第3話


「それは、趣味かな」



 鳴子部長は、ざつに答えた。



「趣味?」


「そ。いや、というよりかな。人のあるべき姿は全裸であってそれを隠すなんておかしい、という主義のもとに全裸での生活をつらぬいているのよ」



 設定に書いていないところを見ると、鳴子部長は、今考えたのではないかと思われる。ただ、そんな取ってつけた設定で納得する静ではない。


 2年の金森静かなもりしずか


 黒髪の三つ編み眼鏡と、テンプレートなを演出している彼女は、見た目通り、あまりコメディをたしなまない。現実感のない話にひっかかりを感じるようで、現代のサスペンスや恋愛ものが好きと聞いている。


 だとすれば、この手の突飛な発想のラブコメはなかなか受け入れられないだろう。


 案の定、静は首を傾げる。



「まぁ、趣味でも主義でもどっちでもよくて、それ自体は、そういう人もいるかなってわかるんですけど、ただ、学校とかっていうのは無理がありますよね。普通に警察に捕まるでしょ」


「……まぁ、ね」


 

 そして、こんなにべもない突っ込みをするのだった。



「あれよ。宗教的なものなのよ。この子の宗派では、服を着ることはよこしまなこととしていて、裸でいないといけないの」


「その宗教、現代日本では生きづらそうですね。どこを見ても邪悪な人ばかりですし。それに、だとしたら、堂々としている、という長谷川さんの性格が相容あいいれないような。服を着ないことが正しいとされているけれど、周りは服を着ていて、自分が肌かなことに恥ずかしさを覚えるみたいな設定の方がいい気がします」


「いやいや、長谷川さんは、熱心な教徒なんだよ。だから、全裸でいることを疑わないの」


「そうしちゃうと、ラブコメにならないと思いますよ。宗教の教えで全裸なんですよね。だとしたら、笑いづらいですし、主人公の服を着てくださいっていう決め台詞は、ことになりますので、かなり不謹慎です」


「えー、そうかな」


「まだ、趣味とか主義であった方が、コメディになるんじゃないかと私は思いますよ」


「うーん」


「まぁ、そうすると最初の疑問の警察や教師にとがめられるのでは、に戻るんですけど」



 この辺りの設定が気になるかならないかは性格にると思う。たとえば、僕は、静と同じように気になる派だ。ファンタジーなどで設定をっている話を見ると胸がおどる。ただ、コメディだからな、と割り切れる程度には、こだわりがない。


 しばらく悩んだ後、鳴子部長は、パッと顔をあげた。



「そうだ。この子はなのよ。だから、警察も教師も手が出せないの」


「政治家ですか?」


「政治家よ」


「娘が全裸の政治家なんて、一発で落とされると思いますけど」


「それでも落ちないくらいの地盤と利権と金を持っているのよ」


「急にどす黒い話になりましたね」


「ちなみにその政治家も全裸よ」


「世も末ですね」


「スローガンはよ」


「誰うまですね」



 はぁ、と静はため息をついた。



「とにかく、私はその辺りの設定が大雑把おおざっぱだと気になって話が入ってこないです」


「もう、静ちゃんは細かいな」


「わりと大きいところだと思いますけどね」



 鳴子部長と静の間に少し険悪なムードが流れたので、僕は口を挟んだ。



「僕も静と同じ意見ですね。この話を書くんなら、やっぱり気になりますよ」


「えー、俊介まで。美人の全裸よりも、警察に捕まるかどうかの方が気になるの?」



 確かに美人の全裸よりも気になるものはない。男としては、美人の全裸があるのならば、その他の設定の矛盾など気にならないだろう。ただ、作家をこころざす者としては、設定の不備に目を向けざるをえない。



「いや、捕まるかどうかというよりも、その辺の絡みがネタになるんじゃないかってことですよ」


「ネタ?」


「そうです。全裸で歩いていたら、絶対に警察が呼び止めるでしょ。そのときに、どんなトラブルが生じるかってのは、一つのネタになりませんかね」


「あー、なるほど」



 資料を読む限りでは、まだネタ出し段階で、エピソードは固まっていないようだ。ラブコメのネタとして、警察の絡みはありだろう。おもしろくなるかは別として。



 そこでひらめいたように鳴子部長は、パッと顔を輝かせる。



「わかった! じゃぁね、常に全裸を撤回するわ。長谷川さんは、警察とか教師とか取り締まる奴の前では服を着ているのよ。でも、隙を見て、全裸になるの」



 それは、ただのでは?



「どう、静? これなら、警察に捕まることもないでしょ?」


「うーん、まぁ、非現実的なのは変わりませんが、それなら一応納得はできますかね」


「よし」



 部長よ、いいのか、それで。


 そこで、ふと思いついて、僕は提案してみた。



「どうせなら、いっそのことってことにしてはどうでしょうか」

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