第7話


 マンガでいいんじゃないか。


 というのは、ノベルを書く上では、必ずぶちあたる疑問である。おおよそ気の利いた解答が思い浮かばず、聞かぬふりをすることが多い、鬼門ともいえる問いなのである。


 やれやれと陽は肩をすくめる。



「静先輩は、それを言っちゃうもんな。俊介先輩もたぶん同じこと思ってたと思うけど、気を使って口にしないですもんね」


「な、何ですか! 私が空気読めないっていうわけ?」


「いや、それが静先輩ですから。あたしは好きですよ」


「慰めないで!」



 静は、ぬぅと顔を覆っていた。



「まぁ、静先輩が言っちゃったから、もう、言っちゃいますけど、この題材だとノベルで書くより、マンガの方がいいですよね。長谷川さんが大衆の中で全裸になる過程は、文字よりもビジュアル的に見たいですもん」



 陽の言葉に、鳴子部長は、なぬっと一歩後ずさった。



「いや、そうかな。文字でもけっこう興奮すると思うけど。ほら、細やかに描写すれば、マンガよりも想像力をかきたてられるっていうか」


「官能小説とかがそうですもんね。けど、コメディでやるんですよね。官能的表現は、コメディとか相性わるいと思いますよ。コメディでやろうとすると、どうしても直接的な表現になって、エロネタというよりエロになります。それじゃ、鳴子部長の書きたいものじゃないですよね」


「でも、ほら、マンガだと表現が限られるというか、どうしても短絡的なものになるでしょ。こう、繊細な表現をしようとすると」


「そういうのは、繊細な描写ができる人が言えるんすよ。鳴子部長のノベルって、八割方会話ばっかりじゃないですか」


「ぬっ! べ、別に描写できないわけじゃないし! しないだけだし! 描写くらいできるもんね! それに八割が会話は言い過ぎでしょ! せめて六割くらい」


「六割くらいであれば、もう少し状況がわかりやすいんですけど。鳴子部長のノベルは、会話文ばっかりだから、誰がしゃべってんのかわからないときありますよ」

 

「そ、それは、陽の読解力が低いんじゃないかな。キャラ分けしているから、そんなことないもん! わかるもん!」


「あぁ、確かに鳴子部長のノベルのキャラって、無駄にしゃべり方凝ってますもんね。私、あたし、うち、吾輩、拙者 とか一人称変えたり、武士口調だったり、ぶりっ子だったり、お嬢様口調だったり、単語でしか話さなかったり。ラノベだと、別に珍しくないですけど、作家的な視点で見ると、あぁ、キャラ分けがんばっているなって涙ぐましくなるんですよね」


「同情しないで!」



 顔を覆ってしまった鳴子部長を見て、どうしたんすか? と陽は首を傾げる。この部活内で、いちばん空気読めないのは陽なのは間違いない。


 決して間違った指摘ではないけれども、このままでは、生産性がないので、僕はなんとか考え抜いて、助け舟を出す。



「まぁ、陽の指摘はわかる。けれども、今回の題材をノベルで描く価値はあると思うよ」


「お、まじですか。さすが、俊介先輩。思考が柔軟ですね」


「陽ほどじゃないけどね」



 というか、僕はどちらかというとステレオタイプなんだけどな。



「陽の言う通り、描写に関しては、小説よりもマンガの方が表現しやすいし、魅せやすい。ただ、コストの問題がある」


「コストですか?」


「そう。描写のコストだね。文と絵では、描写に要するコストが違う。たとえば、駅が舞台だとすれば、絵にするのはずいぶんとしんどい。ホーム、線路、電車、階段、行き交う人々。文だと一度記載してしまえば、あとは読者の頭の中で勝手に構築されるけど、マンガだと一コマ一コマに違った角度から描かないといけない」


「あぁ、それはたいへんそうですね」


「ノベルでも書き込めば、それなりにたいへんだけど、マンガに比べれば容易い。そういう意味でノベルの方がたくさんの話を書ける」


「なるほど」


「さらにいえば、風景描写ではなく、心情描写を主とするのであれば、ノベルに勝るものはない。今回の題材だと、たしかに長谷川さんの全裸描写にスポットを当てるのであればマンガの方が秀でているけれど、主人公の驚きや当惑ぶりで笑いをとるのであれば、ノベルは適していると僕は思う」


「ほっほう。そいつは考えが至らなかったです。何事にもメリットとデメリットがあるもんですね」



 ほとんど屁理屈だけど。


 納得しかけたように見えた陽であったが、うーんと唸って長い前髪を指先で巻いた。



「それでも、一瞬のインパクトにおいてはマンガの方が上ですよね。残念ながら全裸のビジュアル的インパクトには、ノベルは勝てないですもん。いくら書くのがたいへんだからって、クリエイターとして、そのおもしろさを求めないのは怠慢かと思いますけどね」



 尖っているな。


 陽は、おもしろさにストイックだ。相手に強要することはあまりないが、ときおりその片鱗をみせる。だからこそ、未開の地、シュールといわれる理解できるかできないかの瀬戸際を攻める。


 ただ、彼女の突っ込みは、想定の範囲内であった。僕は、余裕をもって応じる。



「陽の意見はもっともだ。ただ、そこは背反しない。僕たちには、どちらも手に入れる方法がある」


「ほう。そんな夢みたいな方法があるんですか」


「メディアミックスだ」


「……」


「ノベルで売れれば、今の時代まず間違いなくメディアミックスでマンガ化する。さらに売れればアニメ化だって夢じゃない。この題材ならば、がんばれば実写化も可能だろう」


 個人的には、実写化までしてくれるとうれしい。


「そう考えれば、まずノベルで綿密に話の内容を追求するのもわるくないだろ」


「……」



 陽は、ぽかんとした後、やっと理解が追いついたというふうに目を逸らした。



「……つまり他力本願ですか」


「いや、コラボレーションだ」


「……ものは言いようですね。勉強になります」

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