第5話
何が起こったのかわからず、一瞬、時が止まったのかと
「陽、あなた、急に何を言い出すの?」
「え? だって気になりません? 生理のときどうすんだろうって」
「いや、それは」
「垂れ流すわけにもいかないし、ナプキンだと全裸になれないし。だとしたら、タンポンかなって」
「そうかもしれないけど」
「でも、その場合、
「陽! そのくらいにしときなさい。男子もいるのよ」
女子勢の視線を受けて、僕は、きまずくなり顔を逸らす。
しかし、特に気にするふうもなく陽はかるい口調で続ける。
「いやいや、今時、このくらいの生理用品事情は男子も知っているでしょ。むしろ知っておくべきだと私は思いますよ。無暗にタブーにしておくと、タンポンをダイナマイトと間違えかねませんからね」
「そんな間違いをする人いないでしょ。バカじゃないの」
ふむ、このネタはスルーでいこう。
「とにかくそこまでのリアリティはいりません。どうせコメディなんですし」
「そうですかね。私的には、そこに新境地があると思うんですけど」
陽は、
「正直、今時、全裸だけではインパクトが足りないと思うんですよね。肌色成分の多い作品なんて珍しくないですし。そこに、タンポンを加えたら」
「加えたら?」
「いえ、突っ込んだら!」
「はいはい、誰うまはいいですから」
静の雑な突っ込みにめげず、陽は長い前髪の奥で瞳をかっぴらいた。
「前代未聞のシュルレアリズムが生まれる」
「いや、ただの18禁よ、それ」
呆れたように首を振る静に対して、
「コメディだからいいんです!」
陽は身を乗り出して反論した。
「部長はいみじくも言いました。エロではなく、エロネタを極めると。そう、エロを欲したならば、確かに全裸にタンポンは18禁でしょう。しかし、コメディならば? 全裸にタンポンで笑いが起きればどうでしょう? これはもうエロではありません。エロネタです!」
「いや、まったく共感できないんですけど。そもそもどうやって笑いにするんですか?」
「そこですよ」
陽は、唇を舐める。
「ある大御所コメディアンが言いました。お笑いとは緊張の緩和だと。つまり、不意打ちこそが、最上級のコメディなんです」
「はぁ」
「この作品を読もうとしたとき、読者はまず間違いなくエロい話だと予想するでしょう。長谷川さんが服を脱ぐのを心待ちにするに違いありません。実際にそういう展開になるでしょう。
「そのとき?」
「主人公の視界の中で、タンポンの紐が長谷川さんの股間で揺れている! ぷ、ぷ、ぷくふふふ、あははははははは!」
「「「……?」」」
え?
笑うところあった?
「そんなに、おかしいですか?」
「だって、エロいはずのシーンで、タンポンの紐が揺れてて、全然エロくないし、ぷふふ、もう、裸体とか、どうでもよくて、タンポンの紐にしか目がいかないとか、ふふ、ふふ、
どうしよう。
新境地過ぎてついていけない。
「た、確かに新しくはあるかな」
「ちょっと、部長? 何、そっち側に行きかけているんですか?」
迷いの言葉を述べた部長を、さすがに僕は制する。
「でも、新しさは大事だもの。新しいというだけで、価値があると言ってもいいわ。全裸とタンポン。うん、まさに盲点、ブルーオーシャンだわ」
「どっちかというとレッドゾーンですけど、いや、そんなことはどうでもいいんです。部長、そっちは新境地は新境地でも魔境ですよ。ニッチという名の闇です。行ったらもう帰ってこられません」
仮にブルーオーシャンだとしても水たまり。釣り人がいなくても魚がいないのでは話にならない。
まぁ、まだ笑い続けている陽を見ると、そっちはそっちで楽しそうだけど。
「でも、陽の言う通り、生理のときのことを考えておかないと」
「生理のときは脱がないと思います」
「……あぁ、そっか」
僕の一言で、タンポン問題は幕を閉じた。
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