第6話

 波乱はあったものの、内容的には固まってきたのではなかろうかと思われたので、僕は次のステージへ議題を移した。



「あとは、で書くかですね」


「え、それは決まっていると思うんだけど?」



 鳴子部長は、首を傾げた。



「そうなんですか? 僕はけっこう迷う方なんですけど」


「俊介は何でも悩むじゃない。私は、よほどの理由がなければ、一人称で書いちゃうから、あんまり悩むことないのよね」


「この作品の場合だと、主人公の一人称ですか?」


「そう。主人公だけが気づいている長谷川さんの露出プレイを、コメディチックに語るのよ。主人公の心情なんかも混ぜられるから、書くのは楽かなと思っているんだけど」


「なるほど」



 僕が、気のない返事をすると、鳴子部長は、ムッとまゆを動かした。



「何よ。他に選択肢があるわけ?」


「まぁ、選択肢はたくさんあるじゃないですか」


「そりゃ、あるにはあるけど、今回の場合は他の視点だと都合がわるいでしょ。長谷川さん視点だと、長谷川さんの全裸を描写できないし、他の人の視点だと、主人公以外は気づいていないという設定に矛盾するわ」


「三人称ならいけるかなって僕は思ったんですよね」


「あぁ、三人称。それって、心情だだれのじゃなくて、ガチののことよね」



 僕はうなずく。



「主人公の一人称で、長谷川さんの行動を事細かに描写するというのがどうしても違和感があるというか、一部始終を黙って見ている主人公ってどういう心境なんだろうって思っちゃいます」


「だからって三人称だと解決するの?」


「三人称だと、とりあえず長谷川さんの奇行を描写し終えた後に、主人公を登場させて、長谷川さんにを目撃するという展開にできます」


「その場合に、その男の子を主人公と称していいのかしらね」


「まぁ、それは明確に決める必要もないでしょう。物語の展開の話ですよ」



 うーん、と鳴子部長は悩む仕草をする。



「三人称だと、長谷川さんの奇行に対する驚きの心情を書くのが難しいんだよね。普通だと、他人のリアクションで書くんだけど、今回の場合、周囲の人は誰も気づいていないっていう設定だし」


「確かに。けれども、リアクションをとるのは何も人である必要はないでしょう」


「どういうこと」


「別に新しい手法でもないんですけど、って方法ですね」


「無生物?」


「駅だと、電車とかベンチとか白線とか、電光掲示板とかですかね。それらが、まるで奇行に対するリアクションをとっているような描写をするんです」


「え? 難しそう」


「この際、神視点である必要はありません。むしろ電光掲示板視点で、を書くといいですね」


「いや、電光掲示板の気持ちって」


「たとえば、こんなかんじですかね」



『電光掲示板は、今日も今日とて足早にうごめく人々を眺めつつ、到着予定時刻をオレンジ色のランプでちかちかと知らせた。


 毎日毎日、彼らは同じように流れていく。まるで自分のように体内にクロックが刻まれているかのように。おかしなものだと電光掲示板は、チカチカと瞬く。


 しかし、その日は違った。一定のリズムで行き交う人々の中で1人、止まっている女の子がいた。まるでエアスポットに落ちたかのように人の流れから取り残されている。姿恰好から見れば学生のようである。もしかすると学校に行きたくないのだろうか。電光掲示板は、ホームで待つ人々の会話から、会社のことも学校のこともファッションのことだって知っている。もちろん、昨今の学校ではいじめが横行していることだって知っていた。はじめ電光掲示板は、その女子は、いじめに悩んで立ち尽くしているのだと思った。


 しかし、違った。


 次の動作に電光掲示板は唖然とした。驚きのあまり到着駅の表示を気持ち早く流しそうなったほどだ。


 なんと、彼女はのだ』



 僕の簡単に書いた文章を鳴子部長は、ふむふむと読み、それから彼女は腕を組んだ。



「とりあえず、電光掲示板、


「ですよね。僕も書いててちょっと思いました」


「まぁ、やりたいことはわかったけれども、やっぱり主人公の一人称の方がいいと私は思うな。だって、電光掲示板には感情移入できないもの」


「そう言われるとそうですね」


「それに、やっぱり私は一人称の方が好きだし、好きなやり方で書く方がいいでしょ」


 それはそうだ。

 いくら、適したやり方であっても、自分の好みでない書き方では、そもそもかき上げられない。


「わかりました。すいません、蛇足だそくでしたね」


「ううん。参考になったわ」



 わりとマニアックな視点問題が終結して、おおよその課題が出尽くしたのではないかと思われた。だが、そんなおり、静がしれっと爆弾を投下した。



「今更ですけど、この話、ですよね」


「……それ言っちゃうか」

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