宮内に入り込む曲者にしては、随分と軽装のようですが・・・・・・・」


 値踏みするような目で上から下まで観察するも、目的が分からないと言わんばかりの顔をする。


 傍にある花瓶の置かれた台に本を置くと、りなが肩をすくめた。


「手荒なことはしたくないのですが・・・・・」


 羽のように軽く地を蹴ると、立ちすくむ未汝の腕を背中へとじり上げ、


「痛っ」


 そのまま未汝の背を押さえて膝をつかせ、その場に取り押さえた。


 その一連の動作には無駄がなく、まるで舞でも舞ったかのように洗練された動きだ。


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